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作者: 水鏡 暁


「何処か遠く行きたい」

 窓の外に向かって呟く。

 ああ、外は眩しいな。

 空は綺麗な青で、ぽっかりと浮かぶ雲は眩しいくらい白かった。

「なんだよそれ、旅行にでも行くのか?」

 遼平が笑って言う。

 俺は遼平の方に顔を戻して言う。

「旅行かぁ。そうだな、南の島とかいいかも」

「おーいいねぇ」

 遼平が楽しそうに笑う。

 遼平はいつも笑ってる気がする。

 俺も遼平ほどじゃないにしろ、結構笑う方だったのにな。

 俺、なんか最近変だ。

 春、だからかな…。

「渉、大丈夫かー?」

 俺の目の前で遼平がひらひらと手を振る。

「最近ノリ悪いぞ。なんかあったのか?」

「別に何も」

 ちょっと心配そうにのぞき込んでくるのを軽く笑って受け流す。

 そう、別に何も、なんでもない。


 キーンコーンカーンコーン


「っと、もうこんな時間か。げっ、次田中の古文じゃねぇか。俺予習してねぇ」

 予鈴に遼平が慌てだす。

 俺ももそもそと教科書とノートを出して準備をする。

「渉くん、余裕がおありですね。もしかして予習とか…」

 妙な敬語らしきものを使いつつ手もみしながら遼平が尋ねてくる。

 相変わらずだな。

「あー、してあるけど?」

 写させてとか言うんだろうな、とか思いながら応えると、

「一生のお願い!写させてっっっ」

 と、案の定なセリフが帰ってきた。

「今週何度目だ。まあ、いいけど」

 ノートを開いて遼平の方に突き出す。

 本当にお前の一生は何度目だ。

「さんきゅ。俺今日あてられる日だったわー」

 あてられる日ですら予習なしとか、さすが遼平だわ。

 ガシガシと殴り書きのように勢いよく写していく。あれ、読めるんだろうか。

 その必死な姿にどこか滑稽さを感じる。

 滑稽さというか、遠い感じというか。

 そして、眩しさのような。

 …最近の俺は、やっぱり変だ。

 テンションが低すぎる。

 この閉じてく感じ。閉塞感。

 翼をもがれてどこにも行けない鳥のような、もどかしさ。

 身動きのとれないような、息苦しさ。

 一体、なんだっていうんだろう。

「よし、できた!!」

 突然の声にびくんと身体が跳ねた。

 ああ、遼平の声か。びっくりした。

 顔をあげると遼平が俺のノートを差し出してきた。

「さんきゅーな。助かった!」

「ああ、」

 差し出されたノートを受け取る。

 遼平が自分の席に戻ると同時に教師が入ってきた。




「防人とは古代、北九州の防備にあたっていたもののことをいい、その防人が詠んだものや防人の家族などが哀愁の情を読んだものを防人歌といって―」

 カツカツとチョークが黒板を叩く音。

 カリカリとシャーペンがノートをひっかく音。

 俺の日常。

 どうしようもなく平穏な。

 時折どうしようもなくここじゃない何処か遠くへ行きたくなる。

 そんな日常。

 欲しいのは非日常なんだろうか。

 防人のように家族と遠く分かたれれば、こんな歴史に残るような歌を詠めるのだろうか。

 俺も『特別』になれるのだろうか。

 成績は悪くない。むしろいい方だと思う。

 スポーツだってそれなりにできる。

 でも、それだけだ。

 スポーツを思いっきりやってる奴が、バンドを組んでる奴が、楽しそうに授業を受けてる奴が、やけに眩しく見える。

 羨ましい、と思う。

 思い切り打ち込めるものがあることが。

 そういったものがあれば、こんな気持ちともおさらばできる気がして。

 ゆっくり沈んでゆく、腐り落ちていくようなこの感覚とも。



 キーンコーンカーンコーン



 放課後だ。

 あとは家に帰って、復習と予習をして。

 いつもと変わらない、俺の日常。

 帰り支度をしていると遼平から声をかけられた。

「帰りにマック寄ろうぜ?俺奢るからさ。いつものお礼ってことで」

「そういうことなら喜んで」

「ハッピーセットな」

「お子様か」

「冗談だって」

 軽口を叩き合いながらマックへ向かい、天気が良いのでテイクアウトにして公園へ向かう。

 この公園には俺と遼平がよく来る穴場があるのだ。

 あまり人が通らない、静かなその場所は俺たちのお気に入りだ。

 芝生に直接腰を下ろして袋を開く。

 俺はてきやき、遼平はダブルチーズ。

「やっぱてりやきが一番だなー」

「ダブルチーズのがうめぇって」

「俺ピクルス苦手だし」

「お子様め」

 やっぱり軽口を叩き合いながらバーガーを食べて。

 ごろん、と芝生に仰向けになる。

 夕方から夜へとゆっくりと蒼が深くなっていくこの変化が、俺は結構好きだ。

 そのまま横になっていると、遼平が口を開いた。

「なあ、お前最近変じゃねぇ?」

「そう?」

 真面目な声音の遼平に、俺はなんでもないかのように返す。

 遼平ははー、と息を吐くと、さらに問いかけてきた。

「なんかボーっとしてること多いじゃんか。話くらいなら俺だって聞くぞ」

「…上手く、言えねぇし」

 そう、俺の中でもよくわかってない。まとまってない。

 このもどかしさのような感覚が。

「上手く言う必要なんかねぇって。ほら、いいから言ってみろって」

 遼平に促されて、口を開く。

「本当にとりとめもなく話すからな」

 そう、前おきをおいて。



「俺らって、高校生じゃん?

 学校行って、勉強して、運動して、それが普通じゃん?

 でも時々思うんだ。それが何になるんだろう、って。

 勉強すればいい大学に行ける、って。それで?

 いい大学に行けばいいとこに就職できる、って。それで?

 えらい、って何?

 すごい、って何?

 歴史に名前を残すこと?

 えらくなれ、って言うけど、どうすりゃいいんだよ。

 俺、『特別』じゃないし。

 そりゃ勉強はできる方だって思ってるけどさ。

 結局はそれだって昔誰かが作ってくれた公式とかを使ってるだけにすぎねぇし…。

 過去の積み重ねで今があるってわかってても、一回全部それをぶち壊したくなるっていうか、さ。

 ノラベの異世界ものみたいにちやほやされてみてぇっていうか、さぁ…。

 あー、だめだまとまらん」

 喋るのをやめて手で顔を覆う。

 あー、とかおお、とか相槌をうちながら聞いてた遼平が黙る。そして唸りだした。

「んーーー。俺さぁ、難しいこととかよくわかんねぇけど」

「そうだな」

「そこは否定してよ」

 遼平が笑う。

「でも、渉は渉じゃん?」

「おう?」

「てりやき美味かったろ?」

「美味かったな」

「それでいいじゃん」

「は?」

 何言ってんのコイツ。

「渉は渉で。美味いもんは美味いって言って、綺麗なもんは綺麗って言って。

 楽しいは楽しい。悲しいは悲しい。つらい、めんどい、とか他にもいっぱい。

 全部ひっくるめて渉だろ?」

「お、おう」

「時の流れは流れるままに。でも、自分の人生の主人公は自分!なんだからさ。

 笑って、泣いて、時には悩んで、でも生きてればいいんじゃね?」

「そういうもんかね」

「そういうもんじゃね?」

「そっか」

「そーそー」

 全然解決はしてない気がするけど。

 なんだからちょっと目の前が晴れたような気がするから。

 まあ、いっか、って。そう思えた。









 時には溢れる感情も

 水に流してしまいましょう

 時の流れるままに身を任せ

 時には泣いたり笑ったり怒ったり

 どうしようもなく辛い時がきても

 時がたてばきっとまた笑えるから

 生きていれば、きっと。



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