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百花繚乱  作者: 桜 詩
7/13

桜花

こんばんは!

少し久しぶりになってしまいました!


宴の後の、ある日の事でした。

麗景殿の女房が使いとして藤壺へ参り、贈り物を届けに来たのです。

十二単を着こなし、御簾の向こうできっちりとお辞儀をして口を開きました。

「こちらを麗景殿の方より、藤壺の女御さまへ」


御簾ごしに差し出された漆の美しい盆を衛門が受けとりました。

「ありがたく頂戴させて頂きます。麗景殿の女御さまには御礼を申し上げます」


宮中でもその名を美女として知らしめつつある小式部が、端近によりそう鞠子の言葉を伝えました。こういう時はとっておきの美人が勤めるのです。

鞠子は頷いただけで、小式部は心得てそう答えただけなのですけれど。


麗景殿からの使いの女房は近江(おうみ)というなかなかの美しく色っぽい女性です。しかも、その手磧()はなよやかな女文字で、本当に見事なのです。


おおわれた絹を衛門が取りますと、そこには女の童が遊ぶ雛遊びのお道具でした。それも、新しいものでもなく古いものです。


「なかなか手の込んだ嫌がらせ...」


小さく鞠子はつぶやきました。

古い雛遊びの道具は、つまりは、子供のような鞠子はこれがお似合いよ、という事でしょう。


「誰か、そろそろ鏡を買い替えたい者はいないかしら?」


「それでしたら、菖蒲(あやめ)が新しいものが欲しいとか」

小式部がにこっと美しく笑みを浮かべます。


「新しいものと、それを変えてほしいの」

衛門が顔をしかめて、鞠子を見ています。きっとしようとしていることを悟ったに違いありません。


「姫...女御さま。まさか、喧嘩を売るおつもりですか?」

「まさか、贈り物への感謝のお返しです」

鞠子はきっぱりと言いました。


小式部が少しして、菖蒲を前に連れてきました。

「菖蒲、あなたの鏡をわたくしに譲ってほしいの。代わりにわたくしのを使ってくれないかしら?」

「ま、まぁ私の物は姉のお下がりで古びていて、とても女御さまがお使いになるようなものではございませんが...」


(まさしくそれが望むものなの...)

にっこりと扇越しに菖蒲に笑みを向け

「衛門」

呼びかけると、衛門が鞠子の鏡を持って来ました。

「気に入らないかしら?」


「まさか、そのような事があるはずありませんわ」

艶々とした漆塗りに、花模様が美しく描かれていてうっとりとする品です。そのまだ新しい鞠子の鏡とその菖蒲の使い古した鏡を交換しました。

菖蒲はまだ若く初々しい女房ですから、戸惑いつつも豪華な鏡に嬉しそうにしています。


「小式部、こちらを麗景殿の女御さまに」


『 結構な品をありがとうございました。そのお品と同じくらいの珍しき骨董品は探すのに苦心いたしました、大変貴重な鏡でございます。麗景殿の女御さまなら使いこなせる品かと存じます 』


鞠子は手紙にそのような事を書き綴り添えて。


古びて少しばかり塗りのはげかけた曇った鏡は、美しい箱に納めて、盆に載せられ小式部をはじめとする女房数人が衣擦れの音も優雅に簀子を歩き、持っていきました。


「女御さま...」

呆れたような声が衛門から聞こえました。

「いけませんわ、波風をたてるような事を」


「そうすべきでないことは、わかっているわ。ほんの...退屈しのぎよ」

クスッと笑う。

「相手がもし、もっと格上か、それとも格下なら考えるけれど、麗景殿のお方とわたくしの実家は右大臣と左大臣。家柄はこちらが少し上で、殿舎の格はあちらが上で。

つまり、ほぼ同等の身分ですもの。それに...まだわたくしも、あのお方も男皇子を生んでないわ。つまりはまだ同じ。向こうもそれがわかっていてこのような事をされるのでしょうね...」


「そこまでわかっていてしていらっしゃるなら、何も申し上げません」

衛門がため息混じりに返事をしました。


「衛門、誰かこれで遊ぶような女の童はいるかしら?」

「菊乃の娘がちょうど、良いかと」

「ではその子にあげてちょうだい」


少し古びてるとはいえ、元は良い品だと見えました。


「きっと喜ぶでしょう」

「次はどんなことが起こるかしら?」


鞠子が言うと、

「まぁ楽しそうでよろしいことです...」

「こちらももしもの為になにか用意しておかなくてはね」

「女御さま!」

衛門の叱責にも鞠子は笑ってごまかします。

(ただ庭を眺めて、ぼんやりしてるよりもずっといい...)


「ふふっ」

「ふふっじゃありませんわ」


「いいじゃないの...花の時期は本当に短いのだから」

あと、どれくらいこんな華やかな暮らしが出来るというの?


物語にあるように、女の...特に、鞠子のように、中枢に位置する女性たちの華やかな時は短く儚いと思うのだ。だから、今を楽しんで何が悪いの?


帝にまた若い女御が入内すれば、端に追いやられるかもしれないし。もしくは帝が退位すれば、若くても髪を下ろすしかない。

他の姫たちやここで宮仕えをする女房たちよりも、ずっとずっとその選択肢は少ないものなのです。


「女御さまはまだまだお若いですわ」


「若くてもなんでも、先の事は誰にもわからないわ...。わたくしの母が消え去ったように」

鞠子の母の茜の君は、篤時が鞠子を引き取ってまもなく居所が分からなくなったと聞いています。

すでに二人の妻がいた篤時に見切りをつけたのかもしれないし、他の男がいてそちらに走ったのかも知れません。きっとまだ当時は若かったはずです。


《 のこりなく 散るぞめでたき 桜花

    ありて世の中 はてのうければ (※読み人知らず) 》


 [※ 桜の花はきれいさっぱりと散るのが見事なのだ。世の中はいつまでもあると、その果てはいやなものになってしまうのだから。]


鞠子は、正妻になれない母は見事に消えたのだ...。そんな風に思う。

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