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百花繚乱  作者: 桜 詩
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欠けゆく月

三夜続けて帝は鞠子のいる藤壺へと渡り、名実共に女御として宮中に迎え入れられたのでした。


「藤壺の女御さまは、ご機嫌はいかがかな?」

にこにこと優しい面立ちの父 左大臣がそう訪ねてきました。

「女房さまにおかれましてはかわりなく健やかにお過ごしでいらせられます」

鞠子の視線を受けて、衛門がそう答えました。

「そうかそうか、それは重畳(ちょうじょう)でなにより」

「お渡りを待つだけではなく、お文をお出しになるとよい」


そう涼やかに告げたのは朝霧の中将 篤雅でした。

弟の月影の少将 篤行よりも落ち着きがあり、優しげな風貌は真面目で内大臣家の大君をただ一人の妻として、浮わついた噂一つないその評判と相まって鞠子をはじめとして、たくさんの女性たちから憧れをもって見られていました。


「お文を...」

「女御さまは、今おられる后たちの中で一番新しいだけでなくお若い。だからこそ、馴染み深い他の女御さま方よりも文なと出されて、帝と打ち解けられ親しくなられると良いかと」

柔らかな笑みは鞠子を素直に頷かせた。

「わかりましたわ兄上さま」


「おっ...女御さまのお声は久しぶりに聞いたような」


(でしょうね...お父様には随分と話しておりませんから)


篤雅は篤行から、鞠子の事を聞いたのか?とそんな風に思いながら見れば、御簾ごしに視線があったような気がしてしまう。

「私も、篤行も兄としてあなたをお支えしますから、心安くお過ごし下さい」

「ありがとうございます、兄上さま。心強うございます」


篤時と篤雅が、退去していきますと

「本当に素敵な方ですわね女御さま」


「ええ、本当に」

鞠子が答えれば

「これほど綺羅きらしい若い公達が揃うのも、当今(とうぎん)さま(※帝)の徳なのでございましょうね、ご自身が素晴らしい方だと評判ですもの。女御さまもそうお思いでしょう?」


女房の一条がうっとりと言うと、

「わたくしは、あなたたちほどしっかりとは見られないのですもの。女房の皆のほうがよほど詳しいわ」

「それはそうかも知れませんわね」

衛門がにっこりと微笑みながら、


「それはそうと、女御さま。お文をお書きになりませんと」

三条が言ってきました。

「...片隅で暮らしたいと言ったではないの」

「ですけれど、朝霧さまのお言葉もありますし。出さねば悲しまれますわ」


(お父さまはどうだって良いけれど、朝霧の兄上さまは違うわ...)

しぶしぶ、文机に向かい筆を握り


《 もちづきは 会わぬあひだに 欠けにけり

     闇に消ゆるを 見る人ぞなし ※① 》



[ ※① あなたと見た丸い月は会わない間にすっかり痩せてしまいました。あなたがどこかで欠けゆく月を眺めている間に、私も痩せ細り消えてしまいそうです]



そう和歌を綴りました。文を書かせた事に満足そうな女房たちは、にこにことその様子を見守っていました。


「ねぇ、三条。わたくしは寵は要らないのよ?」

「存じております。ですが、だからと言って打ち捨てられては元もこもありませんから。何事にもほどほどがよろしいかと」


(ほどほど。確かに、帝の寵愛は得ずともほどほどにお渡りがないとうるさく言われる、二の姫なり他の女御が来る。それに、寵愛は受けようと思っても受けられる訳でもない。なにより援助なしの寒い暮らしは悠々自適とは言えない)


虎丸という文使いの童が、鞠子の文を持って行きそうして間もなく帰ってきました。



《 望月は 雲隠にし 夜の闇

     触れたり指に 流る黒髪 ※② 》



[※② 月は欠けましたか?あなたの見た月はきっと雲に隠れていたのでしょう。私の手はまるで昨日の事のようにあなたの黒髪をすいた事を覚えていますよ]



鞠子の文に対して、素早い返歌を帝は返してきました。


これは返事をするべきなのか、しないべきなのか...。

(浮気男の言い訳みたい...)

迷いつつも返歌を綴る。


《 くろかみは 冷たきながれ 触れもみな

      夢幻の くろかみを知るや ※③ 》


[※③ わたくしの黒髪は冷えたまま誰も触れておりません。あなたの指がすいたのは夢幻か、それとも違う黒髪に違いありません]



虎丸はまた元気よく、文を持って走っていきました。


《 月明かり 夢幻か 現かは

      光り映ゑるは (えん)な黒髪 ※④ 》


[※④ (うつつ)かそれとも夢幻か、すべて月が知っていますよ、この指が触れたのはあなたの黒髪だと]



こうして文のやり取りの後、帝の夜のお渡りが知らされたのでした。


「まぁ、女御さまよろしゅうございました」

にこにこと衛門が告げる

「別に...そう望んだ訳ではないのに」


「でしたら、返歌をなさらねば宜しかったのに」

「...あんな...和歌を見れば、なぜか返さずにはいられなかったのよ」


夜の鞠子の寝所へ、帝のお渡りがありました。

はじめて見る直衣姿に思わず見違えてしまう。


「あなたがかわいらしく、嫉妬などしてくださるからこうして、(くつ)をはき庭を通って忍んで参りましたよ。さぁ、この憐れな男をどうぞ入れてください」

「沓を、はいて」


だから、御引き直衣ではなく直衣姿なのかと納得がいく。


「嫉妬など...」


(きざはし)の下でも沓を脱ぎ鞠子の寝所へと帝が上がってきました。

「ご覧。鞠子、月はやはり欠けてはいまい」


見上げれば月は黒き雲に薄く覆われて、その形を上手く隠している。さすがは帝と言うべきか、自然までがこの方の味方なんて...。と鞠子はそっと端近に寄りました。


「主上の仰せられる通りですわね」

「おや、今日はとても素直だね」


立ち上がって、薄暗い中帝を見れば面白そうに鞠子を見つめていて、この世に並ぶべき人のない地位にある人らしく神々しいまでの容貌をしているその人を、どうして逆らえようというのか。


「このような月の夜も鞠子のその白き(おもて)はよく見える」


「...今宵は、どちらへ参られる予定でしたの?」

「ここに」

きっぱりとそのように告げる帝は、偽りなどないとも言いたげで。

(庭を通って、ここへ来たというのが答えではないの...)


「春とはいえ、夜風はお体に障ります。こちらへ」


昨日今日に、大人の仲間入りをしたような鞠子と帝ではてんで勝負にもならない。


階の下には、沓を預かる夏風の少将。

帝のお帰りまで近くで控えているのでしょう、


「文など出すべきではありませんでしたね」


「夏風の事が気になるか?」

「さぁどうでしょう。予定を狂わせて申し訳なくは思います」

「ふぅん?」


「意外ですか?」

「良い方に、」


ふっと微笑んだ気配があり、鞠子は寝所へと入り帝の座わられたその横へ座りました。

「女らしく、なったものだな」


「はい?」

「それが私ゆえかと思えば、楽しいものだね」


「さぁ、わかりません」

「嘘を申すな。今日の和歌などは、とても色香が漂っていた、紙といい墨の具合といい...」


「単に...見よう見まねです」


「“しのぶれど 色に出でにけり”」


《しのぶれど 色に出でにけり わがこひ

      ものや思ふと 人の問ふまで (※ 平兼盛)※⑤ 》


[ ※⑤ 心に秘めてきたけれど、顔や表情に出てしまっていたようだ。私の恋は、「恋の想いごとでもしているのですか?」と、人に尋ねられるほどになって]


その上の句のみを詠じられて、鞠子はハッとする。


「いつか、もっと色っぽい歌を作ってみせよ」


静かに、夜は更に更けてゆく。

几帳の中には鞠子と帝ただ二人だけ。






お読みくださりありがとうございました(*^^*)


作中の和歌の現代語訳です。

上の4首は自作ですので、おかしな点等がありましたらご指摘お願い致します。


補足説明です。


帝は普段、廊下を渡って来るので、庭を通ってきた=他の約束を取り止めて鞠子の元へ来たいうことです。


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