認識
気がつくと白い天井が目に飛び込んだ。
あれ、なんだろう。病院の仮眠室かな?
ボーっとしている。
携帯を探そうと横を見ると自分の手が視界に入った。
小さいし、爪が黒い。
はっと目覚めてよく見るとそこは私の寝室だった。
そう魔王としての寝室。
今回も裸の上に黒い毛皮のような掛物がかけられていた。
デジャブ。
これはきっと白夜に違いない。
あのいかがわしい赤い美女なら裸体のままか彼女好みにカスタマイズされている、ような気がする。
「魔王さま、お目覚めになりましたか!」
ダンディな声が聞こえ、扉の方に目をやると白夜が立っていた。
デジャブと感じつつも、眠ったら現実の世界に戻っているんじゃないかと淡い期待を思っていたが残念ながらまだ夢の世界だった。
楽しもうと思っていたのに思い通りにいかなかったことをまだ根に持ってしまっている私。
ちょっと夢から覚めたい気分が続いているだけに白夜の登場に思わず落胆してまった。
いや、白夜さんは個人的にはかなりストライクな容姿なんだけどね。
ちょっと残念感があるところが見えるけどあまり余ってイケメンだからね。
そんなことを思いつつボーっと白夜を見ていたら。
「湯冷ましにございます。」
「ん。」
グラスを差し出され一口飲み込む。
冷えてて美味しい。
ゴクゴクとさらに飲む。
夢なのにこの冷たさ、再現率が高い。
夢なのに、ね。
「ふぅー」
「お目覚めになられて良かった。まさか貴方様からサインが来るとは…刺客が入りこんだのかと肝を冷やしました。」
「さいん?」
私何かしましたか?
「御意。水を介して私にご自身の危機をお伝えになりました。あれ程お疲れだったにも関わらず魔術をお使いになるとは…余程お嫌だったのだと推測致します。」
白夜の顔が若干歪み嫌そうな顔をした。
私が咄嗟に魔術を使ったってことかな?
嫌っていうか驚いたっていうか貞操の危機だったというか。
とりあえず魔術を使えたみたいだし良かった。
また後で試そう。
やっぱり魔王と呼ばれるのに使えないのは悔しい。
この焦燥感。夢のくせにリアルである。
じゃなくて
「あのさっきの赤髪美女は?!」
「赤髪…ルビーランスのことでございますか?」
「そうそう。その人!色々気になるから話を聞きたいんだけど…」
先ほどのことを思い出すとやや悪寒がするが。
「まぁ出来たら2人は勘弁して欲しいんだけど…
とにかく話を聞きたくて。」
なんかやっぱり怖いのよね。
「どこにいるの?」
問うと白夜は腰帯から箱を取り出し
「御前に。」
とその箱、もとい小さな鳥かごを差し出した。
中には赤い鳥、いや蝙蝠が。
赤い蝙蝠。
もしかして?
「この赤いのって…?まさか?」
「はい、ルビーランスにございます。」
なんと!
「恐れ多くも魔王さまの湯殿に忍びこみ、あまつ魔王さまの玉体に乗りかかるとは…言語道断…下僕の恥さらしにございます。」
白夜は冷静に話すが冷静を通り越して冷ややかだ。
玉体に乗る…つまり押し倒されている場を目撃されてしまったのか、なんだかこちらが恥ずかしい。
赤い蝙蝠は何かを反論するように白夜に向かいギャーギャー言っている。
ちょっと可愛い、が何故こんな格好なのかしら。
「あの、ルビーさんはなんでこんな可愛らしい姿に?」
鳥かごを掴みながら蝙蝠を見ると蝙蝠がカゴにしがみつき何か話している。
ごめん。
蝙蝠の言葉はわからないんだよ。
「ルビーと魔王さまは血の契約もありますので言霊が働きやすかったのかと思われます。」
「??」
どゆこと?
「魔王さまに名を呼ばれることで言霊が作用しルビーの力を抑えているのです。魔王さま、湯殿でこいつの名を呼びませんでしたか?」
「ん…たぶん」
名称がこいつに変わった。
「その時魔王さまがこいつを避けたいそして邪魔だと強く思われたのでしょう。その思いが言霊として作用したのだと思われます。」
なるほど。
確かに全力でどうにかしてくれて思った。
無我夢中だったけどつまり私は2つの魔術を使用したのだ。
まだちゃんと力を使えないのに無理やり力を使ったのだ。だからぶっ倒れたんだろう、たぶん。
風呂にしっかり浸かっていたわけではなかったし、さすがにのぼせたわけではないと思いたい。
「この姿だと話せないよね。えっと、元に戻すには?」
問うと白夜はにこやかに笑う。
「この私ごときにはとんと分からず」
最上級の笑顔。
なにこの威力、負けそう。
ってか白夜知ってるでしょ。
ルビーさんを元に戻したくないんだな、これ。
まぁ名を呼んでこうなったなら、逆も然り。
私は鳥かごに集中する。
元のルビーランスをイメージしながら。
自然と言葉が脳裏に浮かぶ。
あっこれは…
「我が思いに応えよ『ルビーランス』我が従僕の徒よ」
元に戻れと強くイメージしながら。
脳裏に浮かぶというか、なんだろ。本能的に、といった感じ。
わたしの言葉は言霊となりルビーランスの体が紅い光に包まれた。
バンっと衝撃音とともに紅い髪の美女が現れた。
「んん〜、戻った〜。あの姿にされたの久々過ぎて焦ったわ。」
何も着てないルビーは、それを気にすることなく腕を伸ばす。白夜も慌てることなく、むしろため息をついていた。
お願い。見てるこっちが恥ずかしいから隠して。
ってか私もほぼ裸だけどね。
ルビーランスもお風呂勝手に入ってくるしこの人たち裸に対する意識が低いのかしら。
「お戻しいただきありがとうございます。
改めまして、吸血鬼族の姫王ルビーランスでございます。色々思い出していただきたいとこではあるけど今のままでも十分仕えるに値するからどちらでも、と言うのが本音ですわ。」
跪きながら再び自己紹介を受ける。
まぁあの時はそれどころじゃなかったけどね。
蝙蝠変化の時点で察していましたがやはり吸血鬼の方だったんですね。
確かに吸血鬼って自分を霧に変えられるんだよね。
あの時急に消えたのは身体を霧にしたからか。
しかし赤い髪が鮮やかだけどなんとなく吸血鬼って黒いイメージ。どちらかというと今の私の方がそれっぽい気がする。
私の夢ならそうはするんだけどな。
まぁ私の夢なら、ね。
「ルビー、魔王さまに対し不敬ですよ。まったく本当に」
白夜がどこからか持ってきたガウンをルビーに投げつける。
うん白夜さんがまだ掴めない。
残念キャラかと思ったけど、なんか今はクール。
「魔王さまがあなたに尋ねたいことがあるそうです。心して聞きなさい。」
ほらね。
なんか怖い。
「もちろんよ。何かしらルシア」
ルビーランスはガウンを羽織りながら私を見上げる。
「それよ!それ。ルシアって私のこと?」
ルビーランスは何事もないかのように
「そうよ。貴女の名よ。貴女には覚えはないでしょうけどね。」
と答える。
そうか。こちらの私にはルシアの名があるらしい。
なんでだろう、名前を呼ばれているのにピンとこない。まぁ確かに私の名前ではないんだけど。
浴室で聴いた時はもっとドキっとしたんだけど。
「でも今の貴女と体の名は繋がっていないようだわ。
貴女がルシアなのは確かだと思うのだけど。何故かしらね。」
ほぇ?
私はルシアさんじゃないの?
「いえ。貴方様は間違いなく魔王さまです。このお体に適正される魂は唯一無二。他の誰も成り替わることは叶いません。」
私の心を読んだかのように白夜が答える。
「記憶の欠如によるものだと思われます……」
なんとなく歯切れが悪い答えだった。
なんだろう。
ただ私にはわかるべくもない。
「魔粒子と御魂の回復に伴い、記憶も戻るかと思います。もどかしいと思われるかもしれませんがしばしご辛抱を。」
白夜はこうべを垂れた。
「ルシアと呼ばれるのが煩わしければ、貴女の名前を教えてくださらない?」
「ルビー!」
「私の名前?」
そういえば、名乗ってすらいなかった。
「ルビー、いい加減に…」
白夜が怒りの声が聞こえる。
「ルイ…」
自分の名前を口に出してみた。
その言葉にはっとする。
この世界の空気が急に重く感じた。
顔を見上げるとルビーが微笑んでいた。
私の現状を理解しているかのような、理解していると言いたげな眼差しを感じる。
「わたしは流生。ルイだよ」
さらりと自己紹介をしてみた。
「魔王さま?」
白夜は慌ててこちらを見た。
「多分、2人とも勘付いていたと思うんだけど。
私さ、ここに居るのにまったく実感がなかったんだよね。」
そう。言霊って本当にあるのかもしれない。
名前を出したら自分がこの世界に認識されたような、
今までの自分がいかに朧げな存在だったかを感じた。
「ルイ…うん。何だか名前を言ったらスッキリした。」
黒い毛皮に包まれながらその手触りを刻み込む。
うん。やっぱりしっかりと触れている。
「ずっとここは夢の中だと思ってた。けど明らかな感覚。覚める気配のない意思の高さ…」
2人の顔を交互に覗きこむ。
「現実ってことなんだよね?」
白夜もルビーも黙って頷いた。
そう。夢だと思っていた。
夢の中だからと、現実だと認識しないようにしていた。私の夢だから、私の夢ならと理由を付けて。
でもこの感覚は明らかに現実。認めるほどにしっかりとした感触。
何より名を名乗った瞬間、はっきりと自分がこの世界に存在すると認識した。
そしてこの世界を私が認識した。
「夢、じゃなかった」
「おかえりなさい。ルイ」
ルビーランスはお風呂で出会った時のように哀しげに微笑んだ。
白夜も微笑みながら顔を上げ私を見つめた。
現実を見つめるって意外と辛いものである。
私は今、ようやく夢じゃないと、しっかりとこの世界を認めることが出来た。
ようやく展開し始めました。ちょっと唐突感があるのが否めません。んー難しい。