異端の神様と呼ばれているカミサマ
ここは神秘的な神々達が住んでいる、幻想的な空間が広がる天界と呼ばれる場所。
空にもっとも近く、地上からもっとも遠いこの天界は、幾多の世界に繋がっている世界の扉ともいえるだろう。
周りを見れば、古代遺跡にありそうな柱や壁などが不安定に雲の上に乗っており、
足元を見れば、雲が全ての足場を作っていて決して落ちることはない。
…と言っても"神様だから"落ちはしないのだが。
この決して下界の者が目に触れることすら出来ない天界で、神々達は何も不満に思うことなく己の役割を全うしてきた。
だが、一人の異端の神様により捌け口がなかった神々達はこぞって、
その異端の神様へ思ってもないことを言うようになってしまっていたのであった。
「いやだわ、あの子」
「あぁ。あれからもう何百年経ってるんだろうな…」
「何百年じゃないわ、アレは生まれた時からよ」
「いや、しかし…下界に降りるという行為は目をつむったとしても、
あの得たいの知れない生き物を持ち帰ってくるとは、神様としてならん事を…」
今しがた、ヒソヒソ話し合っている二人の神様の話題にされている"神様"こそ異端の神様である。
「おい、見ろ。また降りるのか」
「全く…毎日降りないと頭がオカシクなるのかしら。あの子」
二人の神様の視線の先には、全体的に青色が印象的で青年のような神様が足元にある雲をかき分けて、その下を覗き込んでいた所だった。
普通ならばそんなことをする神様などいる訳がない。
…いや、しようとも思わないからだ。
それを一人の神様が、もう何百年としているのだ。
この神様が異端の神様なのだろう。ヒソヒソ話している二人の神様の目は、明らかに同じ神様に向けるような目をしていない。
まるで穢れたものを見るような目で見ていた。
「…よし、場所は良好、晴れのち曇り!」
そんな二人の神様の視線に気付いていないのか、異端の神様と呼ばれている神様は下界に降りる準備をしているのだろう。
着地地点の確認などをしている所だった。
「なープラピルーン、今日はどこに行くんだ?!どうせならオイシー物がある所に行きたいぜ!」
プラピルーンと言われた異端の神様の右肩に、ひょこっと顔を出した全身が深緑色の小さい獣が楽しげに言葉を発しながら同じく下を覗き込んだ。
「うーん、それはどうかな。ここは新しい世界の所だからリテリスの期待には答えられないよ…。それに近くに町はなさそうだし…」
「えー?!何だよプラピルーンのケーチバーカ!」
プラピルーンが返答に困って右肩にいるリテリスと呼ばれた深緑色の小さい獣は文句を漏らす。
どうやら行き先について話し合っているらしいのだが、
ピクニック感覚で下界に行くような雰囲気に、プラピルーンとリテリスを見ていた二人の神様の内一人の神様が声を荒げて言い放った。
「あぁ穢れた雨神!なんて嫌な子かしら!
私ならば今すぐにでもフォールヘロスに入れてあげたい程だわ!!!」
その神様が声を荒げて言ったフォールヘロス、という言葉にプラピルーンはピクリと眉を動かす。
フォールヘロス。この言葉の意味をプラピルーンは知っていたからだ。
殆どの神様が知っているそれは、簡単に言ってしまえば"不要なもの"を捨てる沼である。
だが、"神様"を捨てる場所ではない。神々にとって"不要なもの"を捨てる場所なのだ。そのことを、分かっていながら声を荒げた神様はそう言い放ったのだろうか。
そして、その言葉は天界にとっては罵倒する言葉にもなることを、知っているはずだった。
「…ケッ!なーにがフォールヘロス、だ!オマエが入れよカミサマ!」
プラピルーンを思ってか、右肩にいたリテリスがくるっと向きを変えて、小さな体をフンっと反らし、同じく大きな声で言い返した。
突然の反抗に、二人の神様は呆然としていたがリテリスにカミサマと言われた神様は怒りに顔を真っ赤にしだし、
「なっ……なぁんですってぇぇぇぇ!!??」
さらに声を荒げて今にもこちらに襲いかかってきそうな神様を、もう一人の神様が驚いてなだめようとしていた。
「おっ、おい、落ち着け!ただの得たいの知れない下劣な生き物の戯言だぞ。もうちょっと冷静に…」
だが、その神様が言った"下劣な生き物"という言葉がリテリスの耳に入ってしまったのだ。これには無視することなど出来ないリテリスは、再び声を大きく言い放つ。
「オイ!オバサンの隣のオマエ!
オマエも髪だけ長くてしてぐるんっぐるんにしてる、ただのデブなタコみてーな奴のオマエの方がよっぽど"下劣"なんじゃねーのー!バーカ!ターコ!」
…さっきの倍は言っただろうか。
リテリスの小さな体のどこからそんなに大きな声が出ているのか分からないが、離れた二人の神様にはハッキリ聞こえる位に言ったのだ。
もちろん聞こえてないはずがなく…。
「なっ……なぁにぃぃぃぃ??!!これは身だしなみだぞっ!!!」
なだめていた筈のもう一人の神様も怒りに狂ったようだった。
「……」
「……」
プラピルーンとリテリスの目の先には、先程リテリスのせいで怒りに制御が効かなくなった神様二人。まるで鬼の血相のようだ。
どんどんプラピルーンとリテリスの二人へ近付いて来ている。
「……ねぇ、リテリス」
やりとりを今まで見ていたプラピルーンがようやく口を開いた。
その声に気付いたリテリスはプラピルーンの方へ体の向きを変え、何だよと聞く。
「…どうする?」
「はぁ?んでそんな事オイラに……」
聞くんだ?という言葉を言おうとしたリテリスは、プラピルーンの顔を見て理解をした。
まるでいたずらっ子が悪戯に成功した時のような顔を、プラピルーンはしていたからである。
何も言わずとも、二人のやることはただ一つ。
「……んなの…決まってるだろーよ!」
リテリスはケラケラと笑いながら、プラピルーンの頭をペシンと叩く。
プラピルーンも叩かれた頭を少し擦りながら、えへへと笑う。
「…じゃぁ…」
「オゥ!」
近づいてきている二人の神様を横目に、プラピルーンとリテリスの二人が頷き合った瞬間、回りに水が現れ二人を包み込んだと思ったら、
次の瞬間には雲の開いた隙間に吸い込まれるように落ちていったではないか。
怒りに狂った神様二人が少し遅れて、その場所にたどり着いたがプラピルーンとリテリスの姿は最早天界にはおらず、
遥か彼方の新しい下界へ小さな雨粒となって落ちていっていた後だった…。
「あいつらバカだなぁ~!カミサマも対したことねーって、なっ!」
今ごろ何もできなかった悔しさに悲鳴を出している二人の神様の様子が想像できて、またケラケラ笑っているリテリスを見ていたプラピルーンは、小さく言葉にする。
「さっきはありがとう…リテリス」
フォールヘロスに入れてやる、なんて言われたときにプラピルーンは明らかに動揺していたのをリテリスは知っていたから、代わりに怒ってくれたのかもしれない、とプラピルーンは感じていた。
確かに二人の神様達に言われた通り、最近拾ったリテリスだけど今ではすっかりプラピルーンにはなくてはならない友達でもある。
その事をプラピルーンは嬉しく思った。
だから小さなお礼をリテリスに言ったのだが。
「えっ?なんか呼んだかー?回りの水の音が強すぎて聞き取れなかったぜ」
二人は今、丸い形になった水に包まれながら下界へ降りている最中であり落下速度も通常ではない早さなので、二人を包んでいる水は激しい飛沫をあげている。
そのせいでプラピルーンの言葉が聞こえなかったリテリスはもう一回!と聞き返すのだが、何でもないとプラピルーンに返されてしまったので聞くことは出来なかった。
「いーもん。地上に降りたら聞くかんなっ!」
「ふふ、どーぞご自由に」
「あーっ、ほらバカにしてやがるー!」
二人はそうして笑い合いながら地上に降りるまで、水に包まれた中から流れ星のように落ちていく外の世界の光景を暫く堪能していた。
それは地上から見れば綺麗な星々が、地上へ降り注いでいるようにも見えていた。