魔物なのは、本当にお酒?
「好き」なんて言葉は、口にした瞬間に消えて行っちゃう気がして、どうしても言えない。
もうちょっと、私の中で暖めてたい、大事にしてたい、って思う。……そんな悠長なこと言ってたら、彼女逃げちゃうってね。分かってる。
……とか言いながら、分かってないんだろうなぁ、私。
もっともそうな理屈も全て言い訳で、単に恥ずかしいから言えないだけかも知れないのに。認めたくないけど。
◇◇◇
同じ職場の彼女は、最近出来た彼氏の話しかしない。
お酒のんで、悪酔いして、私が家まで送り届ける。
それが最近の、私たちの習慣になりつつある。
そう。
さっさと逃げられちゃったってわけ。……まぁ、捕まえようとしてもないのに逃げられたってのもおかしな話だけど。
その彼氏は、瑞希が言うことを聞かないと殴ってくるらしい。
今日も、居酒屋で愚痴を聞いていた。
「茉優~……どうしよう」
「別れちゃえば良いじゃん」
私としては、そうなった方がむしろ断然嬉しいんだけど。
「でも……好きだし」
……ハイハイ、お決まりの台詞。
別れることをちらつかせると必ず言う、彼女の決まり文句。
そう思ってるなら、聞かないでよね。まったくもう……要らない傷が増えちゃうでしょ?
その赤い顔は、お酒のせい? それとも彼を本気で好きだから?
「んじゃ、これからも殴られときな?」
……おっと。
これはこれは……言った私自身もびっくりの、キツイ言葉が出てしまいました。
ま、瑞希のせいなんだけどね。
「茉優のばかぁ……」
うるうるとした瞳で私を見るなり、店員さんに向かって半ば怒鳴るように「焼酎!」とか言う瑞希。
「も、もう飲んじゃだめだって! すみません、焼酎じゃなくてお冷やをお願いします」
「飲んでやるぅぅぅう……今まででさいっこーに酔ってやるぞぉー!」
両手を天に突き上げる瑞希。
ああもう、この子は分かってんのかね? ……酔っぱらってる瑞希を目の前に、私がどんな想いでいるか。
◇◇◇
「う……ぷ…………ぎもぢわる……」
「だから言ったじゃん……もうすぐだから頑張ってよ? もう……」
結局あのまま飲み続けて数時間。
ぐったりとした彼女は、体重のほとんどを私に預けてくれている。……預けざるを得ない状態なだけなんだろうけど。
ひんやりとした外の空気が気持ちいい。
「ほら、着いたよー!」
狭いアパートの一室。
電気を付ける。
ベッドに寝かせると、少し落ち着いたようだった。
「み……ず……」
「はいはい、ちょっと待ってねー」
水をグラスに注ぎ、渡す。
さすがは一人暮らしの家。ものがどこにあるかが、一目瞭然だ。
「コート脱がなきゃ」
「んー……」
水を一気に煽った瑞希は、とろんとした目で私を見る。
「茉優……もうちょっと聞いて欲しい話があるの……」
「瑞希……どうしたの?」
ベッドに座る。
すると、
「なんてね」
後ろから抱きしめてきた瑞希に、私は戸惑う。
「ちょ、瑞希……!?」
私!
落ち着け私!
瑞希は酔っぱらっています! 正気じゃありませんから!
だから真に受けるな私!
あっという間に、視界には、天井と得意げな瑞希の顔。
「……瑞希?」
「私が酔うとでも?」
「そ、そんな、でもいつも……」
「計画的犯行だからね」
語尾に星でも付きそうなその言い方に、私の脳は、きゅるきゅると空回りする。
「え? でも、瑞希、彼氏……」
「いないよ?」
「……え?」
「妬いてくれるかと思ったのに、茉優ったら超真面目に相談乗ってくれんだもん。あり得ない!」
てなわけで、と彼女は言う。
「茉優。覚悟してね?」
「……ばか。嬉しくなんかないし」
「ふぅん? それはどうかな?」
瑞希の唇が、ゆっくりと私の唇に触れた。
「嫌?」
「…………ばか。んなわけない。好きだよ、瑞希」