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雨にも負けず  作者: 宝積 佐知
涙雨と傘
83/105

⑷託す

 親愛なる蜂谷和輝様。

 これは、神木葵と関わる貴方への警告です。


 手紙の書き出しを思い出し、和輝が言った。その声に感情はまるで無く、機械の合成音声のようだった。


 病院内はとても静かで、全てのものが死に絶えたような錯覚を齎す。互いの鼓動すら聞こえそうな静寂だ。和輝の抑揚の無い声ばかりが、虚しく反響している。




「神木家は代々警察官の家系だった。当然、葵の両親も警察官だ。けれど、皆短命で、悉く殉職していた」




 国の為に死ぬことが、一族の誇りだった。

 古くからの因習を受け継ぐ神木家に、葵は産まれた。




「両親は、葵が小学生の頃には殉職していた。それからは、年の離れた兄が親代わりだった」




 外から見ていた人間には、彼等は仲の良い兄弟に見えた。二人だけの男兄弟は、毎日のように喧嘩をした。互いに加減を知らず、流血沙汰になることも多かった。

 葵はしょっちゅう病院送りになって、兄は必ず見舞いに来た。それが彼等の仲直りだった。




「葵は生まれ付き存在感が希薄で、すぐ隣にいても知覚されない。兄だけが、葵の存在を証明していた」




 現在と変わらない葵の姿だ。

 霖雨は黙って話の先を促した。




「葵は透明人間と呼ばれる程に存在感が希薄だった。だが、特定の人間に対して異常な執着を与える可能性がある」




 聞いた事のある話だった。霖雨は既視感を覚えながらも、耳を傾けていた。




「サイコパスと呼ばれる異常者を強烈に惹き付ける。葵は度々そういった異常者に目を付けられていたらしい」

「あいつなら、返り討ちにしそうだけどな」




 警察官の兄を持つ神木葵を付け狙う命知らずが、そう多いとは思えない。けれど、そういった常識的な判断をしない強硬派が、和輝の言う異常者たる所以なのかも知れない。




「大抵は返り討ちだったみたいだよ。兄は警察官だし、葵もあんな感じだしな。ーーでも、如何しても撒くことの出来ない異常者が、一人いた」




 知っている。


 異常犯罪者を中心として、それを崇拝する信者がある人物を目的に大学構内を占領した。犯人グループは武装し、構内にいた百人近くを人質にとって、葵を呼び出そうとした。

 葵を誘き出す為に人質を一列に並ばせて、端から順番に撃ち殺したり、目の前で暴行を加えたりしたらしい。


 以前、和輝が話していた。俄かには信じ難い血生臭い事件だ。

 霖雨は問い掛けた。



「その事件の犯人ーー主謀者は、如何なったんだ?」

「死んだよ」




 あっさりと、和輝が言った。




「異例のスピード判決で死刑執行。今はもう、この世にいない」

「そうか……」

「恐ろしいのは、その執着だ。葵が中学生の頃から付け狙って、執拗なストーカー行為を繰り返していた」

「中学生?」



 今から何年前だ。

 中学生の葵が大学に入った頃まで、その執着は続いたことになる。葵の性格からして、人に執着を持たれるような関わりをするとは思えない。ならば、一方的な好意だ。


 何の見返りも無いのに、一方的に人に執着出来るものなのだろうか。霖雨には解らない。




「中学生の葵には、そいつを如何にかする手段が無かった。だから、兄に相談した」

「うん」

「兄は弟の通学路を巡回経路に加えた。そして、死んだ」

「うん?」




 展開が早過ぎる。理解が間に合わない。

 霖雨が瞠目していると、和輝は答えた。




「兄は巡回中に犯人と交戦。そして、頸動脈を切り裂かれた。逃走する犯人を食い止めようとして脛に噛み付き、その首を切断された」



 思わず、霖雨は口元を押さえた。

 淡々とした和輝の口調とは裏腹に、事件の情景が瞼の裏、具に浮かび上がっていた。




「手紙はーー、兄を殺したのは、葵だったと記していた」

「何で」

「葵は、兄と折り合いが悪かった。警察官の道を蹴ったのもその為だ。だから、邪魔な兄を始末する為に異常者を嗾けて、両者を葬ることに成功した」

「暴論だな」

「或いは、葵は人体に興味を持っていた。ある日突然、生のスプラッタが見たくなった。其処で、兄を殺すことにした」

「うーん」




 何の説得力も無い。ーーけれど、それは、葵が簡単に人を殺すような人間ではないという結論ありきの話なのだ。

 判断材料が何も無い状態で聞いていたら、同じ結論を出せたかは解らない。


 霖雨が唸っていると、和輝は言った。




「旅客機の事故の話をしたことがあったよな」

「葵の友達が死んだって話?」

「そう」




 大学時代に出来た友達は、占拠事件の関係者だ。単独で犯人の元へ出向こうとした葵を止めてくれたらしい。

 だが、彼は葵に会う為に渡米して、到着と同時に犯罪組織の自爆テロに巻き込まれて死んだ。


 葵の周囲は、死の臭いに包まれている。




「真実は誰にも解らない。葵も弁解はしない。死人に口無しだ」

「和輝は、如何思うの?」

「何が?」

「葵のこと」

「葵は、葵だろ。それ以外のものは解らないよ。だって、見ていないもの」




 堂々と、和輝は答えた。

 霖雨は、質問の意図が食い違ったことに気付く。


 和輝にとっては、これが事実でもそうでなくても構わないのだ。今まで見て来た葵と、その未来しか見えていない。過去に縛られない。


 差出人の意図は、和輝に疑心を芽生えさせることだった。過去を知った和輝がどのような行動に出るのか知りたかった。これは或る種の人体実験なのだ。


 差出人の誤算ーー。

 過去を暴露したところで、和輝には疑心なんて生まれない。そんなに繊細な人間ではない。


 霖雨には、差出人の意図が解る。

 何が正しかったと思う?

 何時か、葵が言っていた。ーーそんなこと、霖雨にだって解らない。


 全ての可能性に気付いていて、最悪の結末を回避しようと足掻いて、その結果が、最悪の結末にしかならなかったとしたら、こんなに虚しいことは無いだろう。




「何が正しかったと思う?」




 和輝が言った。透き通る双眸が、透明人間のそれと重なって見えた。


 正解か不正解かは解らない。

 だから、葵のあの質問は、嘆きだったのだ。

 葵は最悪の結末を知っていた。それを回避する為に足掻いた。けれど、結末は最悪だった。だから、誰かに選んで欲しかった。


 どんな状態でも、正解を択び取ることの出来るヒーローに、委ねてしまいたかった。


 けれど、ヒーローにも不可能があることを知った。この世に絶対は無い。希望があれば、絶望もある。




「あの時、和輝は如何して間違っているって言ったの? 何が間違っていると思ったの?」




 あの日、和輝は何も正しくないだろうと言った。今更になって、その意味を問う。

 和輝は答えた。




「だって、葵は後悔していたから」




 そういうことか。

 霖雨は、胸の中に空いた穴に何かが転がり込んだように感じた。




「後悔している時点で、正解ではないだろ。結果なんて、自己満足なんだから」

「ああ、なるほど」




 この頃から、既に食い違っていたのだ。

 和輝は、事実の是非を答えたのではない。葵が後悔しているから、それでは駄目だと言ったのだ。

 つまり、葵が後悔をしていなければ、和輝はそれで良いと答えたのだ。


 頭が痛い。自分は、和輝を買い被っていたのかも知れない。




「……兎に角、差出人不明の告発の手紙が届いたんだな」

「そう」

「はあ……」




 和輝がひた隠しているものだから、どんな秘密かと思ったが期待外れだった。肩透かしを食らった気分だ。

 霖雨が項垂れていると、和輝は神妙な顔付きになって言った。




「手紙の文字に見覚えがあったんだ」




 霖雨は顔を上げた。

 和輝は指を組み、じっと地面を見詰めている。




「確証は無い」

「勘か」

「そう、勘」




 口調は軽口のようなのに、声は固い。

 確証の無い言葉は口にしない。けれど、確信はあるのだ。

 霖雨は顎をしゃくって、先を促した。和輝は一度静かに頷いて、言った。




「翡翠の筆跡だった」




 霖雨は目を閉じた。


 予想していなかった訳では無い。可能性は常に付き纏っていた。

 だが、和輝が命懸けで救おうとした友達だ。彼の為に、その命すら投げ出して、霖雨も葵も死にたくなる程の苦しみを味わって来た。

 やっと彼を救った筈なのに、全ては、彼の掌の上だったのだ。


 平行世界で、翡翠は死んだ。それも、全て計算か?

 死んでも構わなかったのか?

 自分の知的好奇心を満たす為なら、自分の命も友達も、何もかも犠牲にしても構わなかったのか?


 本当に恐ろしいのは、悪意ではない。

 悪意の無い殺意なのだ。




「翡翠のところに、行く」

「俺も」

「ううん。俺一人で、行く」




 透明な瞳に揺るぎない覚悟を滲ませて、和輝が言った。

 自己犠牲ではない。霖雨が反論の言葉を構築することが出来ない程の強い意志だった。


 霖雨は大きく溜息を吐いた。疲労感がどっと押し寄せて、やがて、正気が身体中に宿って行くのが解った。




「頼んだ」




 ぐ、と力を込めて、和輝の肩を押す。その双肩が思うよりずっと細く、けれど確かに筋肉に覆われていることが解る。

 この肩に、命運を託す。

 泥舟でも、タイタニック号でも構わない。彼がやると言うのなら、きっとやるのだろう。


 和輝は少しだけ驚いたように目を丸めて、ーー笑った。蕩けるような笑顔だった。


 高校時代、彼は野球部の主将としてチームを全国制覇へと導いた。

 見たことがある筈も無いのに、泥だらけのユニホームで笑う彼の姿が目に浮んで、霖雨は身体が軽くなる。

 嘗てのチームメイトも、この笑顔に幾度となく励まされて来たのだろう。




「任せろ」




 其処にいるのは、可哀想なフリーターでもなく、多忙な大学生でもない。

 子どものような純真な笑顔を見せる、最強無敵のヒーローだった。







 涙雨と傘

 ⑷託す








 ヒーローを送り出した霖雨には、確かめなければならないことがあった。


 病院を出た後、真っ直ぐに帰宅し、パソコンを起動する。レポート制作に追われて開きっぱなしだった文書制作ソフトを閉じて、Skypeを起動した。

 母国との時差は凡そ14時間。彼なら、まあ、起きているだろう。


 闇に染まっていたディスプレイに、無人の部屋が浮かび上がる。向こうは深夜だ。欠伸を噛み殺しながら、鏡に映したような青年が現れる。


 双子の兄、春馬だった。

 事前の確認も取らず不躾ではあるけれど、春馬は霖雨からの連絡を快く受け入れてくれた。




「急にごめん」

『いや、起きていたから大丈夫』




 それより、如何した?

 春馬が笑った。

 忙しいのだろう。双眸の下に薄っすらと隈がある。霖雨は申し訳ない気持ちになるが、話を切り出した。




「調べて欲しいことがあるんだ。神木葵と、早川翡翠って男のこと」

『早川は知らないが、神木君ってお前の同居人だろう。何かあったのか?』

「何かあったのかも知れないし、これから起こるのかも知れない」

『ふうん。まあ、いいよ。ーーちょっと待ってろ』




 そう言って、春馬は手元にノートPCを引き寄せた。

 凄まじい勢いでキーボードを叩く音がする。そして、数刻もしない内に、情報に行き着いたらしい春馬が顔を上げた。




『神木君の過去の概要なら、出て来たよ。訊く?』

「いや、いい」

『パスポートの使用履歴は無いね。まだその国にいるんじゃないか?』

「そうか」

『大学の同級生と連絡が取れそうだよ』

「名前は?」

『藤原水樹』




 知らない名前だ。霖雨は答えた。




「連絡先を教えて欲しい」

『携帯に送っておくよ。それから、早川翡翠って奴のことなんだけど』




 春馬は眉を寄せて、困ったように言った。




『少なくとも、この国に記録は無いよ。本当に、実在する人物なのか?』




 春馬の言葉が、脳内に反響した。

 実在していない。ーー早川翡翠もまた、透明人間だ。

 けれど、霖雨は実際に会って話したことがある。早川翡翠は存在する。ただし、本名では無い。

 思えば、彼の通う大学も知らない。聞いていた翡翠の経歴を伝えたものの、検索結果は零だった。


 翡翠の経歴は、和輝から聞いた。直接、本人に聞くよりも信憑性がある。

 和輝は嘘が解る。見抜けなかったのか、それとも。

 霖雨には、解らない。




「ありがとう。助かった」

『いいよ、このくらい。大事な弟の頼みだからね』




 春馬は悪戯っぽく笑った。

 そして、酷く真剣な顔付きで問い掛けた。




『大丈夫か?』




 春馬の双眸が、ブルーライトを反射して光って見えた。けれど、それは何故か、何処か懐かしい夕陽のような金色に映った。

 霖雨は、ゆっくりと頷いた。




「一人じゃないから、大丈夫」




 一人だったなら、膝を着いていたかも知れない。もう駄目だと投げ出していたかも知れない。

 でも、一人じゃない。自分には、最強のヒーローが着いている。


 霖雨が言うと、春馬は笑った。それは、幼い頃から見て来た筈の頼もしい兄の笑顔だった。



『困ったことがあったら、何時でも頼っていいからね』

「頼りにしているよ」




 じゃあ、またね。

 互いに次を約束して、連絡は終わった。

 さよなら、ではない。またね、と春馬は言った。そんな一つの言葉が、胸に染み込んで温かくなっていく。


 この温かさを、分けてやりたいと思う。自己満足でも良いから、孤独に膝を抱える誰かを抱き締めてやりたい。

 そんなことを、切に願う。


 霖雨の携帯電話には、春馬が言った通りに或る人の連絡先が送られて来ていた。

 藤原水樹。霖雨と同い年で、葵の同級生。

 神木葵が、まだ、ただの学生でいられた頃の友達。


 霖雨は、その番号をタップした。深夜に掛かって来た知らない番号だ。応答は絶望的だった。だが、予想に反して、電話は繋がった。




『もしもし』




 小さな声だった。不安や警戒が感じ取れる。

 霖雨は腹に力を込めて、大きく口を開く。相手に、此方の不安を知られてはならない。どのような相手なのか知らない、顔も見えない通話機器では、声や会話の間が全てだ。




「夜遅くに申し訳ありません。神木葵の友人の、常盤霖雨と申します」




 低姿勢で応答すると、相手は怪しんでいるようではあるが、話を聞く体勢を取った。

 典型的な気の弱いお人好しだ。同族嫌悪であるかも知れない。


 藤原水樹は、現在、母国の一般企業で働いているらしい。

 インターネットの広告を主な業務として、サイトの制作や運営に携わり、仕事に慣れて来た頃合いだという。


 葵とは、同じ大学の出身だ。

 けれど、葵は大学占領事件の後に何も言わず渡欧して、それきり連絡を取っていない。葵が渡米していたことも知らなかったということだった。


 人伝に葵の生い立ちは聞いていたらしいが、それを問うことは殆ど無かった。けれど、親しい友人だった。


 酒に弱い葵は合コンで盛大に嘔吐したらしい。一緒に旅行したことや、飲み会をしょっちゅうしたこと、ラーメンを食べたこと。

 藤原水樹が語る神木葵は、何処にでもいる一介の大学生だった。


 哲学を専攻し、平成のニーチェだなんて渾名を付けられていた。


 変わり者であったが、悪い奴ではなかった。


 もう戻らない過去を嘆くように、藤原は言った。霖雨は目を閉じて、彼の話に耳を傾けた。


 大学占領事件の後、育ての親である刑事から、サイコパス検査を受けた。葵は結果を聞かずに旅立ってしまったらしいが、診断結果は無慈悲なものだった。


 サイコパスと認定されたのだ。

 社会における捕食者であるとされ、監視の対象になった。そのレッテルは常に付き纏い、警察の管理下に置かれる。


 葵は、全てを理解して姿を眩ませたのだ。透明人間と呼ばれるだけのことはある。書類を偽造した密入国。だから、葵は身分証を持たない。


 渡欧した葵を追った友人がいた。彼は葵の居場所を突き止めて、逃げ場を塞いで、其処で待っていろと言った。

 そして、彼の乗った飛行機は着陸と同時に爆破炎上した。乗員も乗客も助からなかった。


 葵は葬儀に参列したらしいが、記録は残っているものの、誰の記憶にも残らなかった。

 その後、透明人間は、消えた。


 霖雨は、尋ねた。

 これだけは、如何しても訊かなれけばならなかった。




「葵はサイコパスだと思いますか?」




 そして、藤原は僅かな逡巡すら挟まずに、弾かれるようにして答えた。




『そんな訳無いだろ』




 声には苛立ちが滲んでいた。

 電話の向こうで、気を取り直すように藤原は空咳をした。




『神木は普通の人間です。診断は間違っている。社会が事実だけを拾い上げて、批評家みたいに好き勝手に言っているだけです』

「俺もーー、」




 霖雨の瞼に、葵の横顔が浮かぶ。

 秀麗な面は何処か儚く、そのまま消えてしまいそうだった。浮雲のように摑みどころが無く、人の揚げ足を取って愉悦に笑う。

 人格者かと問われたら、霖雨には頷けない。けれど、彼は極普通の一般人だった。




「俺も、そう思う」




 人は、理解出来ないものを嫌う。

 社会の狭い常識からはみ出てしまった逸脱行動を咎め、葵を人類の敵にした。

 恐ろしいと思う。たった一つの選択で、人はそれをその人の全てのように錯覚してしまう。


 何が正しかったと思う?


 葵の声が何処かから聞こえたような気がして、霖雨は軋むように胸が痛かった。


 何も、間違っていなかったように思う。

 葵は常に最善の選択をした。それでも、結末は何時も最悪だった。


 和輝は、葵に何度でも言った。

 それでいいよ。お前が選んだなら、それでいいんだよ。どんなお前だって受け容れてやるから、何処にもいなくならないでくれ。

 身を切るようなあの言葉は、葵へ届いたのだろうか。




『あの頃、僕は非力だった。神木を止めてやれなかった』




 霖雨もまた、同じだった。

 病院で葵は、凶器を振り翳した男を刺殺した。霖雨は目の前にいたのに、止められなかった。


 けれど。




「今度は、届きますよ」




 否、今度こそ届く。

 ヒーローはずっと手を伸ばしていた。否定されても、笑われても、何を言われても諦めない。辛くて苦しくて逃げ出したい程の恐怖の中で手を伸ばしたことが、全くの無意味だなんてことがあって堪るか。




『神木のこと、頼みます』

「勿論」

『帰って来たら、言ってやりたいことがあるので』




 其処で、藤原がからりと笑った。同じタイミングで霖雨も笑っていた。

 なるほど、自分と彼は似た者同士らしい。

 彼が伝えたい言葉はきっと、自分と同じだ。けれど、それは彼自身が伝えるべきなのだ。その為には、消息不明の透明人間を、何としても見付けなければならない。


 手掛かりは何も無い。それでも、絶望とは思わない。

 福音が其処彼処から聞こえる。世界は冷たいけれど、見るべき目を持っていれば、美しく輝いて見えるのかも知れない。


 通話を終えた霖雨は、そんなことを思った。

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