幕間
一回戦終了
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『よいこのみんなー! 残念だけど、今日の試合はこれでおしまいなのっ! 二回戦は明日の同じ時間からだから、また観に来てちょうだいねーっ!』
ルーファスの終了宣言――と思わしきもの――があると、客席からは少しずつ人が立ち去って行った。しかしまだまだ興奮冷めやらぬ空気が漂っており、完全に無人になるまでには時間がかかることだろう。
「やれやれ。とんだ大役を仰せつかったものだ」
ステージから下りたアルバートのぼやきに、ヴィクトルが忍び笑った。
「そう言う割には楽しんでいたようだが」
「貴方にはそう聞こえましたか」
「公の祝祭なのだから、楽しむことが罪であるとは誰も言うまいよ」
「そのようなことを考えているわけでは」
「――大事ない。裏というほどの裏は、ないはずだ」
アルバートの眼が細まり、ヴィクトルの静かな笑顔を見据えた。
視力はないはずだ。にも関わらず、ヴィクトルは過たずアルバートの双眸を見返した。
「貴公も探りを入れなかったわけではないのだろう。良からぬ輩が陛下に何ぞ吹き込んではいないかと」
アルバートは肯定も否定もしない。どのみちこの人にはお見通しであろう。かつて師事を仰いだのは他でもないこの人なのだから。
「いずれにせよ……じき大陸を相手にすることになる。その時が来るまでに、アグリア騎士団とイグニア騎士団の結束を強めねばならないのだ。この祭典がその契機になればよいな」
「そのことには同意しましょう」
イスタールに徒為すならば、いかな輩であれ排除する。
口の端に刷いた笑みを玻璃の瞳が捉えた。そうしてヴィクトルもまたゆっくりとうなずいたのだった。
久しくなかった規模の祝祭に、ステージ近くの町はどこも沸き返っている。そんな中をトーナメントの選手たちがそろって歩くと、さながら花形役者へ向けるに似た視線や声援を受けることになった。
「あっ……あの、騎士様っ!」
花道のように左右に割れた人垣の中から、年端もいかない少女が一人、不意に駆けてきた。
「お花、どうぞ! ……すごく素敵でした!」
レダがそれを受け取ると、少女はまっ赤な顔をして身をひるがえし、また人垣のいずこかへと消えてしまった。一部始終を見ていたバルトサールが呑気そうに笑う。
「罪なお方ですなぁ」
「ここは卿に説教を垂れるべきところか」
「慎んで辞退申し上げます」
「いやしかし、君は若い娘にずいぶんと人気があるようだよね、実際のところ」
カスパルまでが言い出すので、レダは軽く柳眉を寄せる。
「敗者が讃えられる道理などありはせぬ」
「実戦ではそうだろう。しかしね、健気な町娘の胸に憧れを抱かせてあげるくらいのことは、罪にはならないのじゃないかな?」
「……。これ以上この件の問答は遠慮願おう」
「なんだレダ、まさかとは思うが照れてんのか?」
豪快な笑い声はクラウディアのもの。その傍らで「そうなのか」とこちらへ向けられたフィデリオの視線を、レダはまっすぐに見返す。
「ヴェーラー騎士長。真に受けるのはやめていただきたい」
「……すまない」
「そういやレダ、優勝したら何するつもりだったんだ? 教えろよ」
問うてきたクラウディアは、自らの願いが大陸へ渡るための水竜の卵だと明かしている。レダもまた目指すところは似通っている。ただ、公にはっきりと口にすることは憚られた。
「そうだな。多少なりと、風通しがよくなればいいとは考えていたな」
アグリア、イグニアを問わず、能なしのくせに煩い連中はいまだ幅を利かせている。そういった輩を可能な限り騎士団から排除し、真に実力主義を体現できたなら、大陸と戦うための戦力は飛躍的に向上するだろう。
「なんの……ああ。そういう面白そうな話か」
クラウディアはにやりと口を歪めた。そしてフィデリオはさりげなく、素早く周囲に視線を巡らせた上で、カスパルにも声をかける。
「貴殿はいかがなものか」
「そこまで大それた望みではないかな。できることなら大陸の情報を逸早く握ることのできる位置にありたいと思っていましてね。しかしまあ、ここで近道をたどることができなかったからには、誠心誠意努力するというだけの話です」
「……『近道』、か」
その一言は妙に刺さった。
確かに、他者に願って望みをかなえんとするのは、ややもすると怠惰に通じるのかもしれない。さすがは腐っても年長者、その重みを納得させるだけの力は持っている。
「さて、この話は終わりにしよう。あとはもう若人たちの試合を気楽に観戦しようじゃないか。……ほら。あんな風に」
含み笑いで赤い眼が示したのは、アーシェラを含むイグニア勢だった。
「旦那ァ……もういい加減に、機嫌を直してくださいよ」
とんでもなく不機嫌そうな――いまだ蒸気の残滓が体から立ち上っているようにすら見える――ジークに、さすがのゾラもそろそろ疲れてきている風だった。
そして他の者はといえば、それぞれてんでな反応を見せている。
「ジーク。面倒見がいいのは知っているが、それはさすがに過保護じゃないか」
「ボクも、アーシェラさんに危険を冒させたことは謝りますので……それはやめてあげていただけませんか……?」
「でも、ちょっと素敵だなあ、騎士長がそんなにも奥様思いだったなんて! 感動しちゃいます!」
「んもーっ!! こういうのは奥さん思いとちょっと違……う、嬉しいことは、嬉しいけどー!!」
外套にくるまれあまつさえジークの腕にすっぽりと抱き込まれているアーシェラは、じたばたしながら叫んだ。見た目にはほとんどイモムシのようであった。
試合直後、妻が怪我をしてはいないかと丹念にチェックをしていたところまでは理解できる。が、その後はずっとこれである。ああいうどことなく子供じみた部分が、かつての『隊長』を思わせるような――そうでもないような。
「あれを、笑っていいのか、正直悩みます」
不意にヴァレリーが震える声で言った。実際笑いを堪えているのは明らかで、カスパルがつられたように声を漏らす。
「別にいいのじゃないかな?」
「……」
――まったく、あの人は。
レダはつい試合中と同じことを思い、イグニアの面々から目をそらしたのだった。