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1回戦第3試合


 カスパル、レダ vs. エリアス、アーシェラ



 ++++++++++++++++++++



「なぁにやってんだよクラウディア!」

「うっせぇナギ! そこで黙って座ってろ!」

「ぎゃああああああんティーのおうちいいいいい」

「ティー、泣くな……たのむから暴れるな!」

 クラウディア、ヴァレリー組が賑やかしくドラゴン席と応酬するのを横目に、イルとゾラが戻ってきた。控えの席では、アーシェラが目をキラキラさせて待ち構えていた。

「すごいすごぉい、お二人とも! ディア様に勝っちゃっただなんて!」

「……」

「イル」

 ゾラがイルの短髪をわしわしと撫でた。どういう意味かと首をかしげたアーシェラだったが、すぐに横から声をかけられ、ぴょいと椅子から立ち上がる。

「ボク達の番ですね」

「そうね。よろしく、エリアス!」

「こちらこそ」

「……アーシェラ」

 ジークが不安そうに、心の底から心配そうにアーシェラを見つめた。その視線はつと動き、エリアスにも向けられる。橄欖石の眼が云わんとするところはこの上なく明らかで、エリアスは苦笑を押さえられない。


 アーシェラに無理をさせるな――怪我をさせるな――ちゃんと守れ――わかっているだろうな?


「旦那、旦那。なんて顔してるんですか、未来の奥方の出陣を前に」

 ゾラも気がついたらしく、やや呆れ顔をして腰に手を当てる。と、アーシェラの頬がまた大きく膨らんだ。ひどく不満そうな様子だった。

「結局……ジークと対戦できなかった……楽しみにしてたのにっ……」

「! わ、悪かっ、た」

「アーシェラ、済まない。それについては私の責任でもある。許してほしい」

 ジークと組んでいたフィデリオに律儀に頭を下げられては、むくれ続けるのも難しい。あわてて首を振るのに合わせ、赤い髪がふわふわと舞った。

「私こそすみません、騎士長! そういうつもりじゃなくて、その」

「まあまあ、そろそろこの辺で。あんまり相手を待たせちゃいけねぇ。旦那も抑えて。試合前にわざわざ集中力を削いでどうするんですか――」

 ゾラが「どうどう」と手綱を引いている間に、エリアスはふと対戦相手を見やった。

 カスパル・グレッツナー、そしてレダ・エーゲシュトラント。どちらも戦場で見えたことのある相手だ。特にカスパルに対しては、苦い記憶が残っている。

「アーシェラさん。あのお二方と調練などされたことはあるんですか?」

 ふり返り目が合うと、アーシェラの纏う空気も変わった。彼女もまた、軍都アグリアで戦ってきた戦士なのだ。改めてそれを思わされる。

「残念ながら、機会はなかったわ。戦場でお見かけしたことならあるんだけど」

「そうですか」

「あと、正直言うと……ね、おふたりとも、ちょっと恐いわよね。カスパル様はおっきいし、レダ様は厳しそうだし」

 ほんの少し気弱な気配が漂ったので、エリアスは微笑と共にアーシェラに向き直った。

「優勝したら、望むことはなんですか?」

 きょとんと見開かれた青色が、次いで、にこりと細まった。

「大陸へ行くこと! おいしいもの食べたり、新しい踊りを覚えたりしたいの!」

「ボクもやりたいことがあります。そのためには」

「勝つしかない……よね!」

 気迫が戻り、ひとまず安堵する。まず気持ちで負けていては話にならないのだ。だから、かつてカスパルに敗北を喫したことがあるということも伏せておいた。

 無論、今度こそは勝つつもりだ。


「――ああ。彼は、もしかして」


 カスパルは軽く目を見開いた。レダがそれを見上げ、赤い視線を追ってステージの向こうを見やった。

「男の方か?」

「前と雰囲気が変わっていたものだから気が付かなかったよ。彼とは戦場で、直接打ち合ったことがある」

「それは貴重な情報だ」

「強化魔法を持っているはずだよ。使えばそれなりに速い」

「あの体格ではそういった戦い方を選択するのが正しかろう。ベリ中級騎士――『元』中級騎士か。彼女もまたスピードを生かすタイプのようだ。フィデリオ殿から少しばかり話を聞いただけではあるが」

 淡々と、二人は互いの持つ情報を開示していく。が、その様子を眺めていたバルトサールが肩をすくめるほどには、流れる空気は冷え冷えとしていた。

 それはまるで、二人の間でも戦いが始まっているかのようだった。

「先ほど『雰囲気が変わった』と仰ったが。どのように変わったと?」

 レダの問いかけにカスパルはあごをつまんだ。しっくりくる表現を探し、しばし沈黙する。

「なんだろうね……以前よりも、丸くなった、かな?」

 レダもまた、探るような様子でつかの間唇を引き結んだ。

「意味を計りかねる」

「いや、むしろ前が異常だったのかもしれないね。それで今『普通』でいるのを、そんな風に捉えてしまうのかな」

 いずれにせよ、と、カスパルは愛用のものを模した槍を立てる。身長200、体重は100を超える巨躯である。表情は穏やかでも、一歩踏み出すだけで充分な威圧を与えた。

「若い子に勝ちを譲るつもりはないよ。貴方もそうでしょう、エーゲシュトランド騎士長?」

 レダはわずかに口角を上げ、微塵も笑みのない眼差しをカスパルに向けた。

「そうだな」

「……おや」

 視線に促され再び見やれば、エリアスとアーシェラは顔を寄せ合い相談をしていた。どちらも真剣だ。早々に何かしらの策を打ってくるか。

「卿は経験と力で彼らに勝ると推測する。だが代わりに、速さでは劣るな?」

「正しい見立てだろうね」

「それと、総合的な戦力としては私より卿が上回るだろう」

 冷静な分析に基づいて断じると、レダは腰のサーベルを抜いた。相手方の得物も既に見えている。エリアスは身長と同じほどの棒を、アーシェラは両の手にシャムシールを携えている。

「故にこの場は卿に従おう。指示を頼む」

「……。畏まりました」

「行くぞ」

 小さく沸いた歓声の中、四人はほぼ同時にステージへと上がった。


『さあて、三回戦の始まりよー! 今大会のミニマムペアと、大会一のトールマンという対戦カード! これはこれでちょーっと楽しみよねー!』


『うーわーすごい身長差ですねーこれって勝負に――ごほん、どういう戦いになるんでしょうかね!』


 アーシェラは少し前へ出て、肩越しにふり向いた。深緑を細めうなずいたエリアスに、にこりと笑みを返す。

 また前を、対戦相手をまっすぐに見ると、体は素直に緊張を訴えた。アグリアでの戦歴華やかな二人を相手に、ちゃんと戦えるのだろうか。どれだけやれるのだろうか――


「なんて……今から悩んだって、仕方ないわよね」


「準備はできたか」

 例のごとくアルバートが中央に立つ。ステージ脇では副審判のヴィクトルが静かな笑顔で見守っていた。見えないはずというのにまっすぐ目を向けられ、ピリピリと緊張を覚える。それを振り切って双剣を掲げたところで、アルバートがまっすぐに右手を上げた。


「はじめ!」


 タンタンッ、タンッ


 アーシェラは床を踏み鳴らし、優雅に背をそらせてから、深々と頭を垂れた。

 空気が変わった。臍が見えそうなほど短い上衣チュリに裾の膨らんだハレムパンツという衣装は、踊り子服そのものだ。なんだなんだと、衆目もアーシェラに集中した。


『 みな、みな、集えよ、来るべき


  佳き日の幸い、分かち合おう 』


 歌声が流れた。アグリアの一地方で歌われる民謡だ。その調子に合わせてアーシェラのしなやかな腕が伸び、足はゆったりとしたステップを踏む。そうしていると、一体どんな魔法が働くのか、小さな体がとても大きく映った。

 紡がれる寿ぎの唄はイスタールの再誕を祝すにふさわしい――と、言えなくもないだろうが。カスパルは油断なく槍を上げ、レダよりも前へ出た。

「陽動、だろうね」

 踊りとは意表を突かれたが、目立つ動きで注意を引くのは常套手段だ。ならばおそらく、もう一人が既に動き出している。

 どこから。どう出るつもりなのか。

 アーシェラからは目を切らず、弧を描くように移動を始める。と、不意にアーシェラがぴんと背を伸ばし、両の掌を空へ向けた。

 そして深く沈み込む。

 瞬間。

「!!」

 飛来した球を反射的に払いのけた。打ち返そうとするも手ごたえはなく、間近に見たはずの深緑が一気に遠のいて行った。

 ゆるやかな舞踏を囮にした奇襲。はじいた棒の先端が球と見えたくらいであるから、実際の動きよりも速く見えたのは確かだ。

 ただし。それで『敵』を仕留められないようでは、甘すぎる。

「騎士長、ここは私が――」


『おおっとぉ、今度はアーシェラ選手がーっ!』


 ふわりと横を通り過ぎた赤い髪。ふり返る間もなくギンッと硬い音がした。打ち合ったのか。 

 しかしこちらはこちらで、まず棒の二撃目を処理する必要があった。


『アーシェラ選手がレダ選手に突撃ー! 一方エリアス選手もカスパル選手に接近! しかしレダ選手、カスパル両選手共にうまく捌いて――あっと今度はエリアス選手がレダ選手にッ』


『ミニマムコンビはスピードを生かして、次々相手を入れ替える戦法みたいですね! けっこう息は合ってるのかなー?』


『ちょっと両方追っかけて実況すると息が切れちゃうんだけどオフィーリアちゃん半分受け持たない?』


『ルーファスさん息継ぎなくなってますよ!?』


「なるほど。鬱陶しい組み合わせだ」

 眉根を寄せつつ、レダは体さばきで棒の突きを回避した。とっさに鉄板仕込みの軍靴で蹴りを見舞う。手応えならぬ足応えは多少あったが、線が細かろうと騎士は騎士、変わらぬ速さで離脱する。

 と思うや視界の端に赤色が映った。反射的にきつく睨めばアーシェラが一瞬ピッと凍りついたものの、すぐに双刀を掲げた。足運びは独特だ。これもやはり『舞踊』を想起させる。


「はっ!!」


 特に読みづらいのは緩急だ。急に速度を上げた一振りが思わぬ角度で襲い来た。

 初撃は弾く。二撃目は、と視線を動かした先に刃はなく、派手な赤色とはもう距離が広がっている。代わりにまた相方の男が間近に迫っていた。どちらも一撃一撃はさほど恐ろしいものではない。ただそのめまぐるしさに辟易する。まずはどちらか一方でも足を止めさせるのが上策であろう。

 それと、もうひとつ――

「騎士長!」

 予想された槍の軌道上に突如、カスパルが割り込んだ。間を置かず木製の弾かれた高い音が耳に届く。そして、こちらへ背を向けたままカスパルが言う。

「私が彼を止めます」

「任せる。――邪魔だ、距離を取るぞ!」

 レダの一言でカスパルも察したらしい。ミニマムコンビは先ほどから、カスパルの巨躯の陰からレダに攻撃を加えていたのだ。ここは一度個々を引き離し、ペースを崩してやるのが良い。


「!」


 ぞくりと悪寒を――カスパルの殺気を感じ、エリアスはとっさに攻撃から防御へと体勢を切り替えた。

 突きが来る。あの体格から繰り出される攻撃をまともに受けられるわけもなく、引きつけて、なんとか流す他ない。

 と、思う間もなく巨躯がぶれる。

 細めた深緑を鮮烈な赤が貫いた。

「エリアスっ!」

 アーシェラが声を上げたのと、反らした肩を穂先がかすめたのがほぼ同時。息つく間もなく横に薙ぐ槍から逃れると、レダからもアーシェラからも遠くなる。やはりだ。こちらの思惑などお見通しということか。

 ならば――こちらも。


「変更! 『スペル』!」


 エリアスは申し合わせた合言葉を叫び、後ろざまに跳んだ。

 ここは逃げる。準備が整うまで。


『カスパル選手、エリアス選手を強襲ー! これで一対一が二組という形になりました! 絶えず相手を入れ替えるというミニマムコンビの戦術を崩してきましたね解説のオフィーリアちゃん!』


『一対一はミニマムコンビにはきつそうですねーなにしろミニマムですから……ってこんなこと言っちゃってよかったんですかね!』


『そんなこと気にしてる間にほら実況実況!』


 ハイテンションな実況役二人をよそに、カスパルは落ち着きをもって槍を振う。相手方二人を引き離すことには成功した。当然エリアスはまともに受けずかわして逃げるが、あとは場外まで押し出すだけだ。

 彼が、予想だにしないような策を打ってさえこなければ。

「スペル……『呪文』、と言ったかな? ここで強化魔法を使ってくるか。いや、そんなに単純な符牒で敵に作戦を知らしめるようなことをするかな? それとも、そう思わせることで混乱を狙っている?」

 思考を巡らせつつも手は休めない。

 どんな作戦であろうとも、準備の隙を与えなければいい。力をもって押し潰す。いかに脚で稼ぐのが得意であろうと、これほどの運動量をいつまでも持続できるはずがないのだ。

 力が切れたところで、狩る。

 ひたすら距離を取るように後方へ跳ぶエリアスを追い、カスパルはぐっと槍を引いた。

 そこへ突然、重みが乗った。


「カスパル様! ご覚悟!」


 はっと首をめぐらせば、器用にもアーシェラが槍の柄の上で双剣を構えていた。

 しかし完全に振りきることはできなかったのだろう、レダもまたそこまで迫っている。それだけでもうアーシェラからは視線を切った。彼女の方はレダが対処するはず。だから自分は引き続き――


「――ダ・リートゥス!」


 突如、エリアスの姿が視界から消えた。とっさに槍の上の重みを振り落す。長年培った感覚が示す方向へ腕をかざし、二の腕に痛烈な打撃を受けた。


「……うまく、いった?」


 視界をかすめたカスパルの渋面に、アーシェラはほっとつぶやいた。が、次の瞬間にはとんぼ返りをうってレダから逃げる。

「ベリ中級騎士! 逃げるばかりで敵に勝てると思うのか!」

 鋭い叱責に身が縮む思いをしつつとにかく逃げる。それだけのことがこんなにも難しい。レダは、こちらの心を読んでいるのかと疑うほど巧みにアーシェラの逃げ道を塞いでくるのだ。おかげでエリアスの援護までずいぶん時間がかかってしまった。


 ――ひとつかふたつ、数えるほどの時間でかまいません。その時のボクの相手を足止めしてください。


 ――魔法の発動からが、勝負です――


「うんっ、がんばる!」


 アーシェラは自分に気合を入れる意味も込め、タァンッと音を立ててステージを蹴った。


『ここでエリアス選手が強化魔法を使用しましたーここから勝負はどう転ぶんでしょうか!』


『魔法も決して万能じゃないですからね、時間制限が厳しいという話も聞きますしミニペアはここで決めないとですねー』


『省略してみるだなんてだいぶ大胆になってきわねオフィーリアちゃん! ていうか私、実は今場外もになっちゃって仕方ないのー』


 観客の一部はすでに気付いてざわめいていた。その原因は、選手控え席の一角で立ち上る怪しげな蒸気だ。

 偶然『それ』を目にした――してしまったレダは、眉間にしわ寄せて思わずこぼした。

「一体何をしておられるのだ、あの方は……」

 蒸気の元はジーク隊長だった。何があったか預かり知らぬが、今にも爆発するのではというほどの殺気を漲らせ爛々と眼を光らせるその姿はまるで異形の生物であった。それを周囲のイグニア騎士どもが数人がかりで押さえつけている。

 残念ながら、みっともよい姿であるとはとてもいえなかった。

 ――いや、やめよう。

 あれが自分の知る『隊長』でないことは、元よりわかっていたことだ。

 レダはすっと目を細め、身軽に跳んで逃げるアーシェラにサーベルの切っ先を向けた。今は目の前の敵を排す。その先にあるものを手に入れる。

「踏み台になってもらうとしよう。三人まとめてな」

「あっ」

 鋭い突きをかわそうとして、アーシェラが足をもつれさせた。好機だ。レダはさらに前へと踏み込んだ。

 それは、重心を前方へ傾けることに他ならなかった。


「騎士長!!」


 カスパルの声よりも先に背後に気配を感じた。

 決してもう一人の動向を気にしていなかったわけではない。しかし接近してくる速度が予測を大幅に超えた。

 『魔法を使えばそれなりに速い』――カスパルの言が脳裏をよぎりとっさに身を返すが、思考の閃きには到底追いつかない。しかも、ころぶのかと思われたアーシェラまでがくるりと前転して立て直し、低い体勢から飛びかかってくる。あれも囮だったのだ。

 本命は。どちらなのか。

 一瞬の逡巡が明暗を分けた。


「――レダ・エーゲシュトランド、フォール!」


 男の方に足を払われ後ろざまに倒れたところで、アーシェラに抑え込まれてしまった。いくら軽くとも両肩に全体重をかけられては、すぐに起き上がることなどできようはずもなかった。


『レダ選手がまさかの失格ーっ!! ミニマムコンビネーションが意外と効いてるみたいですね解説のオフィーリアちゃんっ』


『ってあなたの言い方もたいがいですよねっ!?』


「貴様……やってくれたな」

 レダは間近にある蒼眼を睨め上げた。途端にぴゃっと飛び上がって、ふわふわと逃げていく赤い髪。

「ごめんなさいっ、ごめんなさーいっ!」

 そのままカスパルの方へ駆けていく。レダは半身を起こした。その頭上から影が差し、アルバートの涼しい声が落ちた。

「ステージを下りろエーゲシュトランド。いられると邪魔だ」

「……言われずとも」

 背を向ける前にカスパルを一瞥した際、深紅と目が合った。残念だがあとは任せるしかない。

 最後に自分と当たるまでに、せいぜい削られてくれればいい。


 そんな無言の言を、カスパルの方でも察していた。


 微かに苦笑を浮かべたカスパルは、水平に、弧を描くよう槍を薙いだ。相手二人はさっと飛び退き、交差して両側へ散る。息の合った動きだ。先日まで敵同士であったとは思えないほどに。

「さて、どうしたものかな」

 先んじてレダが倒されたことには驚かない。戦力としてはカスパルよりもレダが弱い。その弱い部分から崩していくのは常道だ。

 無論、それは逆も可である。


「まずは……君かな?」


 アーシェラに照準を合わせ切っ先を向ける。あらわな腹を突くのはさすがに気が引けるので、狙うは脚。

「アーシェラさん!」

「っ、だいじょうぶ!」

 逃げるかと思いきや、アーシェラは逆に正面から向かってきた。また何か策を打ってくるか。――そう何度もやらせはしない。

 先ほどレダに背をつかせた際、カスパルは見ていた。エリアスが半棒で地面をたたいた直後だ、アーシェラは転びかけるような演技をしたのは。その前からの動きを考えても、おそらく司令塔は決まっている。

 だからここは、司令塔を先に潰す。

「えっ!?」

「!」

 アーシェラにあっさり背を向け、様子を窺っていたのだろうエリアスを再度捉える。

 全速で突進する。

 いかに魔法で速くなろうとも、膂力が上がろうとも、体重までは変わるはずがない。一度でもまともに当たればあちらはふっ飛ぶだろう。

「く……!」

 よほど慌てたのか、エリアスは半棒を投げつけてきた。軽く身をひねってかわし、槍を突き出す。エリアスがとっさに腰のダガーを抜いたものの、もう遅い。

「さて。終わらせようか?」

 ぎゃり、と鳥肌の立つような音を立て槍の柄とダガーの刃が滑った。

 手応えは悪くない。そのまま一気に押し切ろうと、カスパルはさらに力を込めた。

 と――


「かかりましたね」


 ふとエリアスが微笑した。そして一切の抵抗を放棄しくるりと身を回転させる。

 あっと思った瞬間に、鈍い衝撃を受けた。


『こっ……これはっ……!!』


 客席が瞬間的に静まりかえる中、カスパルはたまらず両膝をついた。間を置かず、アルバートが手を上げた。


「カスパル・グレッツナー、ダウン! よって勝者はエリアス・キルラッシュ、アーシェラ・ベリの組とする!」


 どっと歓声がよみがえった。実況席の二人もまた白熱してまくしたてた。


『カウンター!! ミニマムペアの奇襲が、カスパル選手をダウンさせましたー!!』


『これ一体、あの試合前の短時間でどこまで打ち合わせてたんでしょうか! アーシェラさんがエリアスさんの半棒を受け取るところは完全に予定通りといった印象でしたけど!』


 ――なんということだろう。

 合点がいったと同時に、こみ上げる苦笑を押さえられなかった。つまりだ。あの時エリアスが手放した半棒はアーシェラの手に渡った。カスパルからは完全に死角となる位置で。そしてアーシェラは、カスパルの重心が移動するところを狙い膝裏から突いてきた。

 そこから追い打ちで、二人がかりの体当たりを背中にもろにくらってしまい、このていたらくというわけだ。

「参ったね……やられたよ」

 よくも次から次へと策を打ってきたものだ。素直に感嘆しながら片膝を立てると、目の前までエリアスが歩み寄ってきた。

「ありがとうございました」

「……あっ、あの、すいませんでした!」

 エリアスが軽く頭を下げ、そのうしろからはアーシェラがおどおどと顔をのぞかせていた。

 それを見るにつけ、存外愉快な心持ちが強くなった。




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