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1回戦第1試合



 バルトサール、アルーシェ vs. フィデリオ、ジーク



 ++++++++++++++++++++


 客席に対戦表が貼りだされていった。その周辺から熱気のこもるざわめきが広りつつある。



第一回戦


 第一試合

 1組 バルトサール・ラケルマン

    アルシオ・コルノーディス


 2組 ジーク・ソルダート

    フィデリオ・ヴェーラー


 第二試合

 3組 クラウディア・ディメイ

    ヴァレリー・ヴィランタン


 4組 ゾラ=ナダ・ヴォルフクローネ

    イル・バルセイン


 第三試合(シード)

 5組 レダ・エーゲシュトランド

    カスパル・グレッツナー


 6組 エリアス・キルラッシュ

    アーシェラ・ベリ



『みんなー、対戦表は確認できたかな? そろそろ始めちゃおうっかなっ?』


『あーもう早く始めて早く終わらせましょ……お、おおっ、もしかしてしょっぱな騎士長ですか!? ハルバード見られるやったーっ!!』


『解説のオフィーリアちゃんもテンション上がってきたところで、第一試合の選手のみなさん、ステージに上がって頂戴ねー!』


『だから、その呼び方やめてくださいってば!!』


 高さが30センチほどある円形のステージの両端から、ちょうど向かい合う形で二組が上がった。そこから歓声に選手の名前が混ざりだす。特に目立つのは、華やかな雰囲気の女性たちがジークを呼ぶ声だった。

「ジークー、がんばってー!」

「キャーッこんな感じのジークを見るのって初めて! かっこいいー!」

「……ずいぶんと、人気があるな。ジーク殿」

 花街のおなじみたちに軽く手を振って応えるジークの横で、フィデリオが低く言った。若干の怒気をはらむ声にジークは瞬いた。

「そう、だろう、か」

「あんなにも、多くの女性と……ッ」

 刃をつぶした斧がゆらりと持ち上がる。ジークはとっさに身構えかけたが、フィデリオはぷるぷると手を震わせながらそこで止まった。

「娘の……アーシェラのことで、後ほど少し話をしたい」

「ああ、わかっ――娘?」

「まずは、試合に出場する者としての責を果たさねば」

 視線はステージの向こうへ投げられた。そうして眉を寄せるフィデリオにつられ、ジークの表情も引き締まる。

「バルトサール中級騎士。手強い相手だ」

「知って、いる。ただ」

「何か策が?」

「いや。俺は、どちらかと、いえば、アル――アルシオの、方が、やりづらい」

 フィデリオも、そしてバルトサールもおそらく知らないだろう。アルシオの本名はアルーシェ。女性なのだ。あのバルトサールを相手とする戦いに女性が混ざっているというのは、ジークにとって、相当に気を遣わねばならないという点で不利な条件といえた。

「提案、する。バルトサールは、俺が、引き受ける。彼も、おそらく、俺を先に、狙うだろう」

「心得た。私はコルノーディス殿のお相手をさせていただこう」

「ただ、見ての通りの、体格、だ。そこは、汲んでほしい」

 フィデリオはうなずいた。自然と互いの戦斧を合わせる。どちらも相手に自分と似たにおいを、信頼に足る誠実さを感じ取っていた。

 他方、ステージの反対側では。

「……」

「え、っと。初めまして、バルトサールさん」

 アルは先ほどからバルトサールに凝視されていた。どんな意図があるのかと怪訝に思っていたところ、彼は頭を掻きながら、「まあいいか」とでも言いたげな顔で背筋を伸ばした。

「どうも」

「最初からすごい組と当たっちゃいましたね……勝つためにはどうしたらいいんだろう。バルトサールさん、フィデリオ騎士長についてお聞きしてもいいですか」

「……騎士長は、目が悪い」

 思いのほかあっさりと答えが返った。そのことと返事の内容にアルが目を見張っていると、バルトサールはわずかに目を細めた。

「右目がほとんど見えないそうです。右側から回り込んでの攻撃が有効。もっとも二対二である以上、ジーク騎士長がフォローに入るでしょうが」

「あ。なんか、見た目よりも――」

「なんです」

「いやいやなんでも! わかりました、右側ですね!」

「で、貴殿はどうなんです。その『目』は」

 指をさされ、思わず手で右目を押さえた。驚いた、もう気がついたのか彼は。

 アルもまた昔の怪我のせいで片方の視力が弱い。その分を聴力で補うよう訓練してきたが、やはり右からの攻撃には若干反応が遅れる。

 その様子を見て察したのだろう。バルトサールは対戦相手に視線を戻した。

「なるほど。わかりました」

「できるだけ、足を引っ張らないようにします」

「それじゃあひとつたのまれてはもらえないでしょうかね」

 表情も口調もそのままに、声量だけがぐっと落ちた。


「俺はあっちを先にやります。それを邪魔されないよう、もう片方を引きつけておいていただきたい――」


『一回戦第一試合、準備は整ったようね。あ、ちなみに一人倒れても試合は続行だから注意してねっ。というわけで審判さん、お願いしまーす!』


「……ふむ、見れば見るほどずいぶんな組み合わせだな」


 ひらりとステージに上がった人物の姿に、ジークが一瞬目を見開き、アルが「あれっ」と頓狂な声を上げた。

「団長! 団長が審判をされるのですか!」

 イグニア騎士団団長アルバート。かの人はおもしろそうに片眉を上げて四人を見渡した。

「国王陛下より直々に指名賜ったからな。まあ貴様らを贔屓したりアグリアのを不利にするような真似はせん。あくまで公正な審判を行うものと心得よ」

「そんな、ことは、当然だ」

「とはいえ、そのようなこと口ばかりではと不安を覚える者もあろう。故に私が審判補佐として据えられることになった」

 と、これは場外から聞こえてきた。

 壮年の男。杖をつき、目に光が映っていないことはすぐにわかる。しかしその身に纏う気配は尋常ではない。

 彼こそはアグリア騎士団団長、ヴィクトル・リンドブラードだ。視力の不利を抱えながら一騎士団を纏め上げてきた傑物の登場に、バルトサールまでが威儀を正した。

「見えはせぬが、アルバートが事実と異なる判断をしたなら察することはできよう。もっともその子がそのようなことはせぬと信じているよ」

「……その、『子』……?」

「何を呆けている。構えろ」

 涼しい顔で流しつつアルバートが片手を上げる。

 途端に騎士達の表情が変わった。それぞれの得物を手に、ぴんと張り詰めた気を纏って『敵』を見据える。その緊張感に、客席もほんのひと時静まり返った。


「はじめ!」


 熱気がはじけた。

 間髪入れずに長剣を抜き飛び出したバルトサールは、そのまままっすぐ、フィデリオに襲いかかった。

「こちらに来るか!」

 予測と異なる行動に驚きながらも、フィデリオはぐっと床を踏みしめる。

 斧の柄で受けた。重い斬撃の後に殺気を感じのけぞると、鋭い回し蹴りが鼻先をかすめていった。とっさに石突を突き出すが、こちらもわずかに届かない。

 繰り広げられる戦いの一方、楽しげな実況と観客の興奮した声援がやまない。


『片や両騎士団の騎士長ズ、片やアグリアの狂犬とイグニアのドラゴンスキー! さっそくの異色対決ですねぇ解説のオフィーリアちゃん!』


『ふえっ、あ、ええそうですねっ?』


『この戦いはどこがポイントになりそうでしょうか?』


『え、えと、騎士長ペアは、どちらもパワータイプですね。これを凸凹ペアがどう捌くかが』


『あ、今客席に動きがあったようです!』


「隊長! がんばる! 隊長ー!!」


 客席で小柄な影が立ち上がり、隊旗を振り始めた。マーセルだ。つられたように、フィデリオ隊の野太いコールが重なった。


 た・い・ちょう! た・い・ちょう! た・い・ちょう!


「――そんな風に睨まんでください、フィデリオ騎士長。恐ろしくて仕方ない」

 飛び退ったバルトサールが、苦笑と昂揚が半々ほどの表情で剣を握りなおした。

 そのうしろ、少し離れたところをひらりと小柄な影が舞う。アグリア同士の対峙に近づきすぎぬよう気を配りつつ、アルはジークの隙をうかがって絶えず動き回っていた。

 考えるまでもなく自分の実力は遠く及ばない。それでも打ってこないのは、この人が女子供に甘いからだ。知っている。

「騎士長! 遠慮は無用です!」

 時折思い切って踏み込んでいく。しかしアルのレイピアは、魔法かと思えるほどの的確さでハルバードの柄に阻まれた。

 どうすればいい。どうすれば、この防御を崩せる。


「どうしたんだい、アル! しっかりやんな!」


「バルトサール、負けたら承知しなくてよ!」


 観客席の一角にはドラゴン専用の席が設けられ、そこからローヴェルとアロンドラの檄も飛んだ。

 しかし、あるいは聞こえていないのではないかという烈しさで、再びフィデリオとバルトサールが打ち合った。フィデリオは密かに武器の選択ミスを感じた。バルトサールは動きが読みづらい。戦斧は溜めが大きいため、うかつに振り抜くことができずにいる。


『バルトサール選手、ジーク選手がそれぞれ優勢のようですね、解説のオフィーリアちゃん?』


『みたいですねぇ、でもバルトサールさんは防具がないようなので、一撃入れば逆転もありえるかなー』


『今のところ総合して五分五分か――あっと、アルシオ選手が!』


 レイピアを、ハルバードの鉤に絡め取られた。アルはバランスを崩して膝をつきかけ、とっさにレイピアを手放して腰の短剣を抜きながら後ろに下がった。

 レイピアが弾かれて飛んだ。アルの頭上を大きく越え、フィデリオの横に音を立てて落ちる。


「――!!」


 見えたのはフィデリオの『右の』横顔。鋭敏な聴覚が拾った息遣いから彼の疲労を感じ取る。しかも視線はバルトサールに集中して。

 今なら、あるいは――

 思考と同時に身を翻す。全力で駆け、力いっぱい踏み切った。

「フィデリオ!!」

 ジークの声にフィデリオがふり向くより、一歩先。

 アルはフィデリオの喉元に斬りかかった。

「っ、く!」

「あッ」


『アルシオ選手の奇襲ー! しかしフィデリオ選手、持ちこたえました! やっぱり体格差が大きかったわねぇ』


 逆に体当たりでふっとばされ、ステージ上を転げたアルは、なんとか膝をつかずに身を起こした。

 その瞬間、わっと歓声が大きくなった。中には悲鳴のような落胆の声も聞き取れた。


「フィデリオ・ヴェーラー、場外! アルシオ・コルノーディスはまだ『両膝』をついてはいないな。続行だ」


 アルバートのよく通る声が告げた。見れば、ステージから右足を踏み外したフィデリオが苦く微笑していた。

「足場が、見えなかったな。やられたぞバルトサール」


『うーわー! アルシオさんを押しのけて、反動でできたフィデリオ騎士長の隙を見逃しませんでしたね。押し込んでの場外! ヤバい何これ意外と楽しいじゃないですか』


『でっしょー?』


「……ジーク……!」


 ゆらり。バルトサールがふり返った。視線が向いた先には、ジークがいる。

「これで、ゆっくりやれるな」

「……ああ」

「手加減はいらないな?」

「もちろん、だ」

 興奮を隠しきれない様子のバルトサールに、ジークは目を細めた。ちらりと場外のフィデリオを見やり、すっと息を吸う。


(ライ)! ()! ()! ()! (レイ)!!』


 純粋な地力はあちらが上だ。手加減なく来るというなら、出し惜しみなどしていられない。


『ジーク選手、ここで強化魔法です! あ、もちろん魔法の使用はおっけーよ? これでどう動くのかしら、どきどき!』


()()(レイ)!!』


 重ね掛けは略式になった。もうバルトサールが突っ込んでくる。策も何もなく、ただ正面から、ぶつかる。

 金属同士の擦れる音が大きく響いた。どちらも訓練用に刃をつぶしたものだが、それでもひやりとするような鋭さだった。

 次の瞬間、ジークは片手を武器から離す。とっさに捕えたバルトサールの左手にはいつの間にか短剣が。と思うや今度は足が出る。胸当ての上からの蹴りの衝撃、しかしジークは下がらず、逃がすまいと前へ出た。


『お、お、そこで、鉤を使って? あー惜しい、もうちょっとで腕をひっかけられたのに!』


『あらぁ駄目よオフィーリアちゃん、イグニア贔屓の実況はよくないわよ?』


『だってだって、ハルバードカッコイイじゃないですか! 斬るも突くも叩くもできるがゆえに熟練した技術を必要とするあの武器はそもそも』


『単なる武器贔屓でした! 観客の皆さん安心して、オフィーリアちゃんの方を心配してあげてねっ』


『どういう意味ですかそれはー!』


「――お、っとッ」


 力任せのハルバードの一閃が肩をかすめた。じんと痛みが走るが、バルトサールもまた、引くことをよしとしない。わずかに顔を歪めつつなおももつれ合うような接近戦を挑んでいく。

 公式に、全力でジークと戦うことのできる絶好の機会だ。次があるかはわからない。楽しまなければ損ではないか。

「まだ――こんなものじゃあないでしょう、ジーク!」

「言って、くれる……!」

 ジークの表情にも笑みがある。この人に限ってスタミナ切れは期待できない。持久戦を覚悟しなければなるまい。

 思いながら刺突の体勢に入った――その時。


『あっ!』


「危ない!」


 突然間近に聞こえた声と、思わぬ反動。

 一瞬均衡を失って片膝をつき、即座に立て直そうと地面についたはずの手が、ふにゃりと妙に柔らかな感触を捉えた。

「……うん……?」


「アルシオ・コルノーディス、フォール! そしてジーク・ソルダートは場外! よって、勝者は第1組、バルトサール・ラケルマン、アルシオ・コルノーディスとする!」


 アルバートの声にはっと顔を上げれば、ジークが場外にしりもちをついていた。

 勝負に夢中で気付かなかった。あんなにもステージの際でやりあっていたのか。そして、バルトサールだけをステージ上に引き戻したのは。


「あ、はは、いたたた」


 思わず手をひっこめると、アルが自分の背中をさすりながら上体を起こした。しかしこちらと目が合うなりぱっと顔を輝かせる。

「勝ちました? 勝ちましたよね! よかったーやった!」

「あ、ああ、そうですね……」

 己の手とアルを見比べたところで、後ろから肩をたたかれる。さらに別の手が伸びてアルを助け起こした。

「残念だが我々の負けだ」

「よくやった、な。アル」

「ジーク騎士長……ありがとうございます!」

 この試合の功労者は少しだけ照れながら、誇らしげに笑った。



     *  *  *



 ジークが控えの席に戻ると、アーシェラがじっとこちらを見ていた。というか、睨みつけてきていた。しかも栗鼠のように頬が膨れているのでどうしたのかと思い手を伸ばすと、器用にも頬を膨らませたままでぼそぼそとつぶやいた。

「じーく……もてるのね……」

「そんな、ことは、ない」

「あんなにかっこいいもんね……そりゃもてるわよね……」

「アーシェラ?」

 怒っているらしいことはわかったので、とりあえず頭をなでてみた。と、アーシェラは突然両手を振り上げた。

「もーっ! もーもーもーっ!」

「???」

 ぽかぽかと胸をたたかれて困っているのを、ゾラ=ナダやエリアスが笑いをこらえながら見ていた。助けてくれる気配はなく、仕方がないので、ジークはアーシェラをぎゅっと抱きしめた。

 アルとバルトサールも同じく控え席へ戻ってきていた。その途中、不意にバルトサールが言った。

「あの、なんというか、……すいませんでした」

「え? 何がです?」

「――アル! アル、一回戦突破おめでとう!」

 ふと近くの観客席から聞こえた声に振り仰ぐ。そこには両親と姉と弟の顔があり、アルの目も輝いた。

「わ……みんな来てくれてたんだ! ありがとう!」

「わが子の晴れ舞台だからね、来ないわけがないよ」

 父がにこにこしながら言った。その笑みがたいそう不穏であることに、アルは気付いていなかった。

「ところでアル。お前と同じ組の彼だけど。さっき、お前に触っていなかったかい?」

「転んだときですか? ちょっと、この辺に……でもあれは仕方なかったですし」

「そうか。そうかそうか」

 ヴェント・コルノーディス。イグニア騎士団で団長補佐を務めたこともある男だが、多少なりとつき合ったことのある者たちの間では、ちょっと行き過ぎた子煩悩で有名だった。昔も、今も。


「バルトサール・ラケルマン、だったね……うん、覚えておこうかな……」


「……!?」


 突然の悪寒にぶるりと震えたバルトサールは、ちょうど目の前にいたレダに鼻で笑われた。

「助けられたなバルトサール。ひとまずはおめでとう。望みのものに一歩近づいたじゃないか」

「あ、はい。ありがとうございます」

「おやどうしたのかな? なんだか妙な顔をして」

 カスパルにまで興味深げにのぞきこまれ、努めてさりげなく視線をそらす。

 いまだ手に残る感触の話は、できそうになかった。

「なんでもありませんって」

「本当かな? まあいいけれどね……ところでレダ騎士長の口ぶりからすると、君もそれなりに優勝者の特典に期待しているところはあるみたいだね」

 探るように赤い眼が細まる。バルトサールは頭を掻いた。この話題の方が、よほどマシだ。

「そんな大それた望みじゃありません。『大陸に進軍する際は前線部隊に』。それだけです」

「なるほど、それなら実に君らしい」

 何がおかしいのかカスパルは笑った。レダがそれを、ほんの一瞬、鋭く一瞥した。



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