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 聖都イグニアと軍都アグリアが統一され、イスタールは再びひとつと成った。その記念式典の一環として催されることとなったのが、この日この後に控える御前試合であった。

 イグニア・アグリア両騎士団から、自薦他薦により12名が出場し武を競う。まずは二人組による勝ち上がり戦を行い、決勝においては、最後に残った組の二人の一騎打ち。そして優勝者はイスタール王に謁見し、何か一つ、望みのものを賜ることができる――そんな規定が事前に発表されていた。

 戦乱が終わり、安堵と喜びに満ちるイスタール全土から、この華やかな催しを観戦しようと人々が詰めかけた。


『はいはぁーい、みなさま、お待たせいたしましたぁー』


 特別に用意された円形の闘技場。周囲の席が埋まり立ち見まで出始めたところで、低めのつやっぽい声が響き渡った。


『間もなく試合開始の時間になりまぁーす。ちなみにわたくし、この度どういうわけか実況をすることになりました、アグリア騎士団の性別不詳ルーファス・イエンでぇーす。よろしくねっ』


 条件反射のごとく、客席からはやんやと歓声が上がった。それが収まりきらぬうちにルーファスは先を続ける。


『それと、アタシだけで全部の実況はしんどいので、もう一人解説者をお呼びしてます! イグニア騎士団、オフィーリア・グレイちゃんでーす。オフィーリアちゃん、今日はよろしくね』


『ちょちょ、ちょっと、その呼び方はやめてくださいって言ったじゃないですか、あなた耳がないんですかそれともおもしろがってんですかたぶん後者ですよね!?』


 『実況席』と前面に張り付けられた席では、黒い隊服の黒髪美女に、白い隊服で丸眼鏡のちんちくりんが食ってかかっていた。えっどっちがオフィーリア? という視線が多く集まり、はっとしたようにちんちくりんが腕を振り回す。


『ちょーっ! こっち、見ないでって!!』


『それでは開戦に先立ちまして、今回の規定の説明を簡単にさせていただきますっ。んふ、実況って意外と楽しいのね』


『楽しくないですよーなんで僕こんなところにいるんですかー絶対おかしいですってぇー』


『あら、今さらガタガタ言いっこなしよ。――というわけで、説明に移るわね。試合形式は二人組での勝ち上がり戦! 最後まで勝ち残った組の二人が、決勝戦で一騎打ち! みんなもう知ってるわよね、すっごく燃えちゃうわよねー!!』


 わっと客席が沸く。ルーファスの発する言葉は妙な昂揚を誘うようだ。祭りにはふさわしい熱気だった。

 そんな中、試合に出場する選手たちは、ちょうど組と対戦相手のくじ引きを終えたところだった。ゾラは楽しげに手のひらをかざし、客席を見やった。

「いやあ盛り上がってんなぁ」

「そのよう、だな」

「はっ、このくらいじゃなきゃあこっちも盛り上がんねぇよ!」

 うなずいたジークの後ろで、パンッと手のひらにこぶしを打ちつけたのはクラウディアだ。背後にはすぐにも戦いを始めたいというような気迫がめらめらと燃えて見える。その様子にヴァレリーがため息を吐いた。

「もう少し慎みというものを持たれるべきでは、クラウディア騎士長」

「祭りに慎みもへったくれもあるか! んなことよりヴァレリー、てめぇがよくこの場に出てきたもんだな? てっきり面倒がって出ねぇと思ったぜ」

 クラウディアに肩をどつかれたヴァレリーは、痛そうに顔をしかめて背後を一瞥した。

「私も時には華やかな雰囲気を楽しみたくなることがあるのですよ。むしろ場にそぐわないというなら、私よりあちらでは」

「ん、あいつのことか?」


『武器あり! 魔法あり! ただし殺っちゃうのはナシにしてねっ! 時間無制限で勝利条件は三種類! 相手に両膝をつかせるか、三つ数えるまで背中を地面につけたままか、はたまた場外に追い出すか! 良い子のみんなは、ちゃぁんとわかってくれたかな?』


 視線の先にはいつになく鋭い目つきのバルトサールがいた。確かに通常であれば、それこそ『面倒くさい』の一言でこういった公の催しからは逃げそうなものだ。が、それもクラウディアは一笑に付す。

「バーカ。ジークが出るってんならあいつが出ないわけがねぇよ。それよりあたしはレダの出場の方が意外だ。しかも自ら立候補したっていうしな」


『そんでもって、優勝者には特別ご褒美! イスタール国王陛下からひとつ、なんでも好きなものをいただけちゃうんですってーっ! うらやましいわぁアタシも出ておけばよかったかしら!』


「レダ騎士長をはじめ何名かは、おそらく優勝者の特典目当てでしょう。少しばかり考えれば察しのつくことです」

 視線はレダ、カスパル、それに彼についても他に考えられないと、フィデリオに向けられた。

 そしてイグニア陣営にもまた、その類型と見える人間が数人。

「――あ、エリアス! あなたも出るのね!」

 そのうちの一人――小柄な青年に、ふわりふわりとなびく赤毛が近づいていった。相変わらずのへそだし踊り子服のアーシェラ。気づいたエリアスは苦笑を漏らした。

「ここであなたとお会いするとは思いませんでした」

「ジークも出場するって聞いたから、もしかしたら対戦できるかもしれないって!」

「そんなに騎士長とやりたいんですか」


『事前の説明はこんなところね。それじゃぁ対戦表ができあがるまで、もうちょっと待っててちょうだいねっ』


「一回くらいやってみたいわよ。なのにジークったら絶対に相手してくれないんだもの――」

「アーシェラ……」

 不意にゆらりと影が差した。びくっとして振り仰いだアーシェラを、ジークがどんよりとした目で見ている。異様な迫力があった。エリアスまで思わず一歩引いたほどだ。

「出場、するのか」

「でっ……出るわよ、いいでしょっ」

「えっ、ジークの旦那、未来の奥方が同じ試合に出るってことも知らなかったんですか?」

「何か問題でもあるのか。彼女も元は騎士なのだろう」

 ゾラとイルがジークの後ろから顔を出す。そのさらに後ろから、アルシオがひょっこりと現れた。

「どうかされたんですかジーク騎士長? あ! ええと、アーシェラさんでしたっけ、騎士長の婚約者の? 出場されるんですね、よろしくお願いします!」

「ええ! こちらこそ、よろしく――」

「駄目だ。お前に、危険な、ことは、させたく、ない」

「ここまで来て何言ってんですか旦那。もう対戦まで決まっちまいましたよ」

「しかし」

「もうっ、大丈夫だって何度も言ってるでしょーっ!?」


「……あそこはなんだかにぎやかだね。うん。若いというのはいいねえ」


 イグニア組のてんやわんやを遠目に見ながら誰にともなくカスパルが言った。たまたま一番近くにいたフィデリオは、律儀にうなずいた。

「まったくです。ただ、公の催しに相応しい態度とは言えませんが」

「実は若くないのも混ざっているようだしね。彼は本当に変わらないねえ、見た目も、たぶん中身も」

「騎士長という大役を負う身でありながら。褒められたことではありません」

 レダがぴしゃりと遮った。若干不機嫌そうな表情だ。が、ひそめられた眉を、こちらはひどく上機嫌な様子のバルトサールがいきなり指で押し広げた。

「!? なっ、お前っ」

「レダ騎士長、祭りです。もっと楽しそうな顔でいきましょう」

「妙なことをするな馬鹿者ッ!」

「いやあ、騎士長についてきて良かった。これだけの面子と本気の勝負ができる可能性があるとは」

 バルトサールに向き直ってさらに何か言いかけ、レダは、がくりと脱力した。

「まったく……子供のようにはしゃぎおって……」

「まあまあ。この大会は、長く敵対関係にあったイグニア・アグリア両騎士団の親睦も兼ねている。公言はされていないけれどね。君も楽しんだらいいんじゃないかな」

 一瞬の間を置き、レダはもうひとつため息をついた。もう何を言おうと無駄である、そう悟った風体だった。


 純粋に強者との戦いを望む者。なんらかの思惑を秘める者。

 目的はそれぞれあれど、目指す先はただ一つの頂点。

 そして。


『大変長らくお待たせしました! 対戦表ができたわよー!』


 戦いの火蓋は、今まさに切って落とされようとしていた。




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