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ナセには音楽に熱中するモモの気持ちはわからなかった。モモにとって音楽は、とても神聖で特別で素晴らしいものであるようだった。曲を作る時は普段の陽気な様はなりをひそめ、真剣に真摯に音と向き合っている。
ナセはそうはなれない。練習するうちベースには愛着が湧いてきたしライブは楽しかったが、それはあくまで趣味の範疇だ。生涯音楽をやっていたいとか、曲が湧き出てくるとか、そういう情熱はなかった。
だから、ナセはモモを尊敬している。
モモの創る歌詞は正直そんなに才気光るものではない。ナセは気に入っているが、ありきたりの、よくあるポップな内容だ。ライブハウスのオーナー、グリルさんに貸してもらったCDの曲と似ている。希望に夢に愛に。前へ進め。明るい未来へ。誰にでもわかる、誰にでも書ける詩。
でも音は違う。重くずしりとくる旋律は、どうしてあのモモからこんなものが生まれるのかと不思議になるほどだ。明るい歌詞と、不釣り合いに暗い曲調が合わさることによって、モモの曲は特別になる。
ナセはモモの創る曲が好きだったし、それを構成する音に自分が加われることが嬉しかった。だから暇さえあればもっと上手く弾けるように練習した。ホドだってナセと同じだ。最初は「楽器なんて何の役にも立たないよ」と言っていたくせに、今では常にドラムスティックを持ち歩いている。
三人で鳴らした音がぴたりと合った時のあの快感。本来人前に出ることが苦手なナセでさえ、ライブは楽しみにしていた。それなのに、今日のライブでは途中からひたすら訳のわからない不安と焦燥を感じて、みんなと盛り上がることができなかった。
帰り道、落ち込むナセにモモが心配そうに尋ねる。
「どうかしたのか、ナセ。やっぱ試験のあとだから疲れてた? それとも風邪でも引いたか?」
「体調悪いならヒコ先生に診てもらった方がいいよ。ライブならまたやれるんだし、無理して出ることなかったのに」
熱でも出ているのかと額を触ってくるホドを避けるように後ろに引いて、ナセは青白い顔で「病気じゃないから」と言った。
「ちょっと気になってることがあるだけなんだ。なんて言ったらいいのかわかんないけど、まとまったらちゃんと言うよ。ライブ盛り下げちゃってごめん」
謝ったとたん、モモがナセの肩に腕をまわし、朗らかに言う。
「ばか、んなわけないだろ。客はみんな楽しそうだったよ、俺らはただ、ナセが調子悪そうだったから心配んなっただけ! 気にすんなって」
「そーそぉ、ま、ナセがおとなしいのはいつものことだけど、今日はなんか苦しそうだったからさ。大変なら遠慮せず頼るよーに」
ホドは背伸びして腕を伸ばし、無理やりナセの頭を撫でた。
「いっつも思うけど生意気な背の高さだよね」
「え、うん、でも好きで伸びたんじゃないし……」
「それ以上言ったらでこぴんするよ」
ナセの髪をわさっと乱しながらホドは年上ぶった笑い方をした。
「じゃがいもまだ残ってるから今夜はシチューにする。いいよね?」
「うん」
シチューはナセの好物だ。尊大な言い方をしているが、ホドが気を使ってくれているのがわかった。
俺、どうしちゃったんだろうなぁ、とナセは不甲斐ない思いで夜空を見上げる。
ぼんやりと光る五つの月の輪を見ているうちに、少し心が落ち着いた気がした。




