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 「今日は転校生を紹介します。成瀬良一くんです。仲良くするようにね」

 良一は頭を下げ、よろしくお願いします、と言った。優しそうな女の先生は、後ろの方の開いている席を指して、あそこに座ってね、と微笑む。

 席に座ると、隣の席の男子生徒が明るく「よろしく、オレ橋本太一」と笑顔を向けてくる。気さくな性格らしく、「休み時間に校舎案内してやるよ」と言ってくれた。良かった。うまくやっていけそうだ。良一はほっと胸をなでおろした。自分が人見知りなことは自覚していたので、新しい学校で友達ができるか不安だったのだ。

「成瀬、あだ名とかある? 嫌じゃなかったら、リョウって呼んでいい?」

「あ、えっと、俺ナセって呼ばれてた……気がする」

「気がする? なんだそれ」

 変なの、と笑う橋本に笑い返しながら、良一は自分でも内心首を傾げていた。呼ばれてたっけ? いや、親は良一呼びだし、幼馴染にもリョウって呼ばれてたよな。むしろリョウのほうが馴染みがあるはずなのに。あとあだ名で呼びそうなのは親戚とか……でもそれなら名字を縮めるのは変だ。

 すっきりしない気分のまま、事前に渡されていた教科書を机にしまう。

 授業は幸い前の学校にいたときと同じぐらいの進度で、特に問題もなく終わった。四時間目も過ぎて休み時間になったので、橋本に連れだされるようにして教室を出る。おおざっぱな案内を聞きながら、校舎を歩き回った。

「ここが家庭科室、ここが資料室、あ、ここ軽音部の部室。俺の友達がやってんだ~。来年一年が入らなかったら廃部になるっつってよく愚痴ってる。ちょっと見てみる?」

 部員でもないのに躊躇いなく戸を開けて、橋本は部屋に入っていった。いいのかな、と思いながら、良一もついていく。どっしりしたドラムセットと、いくつかの楽器ケースが隅に置かれていた。ガラス窓越しに差し込む太陽の光が反射してドラムセットの金属部分が輝き、黒い楽器ケースはぼんやりと白めく。途端、強烈な既視感に襲われた。

「お、これこれ、なんかこれ弾く奴が足りないんだってさ。ベースっていうの?」

 橋本は勝手に楽器ケースを開け、中身を取りだしている。いいのだろうか。いや、それよりも――

「……それ」

 良一は掠れた声でおずおずと言った。何故か目が惹きつけられて離せない。ギターよりも少し大きい、四弦の楽器。

「持ってみていい?」

「おぅ、いんじゃね? お前壊したりしなさそうだし」

 呑気な橋本の声などもはや耳に入らず、良一は渡されたベースギターを持ち、弾き始めた。どうすればいいかは知っている。何度も練習した。間違えるはずはない――。

「お、すげ、お前経験者!?」

 音楽なんか興味がないはずだった。ベースなんて今まで触ったこともない。それなのに、どうして自分は弾けているんだろう。頭の中、聞き覚えのない曲が巡って知らない声が響き渡っている。



 オレたちがいなくたって 世界は廻る

 そうだろ?

 でもそんなの問題ないさ

 どんな世界でも 精一杯生きるしかないんだから

 楽しめばいい 

 いつか廻してやるんだ 世界を

 挑んでみるんだ 空に

 羽ばたける日は来るはず

 オレとお前なら

 そうだろ?



「え? おい、ナセ!? どしたんだよお前!」

 橋本の驚いた声で我に返り、良一は自分が泣いていることに気づいた。本当に、どうしたんだろ、俺。おかしくなっちゃったのかな。こんなわけわかんないことして、知るはずのない曲弾いて、聞いたことのない歌を思い出して――

 混乱しきった良一は、こんなの知らない、早く消えろよ、と思いながら無理やりベースから手を離した。

 不思議そうな顔をしている橋本に、ごめんな、と謝り、袖口で涙を拭う。ベースギターをケースに戻して、軽音部をあとにした。これまで軽口の絶えなかった橋本は挙動不審なナセに困惑し、どうやって話を続けたものか迷っているようだった。

 そのことに気づきながらも、良一は橋本を見ずに両手で耳を塞いだ。もう弾いていないのにさっきの曲は鳴り止んでくれない。力強い歌声が、ずっと頭の中で希望を叫んでいる。いつか、いつかと。

 良一はうんざりしながら、どこか懐かしいような気持ちで、なんとなく、この声にナセと呼ばれていたんだろうな、と思った。





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