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 襲い来る時とは打って変わった穏やかさで、影人は歩を進めていた。ゆっくりした足取りのせいか地響きも起きない。ホドはつかず離れずの距離を保ちながら、それを後ろから追いかけていく。いつ攻撃されても対処できるよう、長剣は右手に掴んだままだ。

 モモは死ぬはずじゃなかった。死ぬべきじゃなかった。どうしたってこの世界は間違っている。いや、そんなこともはやどうだっていい。例えこの身がどうなろうと、この先何が起ころうと、モモを殺した奴をぶち殺す!

 影人はどんどん町のはずれに進んでいく。ホドが一度も足を踏み入れたことのない場所だった。影人は、大きくぽかりと口を開けた洞窟の穴に飛び込んだ。

 そこには、山ほどの影人がいた。皆一様に棍棒を右手に持ち、仁王立ちの体勢でずらりと並んでいる。ホドが追っていた影人はその端に加わり、整然とした列の一部になると微動だにしなくなった。

 ――本当に、こんな、こんな存在だったのか。

 ホドは、呆けたようにその場に立ち尽くした。

 予想はしていた。影人に知性はない。それなのに何故一定量の攻撃を受けた後はおとなしく帰っていくのか? 人を食べにくるわけではない、侵略しようともしていない。ただ定期的に暴れるだけの生き物だ。それは、生き物ではないのではないか? 自分でも荒唐無稽な予想だと思った。でも、そう考えれば納得できる。影人は自主的に動いているわけではない。誰かの、支配下にあるのだ。

 それでも、自分達が長い間欺かれていた証拠を目の当たりにし、ホドは悔しさと情けなさで泣きたくなった。

「やぁ、お気に召したかな?」

 無数の影人たちの間から、男がひょいと出てきて言う。

 普通の男だった。少なくとも、普通に見えた。黒いスーツを着て頭を整髪料で固めている。歳は四十代ぐらい、やたらと不遜な笑い方をするのが鼻につくが、特に記憶に残るような容姿ではない。

 ホドは、ぎりりと奥歯を噛みしめ、男を睨みつけた。見た目なんかどうだっていい。問題は、こいつが何をしたか、だ。一歩進み、男をいつでも殴りつけられる位置に立つ。

「お前がモモを殺したのか」

「ははは、いやだなぁ、人聞きの悪いことを言わないでくれよ。君は目の前で見ていたじゃないか、君の剣で彼が影人に殺されるところをさ」

 ――やはりこいつが黒幕だ。

 ホドは確信した。あの時周囲には誰もいなかった。伝聞ならこうも確信を持って、ホドの剣でモモが殺されたなんて言えるはずがない。この男は、影人を通して一部始終を知っているのだ。

「君たちは優秀だよ。最短記録だ。三年で気付くなんてね。ご褒美に何か欲しいものはあるかい? なんでもいいよ、宝石でもお金でも……おっと、百式くんを生き返らせてくれというのは駄目だ。彼の人格はもう使えない。肉体も……そうだな、不可能ではないが、ただのコピーになってしまう。生き返らせるより新しく生み出す方が楽なんだよ。コスト的にはね」

 男はそう言って茶目っ気を演出するようにウインクをした。とても悪人には見えなかった。モモを殺しても何とも思っていないような奴には。それだけに一層ホドは、男をおぞましいと感じた。

「あぁ、そんなに怒らないで。どういうことなのか知りたいんだろう? 話してあげるよ。念のために言っておくと、僕は影人を自由に動かせるから僕を殺そうとしても無駄だよ。それに、僕が死んだら自動的に爆弾が起動して、近くにいる君はもちろん町全体が消滅する。そんなのは嫌だろう?」

「御託はいい。何故こんなことをしている。なんのためにモモは……!」

 ホドが詰め寄ると、男は、やれやれと肩をすくめた。

「君の本名は保井戸公恵だ。モモと呼ばれていた彼は百式光、ナセは成瀬良一。随分と百式くんに友情を感じているようだが、そんな必要はないのだよ、公恵くん。百式君の頼れる兄貴的な性格は我々がインプットしたものだ。つまり、君は元々の百式君ではなく作られた架空の百式君に好意を抱いていた。もちろん君の今の性格も作られたものだ。本来の君ではない。偽りと偽りが友情を結んでも、そこには偽りしか生まれないよ。君は百式君のことなんて、本当は全く知らなかったんだ」

「何を……言ってるんだお前」

 ホドは体中が燃え上がるような怒りに震えながら男を見た。こいつは、世界中の悪意を凝縮したような存在だ。限りなく邪悪で、信じられないほど人を傷つけるのがうまい。

「僕とモモは最初からこの性格だ。インプットってなんなんだ。そんなはずないだろ。偽りなんかじゃない、僕たちは――」

 最初から。

 ――最初って、いつだ。

「頑固だね、君も。じゃあ特別に真実を教えてあげよう。まぁ時に真実は残酷だ。そして陳腐でもある。百式君は町では有名な不良で、酒も飲むし煙草も吸うし喧嘩もする、カツアゲだって日常茶飯事という乱暴者だった。そして君は、百式君に一度だけカツアゲされたことのある陰気な優等生。苛められこそしなかったものの、無口で友達は一人もいなかったようだね。当然、君たち二人の間に友情が芽生える可能性なんてこれっぽっちもなかったよ。どうかな? がっかりした?」

 男は朗らかに笑う。ホドは、がっかりするどころではなかった。打ちのめされるような衝撃に必死で耐えていた。

 自分の足下ががらがらと崩れ落ちていくような感覚。一瞬、自らが動かすこの身すらまるで現実味がなくなり、今にも消えてしまうんじゃないかという錯覚に陥る。

 そして直後に、そんな自分に舌を噛み切りたいほど苛立った。

 何をやってるんだ僕は? こいつが言ってることが本当だなんて確証はない。いや、本当だとしてそれがなんだ? 僕の記憶が嘘でモモもホドもナセも本当は違う人間? でもじゃあここに存在してる僕はなんなんだ? 僕でしかない。僕でしかないんだ!

 僕はモモを殺した奴を殺したいほど憎んでて、そしてそいつは目の前にいる。それだけで充分じゃないか。

 こんな男に、人の人生を何とも思わずこねくり回すような奴に、傷つけられたりするものか。モモが不良だって? 自分が陰気だって? 知らないよ、そんなの。そんな記憶は消してしまったって、お前が自分で言ったんだろ!

「――覚えてないな、おじさん」

 ホドは好戦的な眼で男を見上げた。陰気な優等生なら絶対できない、挑発するような表情で自分を表す。

「記憶は過去だ。過去が僕を作り僕の行動を決める。ならば消された過去なんて意味がない。僕は僕が覚えていることしか信じないよ。僕の記憶では――」

 助走をつけず男に飛びかかる。何年も敵と戦ってきた、その成果を今出さねばいつ出すというのか。今、このときのため、きっと。

「モモは確かに僕の友達だったんだ」

 万感の想いを込め、男の心臓を刺し貫く。

 がっしりしているわりに戦闘慣れはしていない男の体は、あっけなく崩れ落ちる。

「ぐぅっ……ふ」

 男は、信じられないというような顔でホドを見た。

 突如として巨大化した蟻に踏みつぶされてしまった、そんなような表情だった。

 一瞬後、男の体が破裂する。

 炎と煙がもうもうと辺りを包み、威力を発揮して破壊の限りを尽くす。洞窟も山も川も家も白の塔も人も、全てを呑み込み消滅させた。

 あとにはただ、規則的に並んだ物言わぬ巨大な黒い塊だけが残った。




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