九歳から十歳までの間にあった問題提起 前編
ーー皇帝から手紙が着いた。
読まずに食べてくれる白やぎさんを飼いたい。
山羊を飼ったらチーズをつくろ……じゃなくて。どうも、我が国で飲んだ梅酒が甘かったから、梅干しも甘いだろうと口にした瞬間にあまりの酸っぱさに噴いたらしい旨をわざわざご丁寧に書いて寄越してくれた。
……毒味役は何をしていたんだろうか。
ああ、でも、青いままの梅や種の中身は毒だもんな。生前、『天神様に会うことになるから食べちゃダメだぞ』と田舎のじいちゃん・ばあちゃんに梅の匂いがしたからと拾い食いしようとした弟と一緒にそばに居ながら止めなかったという罪で拳骨を頂きながら、聞かされたな。
アホだったなアイツは。
それから、梅酒の出来については保留中だ。
オレが現在色々思うところが有って味見出来ないからだ。オレの中では梅酒もどきで留まっている。でも作るぞ。父上が好きだからな。
まあ、花は美しいが実は毒だと判断されて鑑賞用だったらしいし。もったいない。
梅干しで皇帝を噴かせたおかげで皇帝に何故か気に入られたようだ。意味が分からん。が、そのせいでオレは、帝国に遊びに来いという現在熱烈なお招きを頂いている。
正式にというより父上と一緒に招かれたもの以外は断固拒否しよう。身の危険を感じるのは何故だ。後、梅干しで何かレシピがあるなら送れと書いてあったので浅漬けとうどんとドレッシングと……そんなところを書いて送っておいた。あまり手が込んでいるのと材料が多いのは面倒だから、と作るのが続かなくなってもな。
後はオレと同じ隠れキャラである料理大好きなドリコちゃんの腹違いの弟・エルトシャンに期待して小難しいのは排除する……しかし、レシピ送れってことは、作るのか。
教えに行っても良いぞ。父上が一緒ならな!!……気分的にファザコン気味になっている気がして恐ろしい。
それにしても、思考を現在状況に戻す。
父上に「父上、一日三食のうちの一度くらいは家族で同じテーブルで食事をしたいですね!」と、ほぼ脅迫めいた作り笑顔で強請ってみた事が実行されている。
だって、オレ一人で給仕されながら黙って食事しろってなんの拷問だ。生前は必ず飯時は弟くらいはいたぞ。一人飯なんてなかった。
基本的にシーザーたちは食事時間がバラバラで自分の私室で摂って居た。父上は朝が早いし、仕事が立て込んでいると食べなかったりとか一食ドカ食いとか。
記憶をぶり返す前のオレも含めてあとの家族は朝食を食べなかったり、予定がなければだらだらというと語弊があるが、食事に対して興味が無かったらしく、食べたり食べなかったりお菓子で済ませたり。………ゲーム時、よく太らなかったなシーザーとカイン。
食べる事に興味がなかったクレアはわかるけど。父上は立派な狸になっていたし母上は丸くなかったから……体質的に母上似なのか……隠れ肥満だったかもな。
脱いだら(お腹が)凄いんです……か。気を付けよう。話が逸れた。うん、強請った結果、時間を決めてこの時間に食事をするぞ。
集まれない理由があれば連絡を!という決定をして貰った。部屋も皆で食事するときに使用していた場所だ。集まりが悪いかと思えば、そうでもなく眠そうな顔でもクレアもカインも必ず参加しているし、母上は前のめりに席に座っている。父上の不参加率が一番多いが、今日は皆揃っている。
うんうん、家族団らんで食べる朝食は良いものだ。そうー…真っ白なテーブルの先で、行われている攻防さえ見えなければ。
「れ、レヴィン様」
「シンシア、一人で食べれるから。ね?」
父上の席の隣に陣取り、はーい、アーン。とばかりに父上に果物を刺したフォークを差し出す母上。
胸元がばっちり開いたドレスを着た母上に一瞬胸元に視線を向けたがすぐに困惑し視線を逸らしながら、身を引く父上。身を引かず食べてあげてください。先ほどから、品を変えてはアーンって…父上が拒否するから、いつまでも飽きないんですよ。……諦めないんですよ。かな?
「は、恥ずかしいのは一瞬ですわ!」
何故、悪役風な台詞なんだ。
「もう、その言葉でも恥ずかしいのだが?」
父上、正しいけど。しかし、母上は食い下がっている。
「仲の良い夫婦を演じるためにもお約束は踏むべし!とミカルドも言っておりましたわ!」
「演じるためなら拒否しようと思う」
「ラブラブしたいのです!」
母上が真っ赤な顔で吠えた。しかし、父上は生優しい笑みを浮かべつつ、
「節度は大事にしなさい。せめて子供たちのいない所で」
まるで、駄目な子に言い聞かせるように言ってますね。母上がふぐーっと変な声をあげたかと思えば立ち直り、バンッとテーブルを叩いた。
ガシャンって食器が鳴ったなー。
「シーちゃんに見せつけないと意味がありません!」
「母上、それは新手の拷問でしょうか!?」
何、あのバカップルで済まそうとした風景がオレのせいだとはどういう事だ。
それにしても、テーブルを叩いたせいで手を痛めたのかフォークを皿に戻して擦っているって……母上。残念です。
その隙にそのフォークを奪いとり、果物をそのまま自分の手で食べる父上に母上が、ショックを受けたようだ。しかも、無情にも父上が「御馳走様」と席を立って行ってしまった。
母上が、がっくりと肩を落としながら「……でも、夫婦の会話が成立しましたわ…」って、今のやり取りの最中、クレアとカインの目と耳を塞ぐ従者と侍女よ。偉すぎる。
そして、母上の達成感と充実感のハードルが低くなり過ぎてる。
オレの侍女や従者なんて、自分の耳と目を塞ぐことに専念しているし。あと、リア充滅べ…って、小さく舌打ちするな。どこで、そんな言葉を覚えた。………オレか。品行方正を求める王室で流行ったらどうしよう。
父上が席を立った後、部屋がやけに静かになった。騒いでいたのは母上だけだったって言うのがあるけど。……なんか言うべきか。注意はしなければならないけど。うん、じーっとオレに訴える目は止めてくれ。母上の侍女とばあや。
「母上、食事中です。消化に悪いですよ。そして、そのドレスは風邪をひきそうです」
「だって…、レヴィン様が…」
「風邪は万病の元です。母上がお元気でないと、父上も心配なさります」
「レヴィン様が、わたくしを…っ。そうですわね。明日からは露出を控えますわ。レヴィン様もあまりお好きでらっしゃらないようですので」
一応、注意をするとしょぼんと頭を垂れる母上。しかし、父上の名前を出したら復活した。父上、ありがとう。オレ的に父上は節度を持ってくれて助かるが、もう少し、母上とスキンシップ……オレの精神的な毒だけど。積極的に手伝ってあげられない息子ですまない母上。
視線をクレアとカインに向けると従者と侍女から手を離された二人ともに母上をジーッと見つめている。この二人が人をガン見している時は何を考えているのだろうか。
「お母様はお父様の事、お好きだったのですね」
ポツリと呟かれた言葉に母上が固まった。
クレアを見れば不思議そうに小首を傾げながら問いかけている……そういえば、母上と一緒にいる率はクレアが一番長いのか。
クレアの問いに母上がみるみるうちに涙目になっていく。
「そう、見えませんでしたの」
「はい。お見受け出来ませんでした。……表面的には」
うちの妹、クール。
カインも同意するように頷いている。
そういえば、オレも前回の件まで、母上は男は見た目重視で自身も派手な見た目と性格は高慢な女性だと思っていた。あんまり喋ったこともなかったとシーザーの記憶にあることといえば、母上は行事のたびには顔を出して、何かしら騒いで帰っていくそんなイメージで……あれ、シーザーと母上の関係希薄だったのか?
衝撃的な事実に気づいたので、もう一度母上に視線を戻す。今の母上は、ドレスは派手だが、化粧は薄い。ぷるぷると震える様子は、生前の親友が飼っていた子犬のようだ。あの子、結構なアホの子だったなー。距離感がわからず常に飼い主に突進して鼻を打っていた。
「お母様?」
「……」
なにか鉛でも背負ったごとく、のっそりと動きながら母上が壁の隅で背中を丸めてしまった。その姿は、大分アウトです。それに慌てた側付きの侍女とばあやが母上の背を擦りながら、
「シンシア様、お部屋に戻りましょう」
「美味しいケーキを用意致しますから」
「お召し物をさっそく仕立て直しましょう。あの下種……ではなく、子爵家のアホ、でもなく、ーーの貢物とご実家からの破廉恥すぎて着れないお召し物は全力で処分させていただきます。ええ、シーザー様のご命令ですので」
「『陛下に届け!ラブイチャ作戦はーと』は、後日に」
「ばあやぁ!それは言わない約束ですぅ!!」
………あんな作戦タイトルをつけてる人、疑うとか無理だな。
側付きの侍女と実家から連れてきたと云うばあやに引きずられながら、明日こそーって半泣きだ。今日始まったばっかりなのに明日に持ち込もうとしてるって、宿題をしない子供ですか。母上。
そして、ちょっと聞き捨てならない事を言い捨てて逃げるな侍女。オレは、処分までしろとは……子爵のアホって誰だ?
騒がしい母上と側付きが居なくなると同時に静かになる室内。
クレアが、ジーッとその様子を見つめている。
「……お母様、お具合がお悪いのでしょうか?」
「ええ、扇で口許を隠して、ふふんと意味もなく嘲笑う母上を最近見ておりません。化粧もケバくなくなりました。あれは、本当に母上でしょうか」
双子が、必死になんだか母上が可愛くなった。企んでる、影武者説を好き放題言い合っている。それから、色がどうとか味がとか……なんだろう?
……ポンコツってバラしていいのだろうか。今が素なんだと伝えたらどうなるのだろうか。
「父上と母上が仲が良いのは喜ばしい事だろ?」
なんとかフォローを入れようと、必死に笑顔で訊ねてみると、珍しく二人ともがヒソヒソと話し合い、ノーと突き付けてきた。
「お父様が困っていらっしゃいましたわ」
「僕も、節度は守って欲しいです」
うちの子たち、厳しい。
+++++++
「と、言う訳で母上なのだが、クラウド」
「…シーザー様の才能の無駄使いに慣れ始めた自分が恐ろしいです」
魔法使用許可のある地下室で呆然と、オレが造った氷のコップ五個とその中に入った野菜と果物をミキサーさせたジュースを頭を抱えながら眺める教育係。
なんとか全部成功したな。うん。風魔法も色々と考えたり調べたり力を貸してくれるかもね!と祈祷師に教えられた存在にお供え物をしてみた結果、飛躍的に上達した。
風魔法の切れ味ってミキサーの代わりにならないだろうかと閃きがなった瞬間のオレの行動は早かった。人間、ないと知った瞬間の欲の求め方って際限がないな。ハンバーグ食べたい!!……同意してくれる相手がいない虚しさ。ならば、オレが食卓に乗せてみせると意気込み途中までテンションは高かった。
オレの理論と制御と秘密の友好関係の成果を見せたクラウドのこの反応を見るまではー…何故、緑の撫でつけた髪を掻き毟っている。大丈夫か?
「魔法でグラスを造形し、中で小さな竜巻を作り、果物と野菜を液状になるまで砕いていく。……巨大過ぎる魔力の持ち主は制御が上手くいかず、魔力制御という点だけ見れば、心酔したくなるほどの才能。しかし、結果を見ろ。この阿呆は何を作った。氷のグラスにミックスジュースを作っただけだぞ…ッ」
いま、阿呆って言ったよな。
最近、魔法を習うとき、クラウドは葛藤すると、愚痴を無意識なのか口から滑らせ過ぎているので、護衛はフィンだけにしている……が、周囲に気を配れよ。足元掬われるぞ。弱み掴みたい放題過ぎて脅してやろうって気持ちより、コイツ大丈夫なのかって心配になる。
「えーっと…次は、卵白の泡立てに挑戦したいから、ついでに厨房借りて来てくれないか?」
なんだかブツブツと呟いてるクラウドに好き放題注文してみたが、聞いてないようだ。大人の許可と料理長の許可二つがないと調理場に入れない。
当初は入れなかったのだから進歩なのだが……アレックスめ。「殿下が城から逃亡しようとするよりマシだろ」って、父上にオレがヒロインの有無の確認をしようと城門から出て行こうとしたのを家出扱いして告げ口しやがって。次はいつフィンが休暇かわからないからなー。フィン以外は結構裏をかき易いんだよな。今度は城壁から出て行ってみるか。地面に穴を掘っても良いし、壁を飛び越えても良いし。魔法って、制御さえ出来れば使い方が結構あるな。
一通り自分の中で納得し、クラウドを見ればまだ葛藤しているようだ。長い。仕方ないので、野菜ジュースを一つ飲んでみた。……うん。苦い。今度は果物を多めにしよう。それかハチミツ。
「……フィン、飲むか?」
オレたちのやり取りを見守っている黒髪黒目の一見地味だが、整った顔立ちをしていてオレより七つ年上だったことが判明した護衛のフィンに氷のコップを差し出すと頭を横に振った。……氷のコップ冷たい。
「勤務中ですので」
さりげない拒否だな。オレと一緒にいる以上、ずっと仕事中じゃないか。じゃあ、残りもオレが美味しく頂かなければならないのか。……凍らせたら長く持つだろうか?氷のコップと一緒に?……今度は飲んでくれそうな相手を見繕ってからにしよう。
「まあ、この要領でなら肉の塊もミンチに出来るな」
そしたら、ハンバーグは最優先で魚ならつみれ汁とかいいなー。他の事やりながら挽き肉を作る。夢が広がる。……今では川魚事件と呼ばれる件で取り上げられた祈祷師から貰った七輪っぽいものの返却はいつになるだろうか。乗馬の練習と称して、近くの川まで連れていってくれたアレックスもさすがに勝手に川魚を取って城で焼いたオレに呆れ、その後に「どうせなら、七輪だっけ?を川まで持ってけよ」と言われた瞬間、オレは自分の思慮のなさを嘆いた。次があれば…っ。
「ミンチにするのは人肉ですか?」
それ普通に怖いぞ。
突然、こちらを振り向き、なんとも物騒な発言だなクラウド。おい、成人男性。オレに何を望んでるんだ。
「ーークラウド、前から訊きたかったのだがオレを何処へ導きたいんだ?」
「特に思い付きません」
きっぱりと、ノープランだとッ。さすがに若いのにそれはどうかと思って絞り出せと命じた結果、しばし、思案したと思ったら、
「シーザー様がただの阿呆ならおだてて宥めて操って傀儡にしますが」
「おーい」
何、きりっと良い顔してほざいた。クラウドの言葉に思わず、フィンを見上げたら、腰の物に手を…、止めなさい。叩き斬ろうとしないでくれ。慌ててフィンを止めているオレに気づかないクラウドはさらに続ける。
「私は、出世したいのです」
「……うん」
ゲーム設定でも野心家だったから知っているが、ここまで真っ直ぐと宣言されるとは思わなかったけど。
「国の中枢を陰から牛耳り、いつか名を歴史に遺すことこそが私の夢です」
その夢がフィンによって潰れそうだぞー。フィン、ちょっと野心家なお兄ちゃんが場と立場を忘れてるだけだから許してやってくれ。抜刀は止めろ。そして、陰から牛耳ったら名前残らないんじゃってツッコみはないのな。空気が読めない相手のせいで空気がギスギスし始めてる。フィン、ぼそっと「今のうちですよ」じゃない!!
仕方なく、重々しくオレは頷しかないな。
「わかった。オレが王位を継いで操って欲しいときは頼む」
「シーザー様、頼んで良いことではありません」
「わかりました。その時まで牙を研きましょう」
「教育係殿。実は愚者だと宰相様に報告致しましょうか?」
フィンのジトーッとした冷たい目が心を抉る。クラウドもさすがに自分の立場を思い出したのか、慌てて取り繕っている。遅いぞ。
「じゃあ、クラウドがオレの為に厨房を借りて材料も頼まれてくれるという事で話は纏まったな」
「王妃様の件でのご相談は何一つ進んでおりませんよ」
……フィンがツッコミを習得した。ーーおかしい。オレ付きになってる奴等がおかしな事ばかり覚えてきている。
「そうだったな…、うん」
クラウドの奇行にすっかり失念していた。母上だな。
「母上って、実際どうなんだ?」
「「……」」
沈黙された。
フィンはアルカイックスマイルで、クラウドはオレから視線を外した。が言葉を待っているとフィンの方が折れてくれた。
「……今月、窓を鞭の練習で何枚か破損させていました」
「知ってる」
「ご自分の仕事を終えると、陛下の執務室へ行き日がな一日陛下のご尊顔を眺めておいでです」
「それも知っている。母上、仕事早いのな」
「それについては、宰相様が『なんたる面白生物!!じいは、このように使えるポンコツを放置していたのですな。ああ、勿体ないことを』と称賛しておりましたが」
じいちゃん。人の親にどんな評価だ。そして、それ称賛か?
「シーザー様が陛下に呼ばれるとどこからともなく現れ『レヴィン様と会うのでしたら誘ってくださいと申しましたのに!!』と半泣きでございましたね」
「……」
「『シーちゃんは、わたくしのライバルですわ』と言いながら頭を撫でていらっしゃりましたね」
「……うん」
「シーザー様にとって、あまり好ましくない状態だと判断し、ナンシー様にご相談致したところ」
どこが!?後、いつの間に!?……いや、感受性豊かな時期に親がちぐはぐな態度をするって子供にとって良くないのか。オレ、母上の態度に母っていうか歳の離れた姉ってこんなもんかなって考えていたせいで、すっかりと失念していた。うん。妹と弟に悪いな。そして、ナンシーって、ばあやの方だな。
「『王妃様ーーいえ、お嬢様は、ずっと王妃たるもの陛下の交友関係や側室話などに嫉妬など浅ましい真似はしないように。というご実家の奥様のお言葉を守ってきました。そこにシーザー様が近年、ずっと陛下の側でそれはそれは楽し気に話しかけており陛下も愛情溢れる対応でしたので……お嬢様はそれを遠くの窓から眺め、時には、地面に這いつくばりながらぐぎぎっと歯を食いしばり双眼鏡でのぞき見耐えておりましたのですが』」
………どこからツッコんで良いんだろう。フィンがばあやの口真似を始めた所からだろうか。それとも、母上の行動?それを見ていて止めなかった母上の側使えはどう思っていたんだろう。ちらりと視線を向けたクラウドの目が点になっている。
「『ある日、お嬢様の耳にそっと悪魔が囁いたのでございます。そうーーミカルド様という悪魔が』」
「じいちゃん!!」「何してるんですか!あの方は!?」
まだ、何を囁いたかわからない段階だと云うのにオレとクラウドは思わず叫んでいた。絶対、ろくでもねえ事しかしてない!!という母上の行動を見ての衝動だった。
「『シンシア様のご実家のお母上は確かに陛下の交友関係や女性関係、色目を使ってくる者達への嫉妬は見苦しいとお言いになったと耳にしましたが』」
話を続けたフィンは今度はじいちゃん口調だ。しかも声を若干似せてるのが腹立つぞ。そして、ばあやはどこ行った。ん?ばあやがじいちゃんの真似したのか?
「『しかし、今レヴィン様の愛を独り占めにしているのは、息子であるシーザー様です。ご実家のお母上様は、確かに交友関係に嫉妬なさってはいけないと申しましたが。今、陛下の最大の関心事はシーザー様。ご実家のお母上様も息子に嫉妬してはいけないとは一言も言っておられない。今です。長年のレヴィン様へ色目を使ってきたあの令嬢達や仕事だからと一日中、レヴィン様と一緒にいたアレックスなどへ対する積年の恨みを発散しつつ、レヴィン様のご寵愛をもう一度手段を選ばずに取り返すチャンスですぞ!!』と唆された王妃様は次の瞬間にはシーザー様に長い手紙を書いていたそうです」
ふぅ……っと疲れたようなため息のフィン。なんとも言えない沈黙がおちた。あの手紙って母上のストレスの塊だったんだ。後で塩で揉んでから焼いておいてあげよう。そして、頑張って何か言わないといけない。
「…………ソウデスカ」「詭弁ではないのでしょうか」
また、同時だった。それにしても難しい顔で、冷静にツッコんだなクラウド。オレ、片言しか言えてないのに。フィンもクラウドに同感だったらしく頷き、
「鬱憤がよほど溜まっていたらしく、宰相様の言葉の耳障りの良い所しか頭に入ってこなかったようですね。それでいて、現在のような状況になった事はナンシー様にとっては、喜ばしい事のご様子でしたので。ご実家にも里帰りする予定も最近は建てておりませんようですし」
「ああ、そういえば頻繁に帰っていたな」
「ええ、……とんでもない量の土産の品を持ってお帰りになっておられましたね」
毒を含んだ言い方にオレが引きそうになった。フィンの母上への評価辛い。
「多分、ご実家の姉君達と母君に言われた品を何も考えずに持ち帰っていたのでしょうね」
「フィン、母上の事嫌いなのか?」
「いいえ、陛下の選んだお方ですので」
ニコニコ黒いオーラが見えるし、それ、オレの質問にちっとも答えてないからな。クラウドがオレの近くに寄ってきてひそひそ耳打ちしてくれた。
「陛下は、王位を継ぐ前は、戦場の英雄でしたので。私も含め、フィン殿辺りの年代のファンは多いはずです」
「父上が戦場に?」
あの穏やかで優しい父上が?……似合わないな。なんか花壇で水やりとか似合いそう。
「ま、まあ、全ての嫉妬心がオレに向かって比較的平和に解決したんだから良いんじゃないのかな?」
そろそろ、フィンが限界のようだ。これ以上好きに喋らせたらさすがにやばい事まで言い出しそうだ。話を終えよう。
「母上も今は、父上にもう一度気持ちを向けて貰おうと努力しているようだから」
「その件で、逆にお聞きしたい事がございます」
「ん、なんだ」
クラウドが少し困ったように首を傾け、
「レヴィン様は、王妃様をどう思っておいでなのでしょうか。」
「?好きだろ」
女心はわからないが、父上の感情の機微くらいは読めているはずだとオレが肯定しているというのに疑わしそうな顔するな。クラウド。腹芸はどうした。
「あの王妃様の的外れな好意の表し方に時間さえ合えば付き合ってらっしゃるのですよ。陛下の愛は伝わりづらく重すぎます。シーザー様に対しても」
ーー何故、オレを引き合いに出したらあーあーって納得した。
オレの肯定より、フィンの言葉に納得するな。クラウド。後、オレ、ちゃんと父上に愛情示されてるって感じてるぞ。
まあ、野菜ジュースはよく喋って喉が渇いたろうと労わってフィンに押し付け、興味を持っていたらしいクラウドもちゃんと飲んでくれた。微妙な表情わかりやすすぎるぞ。苦いんだな。本当に次は果物を多めにしよう。
しかし、クラウドが首とフィンが首を傾げて
「何故飲めるのでしょう?」
「一杯分は、宰相様に持って行ってみましょう。嫌がらせに」
ヒソヒソと、……そんなに苦くないじゃん。