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現在 視察に行く前の一コマ

 孤児院への視察当日。


 イリーナはやってくれた。

 ルーカスと待ち合わせた時間ではなく、学園(アカデミー)から離れていて、孤児院に近い宿にイリーナのボケをある程度予想し、一時間前に待ち合わせたイリーナの姿にオレは、予想を遥かに上回った事態に絶句する事になった。


「何故鎧なんだ」


 ボケても良いとこ、ゴッテゴテの片落ちドレスを借りて着てくるだろうと予想していた。

 しかし、現実はオレの常識も発想も軽く凌駕するものなのだと改めて思う。

 何故か、全身鎧(フルアーマー)で息も絶え絶え現れたヒロインにオレは、一応、用意しておいた動きやすい従者用の替えの服を渡し、宿屋に予め一室借りて居たので、そこに放り込んだ後にすぐにガシャンッという大きな音とたーすーけーろーと地の底を這う声がした。

 恐る恐るドアを開けると、すぐ目の前で鎧が自力で脱げずに転び、床でバタバタともがいていたイリーナの姿が。

 とりあえず抱き起し宿屋の女将さんに頼み、着替えを手伝ってやってくれと頼んだ。

 そこまでしたのに恨みがましい目付きで部屋から出てきたのかお前。……うん、ピンク髪をひとくくりにしたせいか少年って言っても問題ないな。


「なんで、男物」


 部屋から出て着て不機嫌に自分の格好を確認するイリーナ。オレの方が不機嫌になりたい。


「用意したのが、それだけだからだ。むしろ、着替えがあっただけ有り難いと思え」

「…動きやすい格好って…」



 ーー鎧は動きやすいのか?



 恨みがましい目付きのイリーナに訂正部分を考えさせるために、そして、どうして、そうなったのかと発想のルートを探るために質問してみる。


「制服で良かったのになんで鎧なんだ」

「ーーいつもと違う自分を演出したくて」


 うん、オレが心配し懸念した所だった。

 ただ、オレは、全身鎧に辿り着かなかった。……イリーナが悪びれないせいで、オレの発想が貧困かと逆に不安になる。


「……オレが声を聞くまで誰かわからなくて、不審人物対象として、護衛に叩き斬られかけたよな」

「……」


 二人の護衛が一応同行してきたが新人の方は、まだイリーナを不審人物を見るがごとく、きつい眼差しを送っている。

 護衛古株のフィンはこの件を無視(スルー)し、テキパキと鎧の保管を女将さんに頼んでいる……オレのやらかしのほとんどを目撃してるからな。

 クラッちとともに『シーザー様(貴方)が心配で、結婚など考えられません!』って言われたあの日は、本気で申し訳ない事をした。としか口に出来なかった。

 婚約まで破断させたけど、あの後、子爵が家族共々真っ黒だった件がわかって良かった良かった。と当時は思ったが……マックスの(イベント)にも繋がってたから、潰したけど……これを知ったら、イリーナは怒るのだろうか。


「だいたい、動きやすい服って言うからー…」

「ん?」


 拗ねたように唇を尖らせるイリーナは、見た目は正直可愛いのだが、中身が残念な事を知っているせいでときめかない。



「最初は、ドレスで着飾って美しいあたし(ヒロイン)を魅せつけたかったわ。でも、ほら、レンタルでも庶民には高いじゃない。さすがに一庶民のママとパパに我が儘言えないし」


 イリーナがまともな事を言ってる。あれ、なんだか、涙腺が弛い気がする。人の迷惑を考えられるヒロインに感動で泣きそうだ。……ん?ママ?

 ヒロインの母親ってと口にしようとするとイリーナが誇らしげに胸を張って語る。


「だから、うちに来てる常連に安く仕入れられて動きやすくて新鮮味のある服装って何?って聞いたら、『幅広い意味で鎧』『そのままダンジョンにゴー』『イリーナちゃんの正装はこれ()しかない。貸す』『ここまでされても動じない男を求む』って」


 疑問と涙、引っ込んだ。最後だけ愛を感じたが、お前(イリーナ)、どんだけ、からかわれて生きてんだ。


「ほら、あんたがいつも言うように魔王退治も行けるって意味で!」

「ちゃんと意味わかってて着てきたのか!?」


 てっきり、常連に騙されての愚行かと考えてたのに。


竜殺し(ドラゴンスレイヤー)になる予定のルーカス様もご一緒だから、もしかしたら、有りかと思って」

「無い。そもそも『騎士end』……じゃなかった。ともかく、女物の替えは持ってこれかなかったからな。文句言わず従者の服で我慢しろ」


 オレが一歩引くと、イリーナがアイスブルーの瞳に困惑の色を浮かべる。


「どうしたの?」

「……」


 フィンはともかく他の目があるんだった。


「シーザー様、その方は」


 オレと付き合いのうっすーい護衛が恐る恐る尋ねてきた。一応王太子として振るわなければならないこの場でクラッちとフィンが護衛として選出した相手だ。


学園(アカデミー)で出来た友人だと説明したはずだが?」

「失礼いたしました」


 問いかけてきた方じゃなく、フィンが恭しく頭を下げたせいで嫌な予感がーー。


「至急、お赤飯の準備は取り止めだと通達しろ!いつものシーザー様のお節介だ。宰相様の適当な説明に『シーちゃんのはじめての恋にはお赤飯だね!』と、浮かれたシンシア様を即刻取り押さえろ。めんどくさいことになるぞ!!」


 フィンの言葉に慌てて馬を走らせようとするな新人!……オレの知らない所で大変な事になっているようだ。城内の事は父上に任せよう。しかし、……うん。


「母上を取り押さえるのはどうかと……犯罪者でもあるまいし」

「何を申されるのですか。シーザー様」


 コホンッと咳払いか。新人が馬に乗ってもう行ってしまった。オレの護衛より母上の取り押さえなのか。


「確かに王妃様は犯罪者ではございませぬが、牢屋にぶち込めるだけ深夜に管を巻いて他人の家の玄関を叩く酔っぱらい方がマシな存在である事は否定できません」

「……否定してくれ」

「王命ならば」


 そこまで!?

 そして、オレに権限ないってどんだけなんだ。

 イリーナがオレとフィンのやり取りをジトーッと見ている。やばい。いまだに母上が父上にベタ惚れだと知られた場合、母上にどんな害が……っ。


「ねえ」

「なんだ」


 イリーナがちょいちょいとオレを呼んでいるので、フィンとのやり取りを一時取り止めて、耳を貸す為に近づいて屈むと、うん。と偉そうに頷くな。


「王妃様、嵌められなかったんだ」

「ん?」


 貸した耳にひそひそと告げられた内容に首を傾げると、イリーナが、怪訝そうな表情を。


「え、あんた、全end見たのよね?」

「skipしまくってな。後全攻略キャラのendは見たけど、全endかって言うのかは語弊があるぞ」

「そうなの?じゃあ、モブから貰える情報もあんまり読まなかったのね。王妃様は、基本的に陰謀に嵌められて、嫌な噂を流される立場なのよ」

「………ん?」


 イリーナの言葉に思わず、硬直したが、イリーナは気にせずそのままヒソヒソと。


「元美青年だった今の国王が醜く太ったから浮気したとか、側室に寵愛が向いたから浮気したとかあたし(ヒロイン)のステータスと攻略ルート次第で色々モブの言う情報が変化するけど、基本的に王妃様は本当は浮気してない筈なのよ。まあ、ゲームのスチル絵は、ビッチな感じの王妃様だけどね。」

「……あー……」


 いま、城にいる年齢不詳になった母上の『今度はいつ帰ってくるのですか!……長期休暇をいただいてきても宜しいのですわよ。シーちゃん!!クーちゃんもカーくんもいないと寂しくてないちゃいますの!!』との叫び声が木霊しそうだ。

 あの人の見た目、十八の子供がいる人間に見えなくなった。スチルで見た派手なお姉様はどこ行ったんだろう。もう、オレの妹、クレアとカインの姉で通じてしまう。

 父上は、年相応で……いや、やっぱり若いのか?それでもダンディーな感じになったから、ちょっと、歳の離れた夫婦に見える。母上の見た目が地味になると、こんな弊害があるとは思わなかった。


「おかげさまで母上は、今、オレより若く見えるぞ」


 何故か、イリーナの動きが停止した。

 なんだ。また、イベント潰しを騒ぐのか?


「ね、ねえ」


 視線を泳がせ、オレの顔を必死に見ないように下を見ているイリーナ。


「どうした」


 何事かと心配になるじゃないか。

 オレが思わずイリーナの両肩を掴んだら、フィンが口笛を吹いた。……後で、説教だな。

 イリーナがあの、その…と言いづらそうにしおらしくしている姿に不安が。まさか、呪われた鎧だったのか?


「祈祷師を呼ぶか!大丈夫だ。オレもかなり世話になってる人だ」

「なんでよ!?っていうか、なんで呼ばれなきゃいけないの!?」

「え、呪われてるんだろ?」

「殴るわよ」


 氷の目を据わらせ、拳を握るヒロインから、ソーッと視線を外す。


「まったく、あたしはね。ただ、その王妃様の若さの秘訣が」

「なんだ?」


 母上がなんだって。


「年端もいかない子供の生き血で、今回の視察も獲物を選別するためとかじゃないかって心配しただけよ。まったく、なにを勘違いしてるのんだか」



 ふん、と胸を張ったイリーナ。


「……お前」

「なによ」

「会ったこともない相手をそこまでよくこき下ろせるな」

「え?普通でしょ?」



 絶対違うと思う。



「……でもね」


 ふ…っと、影を落とすイリーナ。


「会社の女子だけしかいない給湯室は魔窟だったわ。ーー同じ理屈でメイク室や女子会もね…。特に嫌いじゃなかった相手や面識のない相手がどんどん悪者になっていく場よ。」


 うふふ…っと、変な笑いをし始めるイリーナにどん引きした。


「お、落ち着け。今から、ルーカスに会うんだぞ。そんな背後霊もーーいや、この世界風に言えば精霊も加護したくなくなる鬱々した表情じゃアイツの嗜虐心に火がつかないぞ!ほら、握り拳の準備はできたか」

「あんたは、あたしとルーカス様をどうしたいのよ!?」

「大丈夫だ。お前ならルーカスの心を制圧出来る!オレが保証しよう」

「屈服させるとかの意味合いならいらないからね!」

「……さあ、ルーカスが待ちくたびれてるんじゃ」

「否定しなさいよ!」



 悪いイリーナ。否定の言葉が思いつかないんだ。



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