婚約者編 後編
母上がオレの後ろに隠れている。……正直、何がしたいんだろうか。母上は。
「シンシア」
宰相に話があるとお茶会から少し待たされた後に父上の執務室に呼ばれ、部屋へ向かうと難しい表情をなさっている父上が椅子に座っていた。
父上に名を呼ばれて、ビクッと身体を震わせた母上はオレの後ろに隠れるーーオレは男ですが、まだ成人した女性を背に隠せる程の身長はありません。
その姿にじいちゃんがやれやれって肩を竦めた。
「まったく、目的を見失うとはまだまだですな。『シーちゃん、婿養子計画!~愛しのあの人をもう一度自分に振り向かせるために手段を選ばないぞ星~』はどうなったのですか」
「ミカルドーっ言わない約束ですぅーっ!!」
泣き叫ばないでほしい。耳が痛いです。そして、母上の声真似をしたじいちゃんの裏声が気持ち悪い。
父上の執務室に見知らぬ顎髭カッコいいおじさんがクックッと喉を鳴らして笑っているが、誰だろうか。
そういえば、父上は皇帝と会食中じゃなかっただろうか。
「だって…っ、実際に見たら、凄く可愛くて、うちの子が…、あの子のお嫁さんになんてーー母として、耐えられなかったの!」
嫁!?
「しかし、女としてはシーザー様が目障りだったのでしょう?」
何故だ!?いや、待て嫁発言流したな!?ーーじいちゃんの言葉に母上がうんうん、肯定してる。
「そうよ!だって、毎日、レヴィン様を足蹴になんて、うらやま…、ッ、わたくしだって、レヴィン様の趣味にお付き合いできますわ!」
レヴィンって父上の名前ですが。レヴィン・マクシェル。……は!?オレは、誰に説明してるんだ。現実逃避か。
思わず逃避したくなる馬鹿らしさに父上が声を上げた。
「違う!シーザーは、私のマッサージを行っていただけだ!むしろ、シンシア、羨ましいと言いかけたな!?時々、シーザーが物騒な事を言うのは、君の影響か!?」
「違うだなんて言い訳は聞きたくありません!アレックスに毎日、嬉々としていたぶられてる癖に。わ、わたくしだって、侍女が鞭と蝋燭を教えてくれるらしいので出来るように練習いたしますわ!顔に傷を作らねば宜しいのでしょ!?ちゃんと遠くから毎日眺めていましたわ!」
母上、その光景を想像すると色々怖いです。息子として知りたくなかったです。
「待て。何故、鞭と蝋燭が必要なのだ。私はいたぶられたい訳ではない!ーー大体、君が最初に『子供は男の子は二人、女の子が一人いれば良いですよね。義務は果たしますわ』と言うから、無理強いしない為に部屋に通わなくなっただけだ。ーー何が不満なのだ」
夫婦の言葉の嵐におじさんが近寄ってきてオレの耳を両手で塞いでくれた。うん…聞こえてるけど。だって、母上はオレの近くに居るから。
「大体、シーザー様を婿養子に差し向けるという初志貫徹が出来ない時点で頂けませんな。帝国の風習だって知っておいででしょう?……情けないですのう」
じいちゃんが隣にいる父上に睨まれながら、ほっほっほって、うん、まったく効いてないです。父上。そして、じいちゃんはオレをどうしたいんだ。
「だって…っ、思ってたより良い感じに見えて、このままじゃ、シーちゃんが盗られちゃうと思ったら、『この泥棒猫がっ!』て、思って。それにあの場は勝負ではなく、お茶会の場ですから……『ちょっと、このくらいできなきゃうちの子をお嫁さんなんかにできないわ!』って。意地悪を」
この場にいる母上以外の大人が頭を押さえた。……おじさんも、さすがに呆気に取られたらしい。いや、オレもフィンの言葉で気づいたから母上と同類なのかもしれないが。
「母上、リリアンナ皇女は国の代表ですよ?」
「それくらいわかっておりますわ」
何故、オレに顔を近づけながら頬を膨らませるんですか。
「裁縫は帝国女子全体のたしなみです。それを子供同士とは云え、皇女と年の変わらぬオレの品を見せて皇女が泣いてしまっては母上のあの行動が国が正式に招いた場で帝国を貶めた事になるんですよ。……オレも大概、軽はずみでしたが」
ーーどうして、驚いた顔をするのですか。
じいちゃんに助けを求めて、顔を向けたら、コホンッと咳払いをされた。
「シンシア様は、言われたことはお出来になる方なのです。ですから、今まで問題になりませんでしたが」
「突然、なんだ」
「一から十まで指示されないと動けない王妃なのです」
今、じいちゃんの心の声が聞こえた気がする。ぽ、ぽんこつ……?ゲームだと浮気女として紙面に載ったけど?
「珍しく、ご自分から動こうとなさっていらっしゃったのでお手伝いして差し上げたのですが」
一息、入れてあーぁ言うな。
「……ポンコツでした」
「ぽ、ぽんこつではありませんわ!」
「では、無能」
……母上が硬直した。じいちゃん、最近手加減ないな。父上も耳を塞いで訊かなかった事にしているようだ。
「よく、これで国が回ってるな」
おじさんが呆れたように母上を眺める。じいちゃんがふぅーっとため息を吐き、
「大変、残念なお話なのですが」
じいちゃんが、重々しい事実を伝えようと口を開く。
「ーーレヴィン様が頑丈で多少馬車馬のごとく働かせても文句を言わない主君として面白味の少ない方ですので。王妃がポンコツでも国が回ってしまうのです」
どこが残念な話なんだ!?むしろ、父上に対して涙が出ます。
「ミカルド!それはもう悪口だよな!?祖父の代からの付き合いだが、首を据え代えるぞ」
「おお…こわい。こんな老い先短い爺の首を据え代えるなぞ、陛下は鬼になられた…じいは、悲しゅうございます」
よよよっと、オレに助けてくだされーとすり寄ってくるじいちゃん。
すげぇ、狸爺だ。立ち位置的に四対一にされ怒りを抑え、切り替える父上。
「あー……すまないヴァル。先に皇女に失礼があるかもと伝えておいたが、まさかこんな形になるとは思わなかった」
ヴァルと呼ばれたおじさんが苦笑して返す。ん、ヴァル……ヴァルドラ・デュー・ノディオン。ーー皇帝か。よくよく見れば上等な生地と服と豪奢な飾りを着けている。しかし、軍服風だから、騎士隊長かと思ったが。
「いや、おかげで娘は裁縫をやる気になったようだ。」
ちらりと、オレに視線を向けた皇帝。三十代半ばくらいか?たしか、魔王討伐に行って行方不明になるんだよな。
「とりあえず、娘は、シーザー王子を気に入ったようだし、形ばかりだが婚約の話は続行でいいな」
「シーザーの意見を…」
「うちの娘に恥を欠かせた王妃として知らしめるぞ」
母上がはぅーっと卒倒しそうになっている。自業自得感があるが、母上を見捨てるのもどうなのか。それにカインの恋の可能性を潰すのもどうかと思う。
「オレも構いません。国同士の交易もしやすくなりますし、新たな両国の関係も築ける筈ですから。しかし、形ばかりとはいえ、リリアンナ皇女が他に想う方が出来ましたら、すぐに皇女の名誉が傷つかぬように身を退けるものにしては欲しいのですが」
いつか、カインと想い合うのなら身をいつでも退けるものにした方が良いだろう。それにしっかり、形だけとも聞いたからその辺は安心しても良いな。
満足そうに頷かれたので、とりあえず良いか。しかし、母上と父上って結構すれ違ってるのだな。
母上は、父上をどう考えても好きだよな?ちょっと、残念な方だとわかったが、見た目は綺麗な人だ。ん……父上って、アレックスと友人で、敵国の皇帝をフレンドリーに呼んでるから親しいのか?しかも、仕事も出来て、見目も麗しい。子供は三人。民にも慕われて…父上って、もしかして、
「リア充…ッ」
「り、りあじゅ?誰だ。それは」
気づいた事実に戦慄くオレに今日は疲れただろうと労りの言葉をくださる父上。しかし、オレの前世での劣等感が半端なく刺激される。
「父上!」
「な、なんだ」
「爆発してください」
「ーーさあ、シーザー様、今日も祈祷師様に来ていただきましょう」
一瞬、止まった空気から、じいちゃんがさっさと立ち直り、俺の背を押す。
「違うぞ。じいちゃん。これはシーザーとしての本分ではなく、オレの心からの言葉だぞ!?」
「わかってる。初めての場で疲れたのだろう。さ、香でも焚いて貰いなさい」
父上が、何にもわかっていない。この鈍感力もリア充だからか。
手慣れた様子で祈祷師を呼びにいくじいちゃんとオレを肩に担ぐ父上が悲しいです。
皇帝と母上が唖然としているが、大丈夫だ。日常です。
+++++++
皇帝とドリコちゃ……リリアンナ皇女が帰国する事になった時、挨拶をするためにこの場に居るのに何故か、カインが右側でクレアが左側からオレの腕に抱きついている。
母上は、さっそく、じいちゃんに鍛え直されているようだが……、ご褒美に父上にマッサージする権利をちらつかされて逃げもせず、頑張っているらしい。
山田太郎として言おう。
ーーリア充爆発しろ。ケッ。
シーザーとしては、両親の仲がいいと云うのは本当にホホエマシイデスネー。
「兄上、顔が怖いのですが…」
不安そうなカインとぎゅっとオレに抱きつく力を強めるクレア。……過去の記憶に引っ張られて父上と母上の仲に嫉妬してはいけない。特に父上を蹴落とそうとか、チラッとも思っていない。
豪奢な馬車に乗り込む前にオレ達に近寄ってくる皇帝とリリアンナ皇女。皇帝の後ろに隠れて、ちらっと顔を出す可愛らしい仕草に思わずカインを見る。……何故、お前はオレを見上げてニコニコしている。そして、クレア、威嚇するんじゃありません。
「ちょうど良かった。シーザー」
「はい」
「君が作っている梅酒と呼んでいる物についてだが、あの酒では度数が低くないか?」
「ーーはい?」
予想外の質問に目を丸くすると、相手も予想外だったらしく首を傾けた。
「いや、呑めるは呑めるのだが、俺の好みとしては甘いな……まだまだ改良の余地がある」
ぽんぽんっと頭を叩かれたが、ーー梅酒に失敗していただと!?衝撃の事実に呆然とする。
「おい、味は悪くなかったんだぞ?」
「自家醸造になっていたとか…?」
打ちひしがれて呆然としているオレに皇帝の声は届かない。父上、美味しいって言ってたよな。……オレに気を使ってか?味見……いや、しないぞ。さすがにこんな妹弟が大きなお兄ちゃんの真似をするという段階の年齢でそんなことはしない。
「何を杞憂しているのか、わからないが何か手伝えそうな事があれば、手伝わせろ。うちの三男も君と同じで料理方向に興味があるからな。物珍しく面白い事が好きなんだ。」
素敵な笑顔を頂いたが、ただ、梅酒のショックで立ち上がれない。でも、きちんと梅は沈んだから成功している筈だ。どっちだ……っ。他の酒でも試して見るべきなのか。絶対、梅酒を旨いって言わせてやるぞ。皇帝!!
「悩ませてしまったようだが、次に会うときはもっと楽しい物を頼むよ」
「あ、いえ。ちょっとお待ちください。ーーフィン」
なにか用意しろって云う前に部下に指示を出すフィン。さすがだ。間違ってないでしょという白い目が痛いが。
その間にクレアとーー特にカインをドリコちゃんに紹介するが芳しくない反応だ。
「リリアンナ皇女。カイン……と、クレアともに仲良くなさってくださいね」
「は、はい」
下に俯いて可愛らしい反応だが、うちの子たちが、ジーッと穴が開くんじゃないかというくらい皇女をガン見している。
失礼だろ。と、二人にデコピンをしたら、クレアが頬を膨れさせ、カインも唇を尖らせる。
クレアはともかく、カインは初恋の相手になる相手かもしれないぞ。愛想を売っておきなさい。
そのまま、ニヤニヤしている皇帝は気になるが、フィンがどうぞと差し出して来た小さな小瓶の中に入った梅干しを皇帝に差し出す。
「これは?」
「梅干しという食べ物です」
「ふむ……ーー毒が入ってたら大問題だな」
見事な嫌味にオレは、笑顔で返す。
「毒と食中毒はオレの天敵ですから」
「そうか。まあ、信用と言う意味でも貰っておこう」
男前な笑みを浮かべ皇女とともに去っていく皇帝。父上が挨拶している姿を確認しつつ、ドリコちゃんがオレ達に視線を送っているのを確認できた。大人の会話の中じゃ暇だろうからな。オレもあの場に行こうとしたら「これ以上は皇女様が危険ですので」って、宰相と一緒に来たクラウドに止められた。……オレは、確かに祈祷師を呼ばれてお祓いばっかりされてるが突然発狂したりしないぞ。祈祷師に今度、外で調理できる物として献上された珍しい品を貰えることになったんだぞ。
ーー早く、調理できる場所確保したいな……。
それにしても、熱心にカインとクレアがドリコちゃんを見ている。興味があるのだろうか。七歳だもんな。もしかして、一目惚れか?……クレアは違うよな。
「なあ、カイン」
「はい。兄上」
「皇女可愛いらしい方だったが、カインはどう思う?」
「……お兄様は?」
何故か、クレアが逆質問してきた。
「いや、だから可愛らしい方だと」
「お好きですかお嫌いですか?」
「好ましく思うが」
だって、将来の義妹予定。
クレア、何故、下唇を噛む。止めなさい。
「オレより、カインの方がどうだ」
「兄上を奪う敵です」
何か予想と違う返答が。違うだろ。仄かに想うかの方的ななんかになる筈だ。あれ、出会う時期がおかしい弊害か?
人の気持ちって難しいな。もっと、カインが成長してから聞いてみるか。
「二人に好きな人が出来たら、オレにちゃんと教えて欲しい。応援するから」
「………」
クレアがオレをジーっと見つめているが無言だ。カインは、一瞬、ぱちくりと目を瞬かせたが、
「はい!兄上が世界で一番です!!」
満面の笑みは嬉しいが、なんか思っていた答えと違う。
+++++++
なんて、過去を思い出しながらちまちま縫っていたものが完成した。
いつも通りに学園の食堂の一角の席で貰った布を繋ぎ合わせて派手なくまのヌイグルミをようやく完成させて満足させているとふらふらと亡者のように生気のない様子でこちらに歩いてくるイリーナが。その様子に慌てて立ちあがりオレとは反対の席の椅子を引いてやるとそのまま力なく引いた椅子に座り、がくんとテーブルに突っ伏した。
「どうしたんだ」
「く、らうどさまが、講義に来なくて……狸のようなお爺ちゃんがきたの……」
それ、多分じいちゃんだな。ぎっくり腰は治ったのか。
「クラウド様の出会いのイベントはいつになるの……」
来年は宰相になったばかりだからじいちゃんが色々鍛える腹積もりらしいので、学園に卒業生として講義に来るって、再来年くらいかな。
「よ、良かったら、呼ぶか」
「…いい。お仕事の邪魔でしょ。今も昔も仕事中でどうでも良いことで呼び出されるって一番腹立つって知ってるから」
それなのに。あんのくそ女って。誰だ。生前のことか。イリーナ、恨み持ち越しすぎてんぞ。
「っていうか、なにこの目に優しくないベアちゃんは」
「ああ、いろんな人に使えないと判断された布を貰ってパッチワークしたからそんなファンキーな品になった。欲しいか?」
「……ストレス解消にはなりそうね」
「殴んなよ」
何故、そんなショックそうな顔をする。
「え、ヌイグルミって憎いアイツを想定してボコボコにするものでしょ?」
「多分、一部の人間の使い方だぞ」
「前世の友達がよくゲーセンのヌイグルミを『消耗品だから、たくさん欲しいの』って、キャッチしてたし。文字通り、消耗してたから」
「類友か!?」
「まさか、あたしはヌイグルミより実物を殴るわ」
「………うん、すがすがしいな。お前は」
イリーナになってからさらに殴りやすいって。もう実行済みーーって、ヒロインって、そんなに人を殴るものなのか?
「そういえば、裁縫で思い出したんだけど、学園でドリコちゃんを見かけるんだけど」
「……」
「ねえ、アンタ、この前教養と知識を磨いて、想い人を諦めさせるっていうカイン様のルート行けって言ったわよね。」
そーっと、視線を逸らす。実は、口にした後、そのイベント必須人物が居ないことを思い出したが、……父上、側妃いないんだよな。じいちゃんの教育ですっかりと王妃として文句の付けどころのなくなった母上。そのおかげか元から女性が苦手な父上は、強気で『シンシア以外を私の側にと申すなら、国を傾けてくれる』と若干、本気で室内の空気を寒くしていた。自分の娘をーって、売り込みに来た貴族連中には、ざまあって思ってけど。
「ーー王様の側室になっていた女がいないせいで、妨害する相手も居なくてドリコちゃんが学園に通っても良い事になったんでしょ?」
イリーナがふっと鼻で笑う。
「あの側室って、あたしを見ているようで嫌なのよ。あの貪欲さと男に対する色目と行動力、口の悪さなんて遜色ないでしょ。唯一勝てるとしたらヒロイン力と若さと腕力だけなのよね。まったく、鏡を見ているようで会うのが嫌だったからその件についてはグッジョブよ」
イェーイじゃねえよ。
「なんで、そこまで冷静に自分を振り返れて直そうと思わないのか不思議なんだが」
「そこは、あたし自身があたしのままで逆ハーしないとあたしが疲れるって最近気づいたからよ!」
ドヤ顔の上でぶれないな。
「まあ、ドリコちゃんよ。あの子、今の時期って帝国で花嫁修業中で、時々、カイン様の様子を見に学園に潜り込んでくるはずなのに。そこであたしと出会って親友になる筈なんだけど、カイン様となんか目も合わさないのよね」
黙りたい。オレは、頑張った。うん、ちょっとおかしな方向に行っても皇帝のおっさんの責任でオレのせいじゃない。どうして、勝負を申し込んでくるんだ。ドリコちゃん。嫌だってお断りしてるだろ。ちゃんと、婚約者のままなんだから帝国に強制連行しようとするな。そのせいで、カインと……何故かクレアとも仲悪くなったし。
ジーっと、疑いの目がオレに向く。うん、オレのせいか。
「………弟が」
「なに?」
「ブラコンで」
ちょっと認めたくない事実に若干視線を逸らしつつ、イリーナに告げれば、そう…って。オレが作ったクマのヌイグルミを持ち、立ちあがるとぽーいっと、上に投げる。そして落ちてきた瞬間にアッパーをクマのみぞおちに食らわせた。放課後とは云え、まばらに居た学生たちが一瞬、静まり返ったぞ。
「やっぱり、ヌイグルミってストレス解消の品なのね………ちょっと、すっきりしたわ」
「ちょっとかよ!……わかった。悪かったよ。な、今度の休み、孤児院への視察一緒に行こうな」
「あんたと行ってどうすんのよ!!」
「ルーカスが護衛として来るから。ほーら、イリーナが好きな逆ハーメンバーだぞ」
これが効いたのかイリーナが、ピタッと動きを止める。
「ルーカス様と?」
うんっと、肯定してやると、初イベント!!って感動に打ちひしがれている。……有ったっけ。こんなイベント?
「ありがとう!ちゃんとオシャレしていくわ!!」
「いや、動きやすい恰好か制服で来てくれ」
手をガシッと握ってぶんぶんと振り回さないでくれ。普通に痛いぞ。
ヌイグルミをしっかりと持って走り去っていくイリーナを見送り、さて、フィンに連絡を入れて、護衛対象が増えると……、いや、待て。
「イリーナに護衛って必要なのか?」
熊殺しヒロインだよな?………あのクマのヌイグルミの行く末が心配になった。