ヒロインの日常(とある定食屋常連)
イリーナちゃんは馬鹿可愛い!
血の気の多い民の多いルーテンベル領土で荒くれ者たち相手に白いエプロンドレスとやらを着て注文を聞いてくる小柄で愛くるしいピンクな長い髪を腰まで伸ばした少女は、今日も自分の胸やら尻に手を伸ばす不届きものを自慢の拳で撃退した。
今日の被害はテーブル二つ、椅子みっつ。……片付けもせずにその日の損害が飾られてるんだから、そろそろやめろよ。
いや、一部度胸試しになっているようだけど。イリーナちゃんに華麗にかわされ、時にかかと落としで撃沈されている。
俺にはわかる。あの子はいずれこの狭い世界を出て、英雄になる器だ。
「リーナちゃん」
不埒な客に鉄拳を施した愛娘に間延びした声をかけるイリーナちゃんによく似た風貌で……少し年の離れた姉でも通じるここの女将がイリーナちゃんに買い物の誘いをしている。
どうも、ルーテンベル領土では売っていないので王都に行かなければならないらしく、大量に購入したいからついてきて欲しいらしい。
……常連の誰かに頼めばいいのにと思いつつ、若い娘であるイリーナちゃんもたまには都会に行きたいだろうと黙る。
常連が口々に土産を頼むとか、彼氏作ってこいよーっと無責任に囃し立てるなかでイリーナちゃんだけは、すぅ…っと氷の瞳を細くした。
実を言うと、最近イリーナちゃんの雰囲気が変わったような気がしていた。
俺達を見て、悲しそうに落ち込んだり、自分の親にたいして時々、敬語で話したり、……甘やかされると本当に驚いた顔をしてあたふたしたり……。
それでも、名物が変わる訳ではなかったので放置していたけれど、女将と一緒に出掛ける予定日の前の日に突然、消えたイリーナちゃんに俺を含めた常連と、定食屋夫婦の慌てようといったら……。
消えたイリーナちゃんがその二日後にボロボロになりながら大男の首根っこをつかんで
「やっぱり、あたしがヒロインだから幸せになれる筈だわ!」
と、誇らしげに盗賊の首領を引きずってきた瞬間、その場にいる誰もが、
「「「嫁の貰い手を全力で探せ!!いや、婿だッ!!!」」」
と叫んだのは記憶に新しい。
残党がいるかもしれないと、しばらくの間、ルーテンベルの民は当主の全力の加護に護られ安全な馬車の旅で王都への行き帰りを行った。
その事件後からの安全な旅で帰ってきたイリーナちゃんは、その後からずーっと、無口な店主とのんびりした女将である両親に隙があれば甘えていた。
……その後に『癒し手』としての才能をどこかの祈祷師に勘づかれ、学園に通うように促されたと聞いた。
聞いたから、通うの?と訪ねたら
「あたし、逆ハーしてちやほやされたいの!」
と、ぎゃくはあって何だろうと首をかしげつつ欲望丸出しでキラキラした目をしたイリーナちゃんを誰も止めれず、王都に送ってしまった。
後から、色々と問題が出てきたらしく帰宅するたびに常連相手にさんざん愚痴っているけど、俺たちはうんうんと頷くのみ。
それでも思う。やんなき身分の方々から流行り始めたお言葉?それにイリーナちゃんがハマってると思うんだ。
うん、馬鹿な子ほど可愛い。
大丈夫、冒険者ランクが高い奴らや美形な奴らに俺たち常連組が脅して、夫婦喧嘩やなんやらも想定しても、イリーナちゃんが嫌がらない限り「命をとして添い遂げます」と念書を書かせているから安心してね。