とある護衛が開き直るまで
その話を耳にしたのはたまたま偶然だった。
「ストレスがたまると血を吐くらしいぜ」
「なんの呪いだよ」
「いやシーザー様がな」
ともかくお前は真面目だから腹イタには気おつけろとアドバイスを貰ってその時はそれで終了した。
兵舎が綺麗になった。きりっと横っ腹が痛んだ気がする。
「今日は俺の部屋に女神様が…っ」
感涙し、お掃除終了の花を持つ友人に言えない秘密を俺は持っている。たまたま偶然、まだ人払いも甘かった初期の時に俺は兵舎に忘れ物を取りに戻った時に国家機密を目撃してしまったのだ。
……部屋掃除してるの王子だよ!しかも第一の方だよ!!
二年前まで我が儘で傲慢だった王子様が何故汗苦しい兵舎なんて掃除しているのかさっぱりだが、嬉々として床磨きしている姿に恐怖を感じて思わず罠の有無を調べてしまった。
……なかった。
では、呪いかと呪物の類いを探し、アレックス様に頼み込んで祈祷師様にお払いをして貰った。
……三日間休暇を貰った。
何故かシーザー様にも連絡が云っていたらしく内緒にする約束をさせられ「栄養のある物を食べてゆっくり寝ろよ」と、お優しいお言葉をー…
……その日は、悪夢を見たが。
近所から「フハハハハッ!」と高笑いが聞こえたせいだろうか。
次の日にたまたま見かけた同僚が疲れたような顔で城に向かう姿を見かけた。
……シーザー様の護衛は、疲れるのだろうか。なんだか関係ないけど関わった俺の腹の調子が悪い。
三日ぶりに登城すると、また王妃様の部屋の窓が壊れたらしいので、財務担当の恐ろしい存在に身震いし、忠告してあげようと顔見知りの侍女に王妃様の才能の有無について問う。ないのなら止めるように進言しろというつもりだったが、彼女は目を丸くし、
「シンシア様に才能がないというより、まともに教えていないだけです」
「はあ?」
「宰相様とナンシー様が『陛下には、そのような趣味はないので』と」
……誰か王妃様に教えて止めろよ。
俺の呆れを感じ取ってはくれず、彼女は、ニヤリと悪どい笑みを浮かべた。
「それにシンシア様が鞭に夢中になってくれてた方がご実家にお帰りにならないでしょう?……ーー毎回毎回!あの破廉恥なドレスをシンシア様に!!
」
あ、やばい。話しながら思い出して怒りが振り返しているようだ。
王妃様の露出気味なドレスは社交界で大変評判が悪いが、王妃様に関わっている侍女達から王妃様の悪い噂は一切流れてこない。
従者など、ーー異性を必要最低限以外で関わらせないようにしているナンシー様の手腕が恐ろしいと一部では有名だ。
うん、ナンシー様だけならいつか限界が出来たのだろうが、宰相様が王妃様の生活基盤に平気で口を出せる状況になったのって……シーザー様、宰相様を、爺ちゃんって親しげですが、どこまで計算ですか。と不安になる。
そんなまだ立場をはっきりできない俺が一歩引いたのを感じたのか、ガシリッと逃がさんぞと言わんばかりに腕を捕まれた。
「ねえ……子爵家を一つ潰す罪を捏造出来ないかしら?」
兵士さーん!犯罪者予備軍がここにいまーす!……国を護る兵は俺だった。
「お、落ち着けって」
「あの子爵の坊っちゃん、いつも……いつまでも、シンシア様に横恋慕しくさりやがって……ふふ、でもいい気味よ。貢ぎ物はぜーんぶ、売り払ってやったわ」
くつくつと、暗い笑みを浮かべ始める。そして、俺は腹がキリキリ痛む。
「ふふ、くふふふふ…」
濁った瞳でいつか奴をヤルワと夢見がちに語る彼女をこれ以上刺激しないように俺は壁と化す事にした。ーー誰か助けろ。
シーザー様、金棒事件により、武器庫に金棒が増えた。
財務管理をしているかの方の氷の笑顔にアレックス様が「俺のせいじゃないのに…」と半泣きだった。それには同意したい。
シーザー様の金棒アピールが巧みすぎて、耳に残り、「あ、なんか買ってみようかな?」「今が買い時かも!」と周りがこぞって欲したせいで金棒だらけだ。
「シーザー様が商人でなくて良かった」
誰かがぽつりと漏らした言葉に同意する。
必要ないものまで買わされそうだ。
++++++
ーー訓練所にいつも通りに来た結果、中央で第二王子のカイン様が嬉々として金棒を振っている姿と第一王女のクレア様が、ハアハアと息も絶え絶え金棒を引きずっている姿を目撃した。
カイン様、風魔法で金棒を半分にしてあげるのは優しさではありません。
そして、何故魔法が使用できるのですか。
クレア様が魔法を放とうとして不発になりましたよ。それが正しい姿なのです。
だからお泣きにならないでください。クレア様!たまたまこの場にいますが正直、お腹が痛みます!!
あわあわと、クレア様を慰める側仕えを眺めるしか出来ない俺の横を誰かが走り横切った。
「クレア」
「お兄様!」
よしよしと、クレア様の近くに走りより、頭を撫でるシーザー様。
「かなぼうが持てないのです…」
もの悲しげなクレア様にシーザー様は、真顔で頷き、
「いや、淑女が持つ物じゃないから」
「シーザー様だけには言われたくないと思います」
フィン!
この場にいる誰もが思った事を俺の隣からしれっと口にするな。クレア様とカイン様の付きの護衛と側付きに冷たい目を送られてもフィンは飄々としている。……楽しげでもあるのが庇ってやれない俺には救いだとは口に出来ない。
うん、でも、俺にふるなよ。注目が集まるだろ。
「では、淑女が持つに相応しい物とは?」
「……」
クレア様に見上げられたシーザー様が顔を背けた。……思い付かないらしい。
カイン様、嫉妬でギリギリとクレア様を睨まないでください。
「フィン、なんだと思う?」
「なんだと思います?ガーラ」
……なんで俺にふった!?
同僚のいきなりの無茶ぶりに俺は、ない頭をフル回転させた。
え?淑女らしい武器って何!?
むしろ、なんで武器が欲しいんだっけ?
俺のおふくろは、よく俺を箒で叩いたよな。うん……クレア様が期待に満ちた瞳を!やばい。裏切ったらやばい。っていうか通りすがりの俺になんてハードルの高い要求を!
そういえば、シーザー様が兵舎の掃除用具で欲しい物がとか呟いて……いま関係なかった!なんだか痛いだけじゃなく腹がぎゅうっとねじれた気がする。
必死に、……必死に頭を回転させて俺は絞り出した。
「ほ、……」
「「「ほ?」」」
「箒……」
……シィン……と静まり返った。
言えない、おふくろとシーザー様がちらついてそれしか思いつかなかったなんて!!
羞恥心で震える俺の肩をポンッと叩き、何故かいい笑顔のフィン。
「滑ったな」
「ウルセェよ?!」
「いや、確かに箒は素晴らしい」
シーザー様はただ単に自分が箒を持って掃除してもおかしくない環境を整えたいだけでしょう。
「箒……」
かわいらしくクレア様がうんうん頷いている。クレア様の側付きが殺気を俺に向けている。止めてください。俺はまだ死にたくありません!!
カイン様まで「最高級の物を用意しなくては」とーー、
「あら、シーちゃん、クーちゃん、カーくん、三人揃ってどうしたの?」
王妃様がニコニコしながらこちらに歩いてくる。今なら吐けるかもしれない。
血を!!
ポヤポヤした笑顔を向けて事の経緯を聞く王妃様。パンっと手をたたき、まあまあと相づちをうつ王妃様。もうそろそろ吐きそうです。
にっこりとクレア様に近づく王妃様。そろそろどこか陰に隠れて吐血の準備をしてもいいでしょうか。
「クーちゃん、淑女が持つにふさわしいものは針ですわ」
王妃様がそれはそれは斬新な発想ですね。淑女が持つにふさわしいのは針……針だと!?
「何故ですか。お母様」
「帝国程ではありませんが、貴族や王族も裁縫は嗜みの一つですし、それに……」
王妃様がどこか遠い目をする。
「内職ができた方が生活が楽なのですわ」
あれ、王妃様、侯爵家の三女でしたよね。王妃様付きの特にナンシー様が黒く虚ろな笑みを!
「クーちゃんにそのような生活を絶対させたくありませんが」
クレア様の頭を撫でる王妃様。
その話題にクレア様の表情が少し硬くなった。……クレア様はシーザー様とカイン様に何事かがない限り確実に降嫁か他国に嫁ぐしかないのだろう。カイン様もこの話題の時のみはクレア様から視線をそらして、感情を見せないようにしている。
が、そんなセンチメンタルな状況をシーザー様は平気でぶち壊す。
「母上、大丈夫です。クレアを嫁がせるべき相手はもう決まっているので」
にこやかに絶対的自信を持って、……誰か一緒に言ってくれ。
口 を 閉 じ て !!
クレア様、プルプル震えながら涙目で「お兄様なんか大っ嫌い!!」と、カイン様おろおろしながら走り去るクレア様の後を追うのですね。ーー俺、そろそろ本気で吐き気が。
「く、クレア?」
おろおろするシーザー様をフィンが樽抱きし、どこかへ行ってしまった。王妃様もポカーンと口を閉じてください。
その後、訓練所に時間が空いたので来た陛下にぽんこつを具合を発揮し、説明下手を披露した王妃様に代わり、説明することになり、そのせいで、シーザー様の護衛に抜擢されるとか、嫌味に「女神様」と言ってしまうくらいに図太くなろうと開き直ったとかは後の話だ。
……胃が痛い。