問題提起 後編
件のムキマッチョとの楽しくない追いかけっこの結果、礼儀作法とダンスの練習が本格的になるらしいと通達がされ地味に落ち込んだ。……やっぱり必須事項なのか。訂正しなきゃとは思っていたが、ダンスやだ。
「木登りが出来るくらい体力が余っていらっしゃるなら当然です」
しれっと、さぼっていた分を取り戻しますよって。クラウド、サボっていたわけじゃない。免除されていたんだ。いや、マジで。
「でも、オレ、一定の運動量超えると左足が動かなくなる『呪い』を受けてる事になってるよな」
まあ、これがシーザーが『暗殺イベント』でヒロインの助けが無ければ生き残れない最大の理由だけど。とある夜会で本気で犬猿の仲になった弟であるカインに『欠陥品の癖に!!』と罵られ、カインを殴りあいの喧嘩になるという醜態を晒しその場から逃げるように城下街に飲み歩きに行くとか色々理由がヒロインのルート次第で変わるが。あの感情任せだが人の気持ちに寄り添おうとしていたカインがそんな事を口にするくらいだ。きっと鬱憤が溜まっていたんだろう。その時護衛が少なかった事とカインとの喧嘩のせいで限界を超えていた足を無理に動かしたことで暗殺者が来た時にはもう逃走って手が使えなくなっていたという。本当は足が動かなくなる理由は自分の中の負の感情が一定量溜まったらって読んだ気がする。……運動量関係ないのだが、なんでそんな理由で出回っているんだ?
後、オレだけなんで『呪い』の内容が公然の秘密状態なんだろうか。………カインも負の感情が溜まると他人の嫌な感情だけが見えるようになるとかあったな。そもそも感情が色として見えるとか有ったけど、オレがこの情報を知っているのはゲームからだ。ん?クレアも何かあるんじゃないか?兄妹でクレアだけないっていうのはおかしな話だ。
シーザーは、運動音痴ではないけど身体を動かす系統は足が動かなくなる瞬間を見たくないと本人が嫌がっていたこともあり免除され剣術の鍛錬などは一応の護身のみに留められている。ダンスも意外と運動量があるらしいのでほとんど免除されていたらしい。……考えてみると本当にシーザーを甘やかしすぎていないか。父上。
「『呪い』については、宰相様から聞いていますので理解しておりますが。どれほど動けるかという限界を知って置いた方が良いと陛下が仰られたので。後、思ったより走っていたので驚いたそうです。毎朝のあの謎の動きを陛下はご存じなかったのですね」
木登りのせいか。蹴り落としはスルーか。いや、その前から決まっていたようだけど。まあ、毎回オレを樽抱きで運んでいたのは足を心配してだもんな。あと、謎の動きってなんだ。ラジオ体操か。やめないぞ。
「ああ、ダンスが嫌だからちょっとの運動で動けない振りをしていたらしいからな」
「誰がですか。シーザー様しか居ませんよね。該当するの」
オレが理由を他人事のように言ったら、クラウドが頭を抱えた。
いや、確かにシーザーだけど、オレじゃなくて……オレじゃない方で……混乱してきた。ただ一つ言える。山田太郎的な思考では、シーザーに便乗していただけだ。
「礼儀作法は猫かぶりがお上手なご様子ですので。問題はないでしょう」
「クラウド、毒舌が輝いているぞ」
「フィン殿のおかげです」
本当にいつの間にか友好を深めていた。ちょっと前まで学園エリートのクラウドと師団成り上がりのフィンは互いにギスギスしていた筈なのに。
「シーザー様に変に遠慮すると胃に穴が開いて吐血するそうですね。何ですか。新しい呪術ですか」
たぶんそれ、胃潰瘍。
「病気の一種だぞ。それ」
あんまり、オレの自由を奪うとストレス社会の病気がって云うオレの話を適当に流してクラウドに説明したなフィン。しれっと、黙って壁役してても睨むぞ。
「まあ、夜会への参加もありますし、そのうち酒の鍛錬もある程度しましょう。王太子が夜会で酔いつぶれるなど目も当てられませんよ」
「もう酒を飲める歳なのか?」
「いえ、通常は十五くらいからですが……」
それでもアウトだ。
クレアとカインの教育の為にもオレがアルコールに溺れていては行けないなということで、クラウドに二十歳になるまでは酒を飲まないと伝えると「夜会に参加になさる年齢となった場合はどうなさるおつもりでしょうか。舐められますよ」と冷たく言い捨てられた。参謀として、相談に乗ってくれてもいいじゃないか。くそ、アルコールが熱で飛ぶって知ってるから飲む前にこっそりと飛ばせる様に火の魔法の制限も頑張らないと。
「シーザー様、変なことをお考えではありませんか?」
「ん?必要な技能を考えてるだけだ。後、オレ、最近(生前思い出してから)足痛まないから手加減なく練習時間入れていいぞ」
「!?」
クラウドの動きが一瞬止まったかと思うと何か叫びながらどこかに向かって走り出した。フィンも固まっているし、何があった。
その日の夕食にケーキが出た。何故ケーキだと思ったが、そういえば、夕飯前に「お祝いに何が食べたいですか?」とフィンが聞いてきた。誰かの誕生日かと思って無難なの言っただけなんだけど。父上が涙ぐみながら良かったとか母上が、ちょっと心配げに無理しちゃ駄目ですよ。と………そこまでの事だったの!?
愛が重すぎてケーキの味がちっともわかんなかった。クレアとカインも微妙な顔していた。すまん。
その後、アレックスにアルコールを飛ばす練習をした後の酒を飲ませると物凄く恨めし気な表情をされた。仕方ないじゃないか。ノンアルコールビールでもメーカー側は子供が飲むのを進めてないんだぞ。そして、残すのは勿体ない。クラウドは飲んでもくれなかった。料理長にも引き取って貰って料理に使って消費しているが、何故だろう。料理長に謎の液体を渡してじいちゃん暗殺を企んでいるのでは?とかいう噂が流れているらしい。魔力で飛ばしたアルコール液だからか。安全は保障されたぞ……噂に悪意は感じるが、なんかそれだとバレすぎててオレ、間抜けっぽくないか?
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手洗い・うがいの習慣付けが予想外に難しい事がわかった。
「普通の家庭には水を出してくれる高額な魔石はありませんし、領土に寄っては村で共通の井戸を使っている所がありますわ。川に汲みに行ったりと……、帰宅したら必ず手洗い・うがいは意外に重労働かもしれませんよ。その分の水を瓶に蓄えねばならないのですから。それとネッチュウ症?なるものは、侍医からも症状について詳しく書いて貰うとよろしいですわ」
母上の指摘にそこまで考えていなかったオレは少なからずショックを受けた。確かに自分が、この国一番の生活水準と云うことを忘れ、出来て当然と考えてしまっていたようだ。もう少し、現実味のある提案をしないとはじかれるな。そして、密かに感動した。
母上がポンコツじゃないっ!!
ばあや曰く、先ほどまで書類整理をしていたおかげでまだ、お仕事モードが解けていないらしい。………まだって、解けるんか。ずっと、この状態で居られないのか。
父上に出す報告書の確認にどんどん駄目出しが入る。報告書を提出しに行こうとしたのを母上に見つかってしまったからだ。母上は、目を通した報告書とまた窓を割った事の始末書を届けようとしていた所らしい。……そういえば父上がそろそろ財政管理してる奴が切れそうで怖いと呟いていた。鞭の練習もう止めてください。多分才能がないんじゃ……。
始末書を出すのを遅らせる理由が出来たとばかりにオレを部屋に連れ込み、お茶を飲みながら報告書を眺めている母上。ばあやがオレにお茶を出しながら、例の衣装を売った件について「殿下のおかげでスムーズに処理出来ました。シンシア様のご実家から無理やり送られてくるものですから」……あのけばけばしい衣装を娘に着せる親の神経がわからない。あと、子爵の下種はどうなったんだろう。
「この植物の芽と緑の皮が毒ですの?調べてみますわね」
「え、母上がですか!?」
思わず聞いてしまったが、言われた事は出来るという母上なら問題ないのか?じゃあ、何故鞭は上達しないんだ?
「そうですわ。わたくし、これでも『命令されて調べごとをさせるとなんでも調べてくるわよね。貴女』とお姉様に蔑んだ目をされながら、頼まれごとを必死にこなしてまいりましたの。でも何故か、ひとめぼれしたレヴィン様の事を周辺を調べると云う自発行動は全て衛兵に捕まりましたが、泣いてレヴィン様のお名前を毎回叫んでおりましたらレヴィン様の方から会いに来てくださったのです!!その時の青い顔をしながら『私の良心を刺激しないで…』という今にも泣きそうな震えた声はきちんと覚えておりますわ」
……ツッコみ切れない。仕方ない流そう。きっとどこかで良い話になるはずだ。父上と母上の馴れ初めだし………ナレソメダシ。
「知り合いだったんですか?」
「はい、山にキノコ狩りに行った時にキノコに当たってしまったわたくしをたまたま訓練で通り掛かり介抱してくださったレヴィン様に痺れと眩暈を感じこれが恋かと」
未だにあの時の心臓の高鳴りを覚えてますってほんのり頬を朱に染めて語る母上にオレは別な意味でドキドキしている。
どうしよう。話が進むたびにツッコまないといけない箇所ばかり増えていく。それ、恋じゃなく茸に当たっただけじゃないかとか。令嬢が何故茸狩りに行って茸食べてんですかとか。
「ばあや、ちょっと、父上にお疲れ様って言って来て」
毎回名前呼ばれて泣かれたら父上は罪悪感感じたのか。……確かに今の母上は保護欲を掻き立てる子犬っぽいけど。ばあやはニコニコしている。
「その時にシンシア様を送って来てくださった時に申し上げました。レヴィン様が、『次からは手紙をください』と泣きそうな顔で言っていたのも思い出されます。その頃は、兄王子であるレオン様を軍から支えようとし、お忙しい日々の中でシンシア様の行動はたくさんの方に冷やかされるネタだったそうで」
誰か止めてあげて。
そして、父上、何故、次の約束まで……いや、手紙で諦めさせようとしたのか?
「毎日書きましたわ!!」
嬉しそうな母上。行動がもはやストーカー……三十回に一回しか戻ってこなかったらしい。やっぱり、諦めさせようとしたのか?二百九十一枚目を送った所で父上がデートに誘ってくれたらしい。
父上、ほだされたんだろうか。
「そういえば詩も送りましたわ」
「一小節も聞きたくないです」
「何故ですか!?」
「母上の作戦タイトルが毎回微妙だからです」
「そんな、ばあやもみんなも『今回も大変面白かったです』と褒めてくれるのですよ」
そんな、馬鹿なっ。
思わず周りをぐるっと見渡せば、母上付きはみんな笑顔で頷いている。母上付きって、みんな母上に甘いのか!?オレの護衛なんて、とフィンを見れば、かわいそうなモノを見る眼でオレと母上に視線を寄こしている。心が折れそう。
「では、レヴィン様との初デートの」
「母上、ご指摘ありがとうございました。さあ、テナオシシナクチャイケナイデスネ」
流れるように頭を下げて退出すると、母上が捨てられた子犬のような顔をしていた。気にしたら負けだ。ツッコみが追い付かないのと、人のリア充話なんて聞いていられない。
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兵舎の掃除の許可をくれたのが将軍だと判明したのは、またオレの剣術指南が再開することになったからだ。訓練所のど真ん中でまっすぐにこれから決闘でもするのかっていうくらいに厳めしい表情で立っている。うん、それは良いんだが、なんで血管が切れそうな顔をされているんだろう。好きな武器持って来いって言ったじゃないか。
今日、護衛フィンじゃないのは、そんなに将軍に会いたくなかったんだろうか。
「殿下」
「なんでしょう、将軍」
「好きな武器はそれで宜しいのでしょうか」
「もちろんだ」
「もっと、優雅な物が御座いましたでしょう?」
オレは、持ってきた武器を持ち上げる。そして、護衛に持たせた細身の武器を構えさせる。それにめがけて金棒を思いっきりフルスイングすると、ぱきん、と細身の剣が折れた。
一瞬の静寂………。
「ほらあ!!」
「ほらあ、じゃないわい!!」
「あ、大丈夫か?マルコス」
「はい、少々痺れましたが」
騒ぐ将軍をとりあえず無視して、護衛の身の心配をする。
この実演をするにあたって、誰かの手が心配だったが、フィンがこいつなら大丈夫ですと護衛の一人を推薦してきたが………うん、大丈夫そうだ。なんかちょっと嬉しそうな顔をしている。その手の人間だったんだな。
心配事がなくなったので、ひょいっと将軍に向き直る。
「折れる心配がまずない。丈夫、鞘からいちいち出さなくても良い、面積も広い!!手入れも楽という点においてこんなに合理的な武器はない。なんならGもやれる。必要なのは腕力オンリー。どうだ将軍」
「そんな武器、王族が扱うな!!蛮族の王くらいしか見たことないわ!!優雅も繊細さのかけらもないわい!!」」
「優雅と繊細で生き残れるか。こっちとら、暗殺回避に必死なんだぞ」
「やかましい小僧!!とっとと、他の武器持って来い」
「ちっ、やっぱりか。しょうがない今回は譲るけど、次も持ってくるからな」
「持ってくるなクソガキっ!!」
ゼーハーと互いに息を切らしながらメリットを並べたというのに話がわからない。爺さんだな。まったく。
仕方ないので、護衛が予備に持ってきてくれた長剣で訓練を再開したが、それからも毎回将軍との訓練時において金棒を持っていき、いかに優れた利点があるか延々と語っていたら、ちらほらと兵たちが金棒を持ち始めた頃、父上に呼び出しを食らった。
「シーザー、国には威信ってものがあるんだよ?」
本気で怖かったので素直に謝った。
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そして、現代。
「ねえ、あんたがいかにアホかって話はいいんだけどさ。」
孤児院に来て、しばらくはルーカスの周りをちょろちょろしていたイリーナがさすがにツッコみたくなったのかこちらに戻ってきた。
「ルーカス様が背負ってるの棍棒よね?何、その時の後遺症?」
「爺さん、家に帰って延々と棍棒やら金棒収集始めたらしくて」
「ーーねえ、嫌な予感がするんだけど」
「ルーカスの『魔剣』イベントはないぞーーっ!?」
思いっきり、足を踏まれた。
「ちっ、やっぱり全身鎧で来れば良かったわ。ダメージが少なさそうね」
「思いっきり蔑んだ目をするな!仕方ないだろ。まさか、ハマってるなんて知らなかったんだし」
「どこの世界に棍棒背負った乙女の夢が居るのよ!?」
「ワイルドでカッコいいって思う心の広い女性だって居るはずだ!!むしろ、ルーカスにはそういう相手が必要だ」
「あたしの夢には!?」
くわっと、アイスブルーの瞳を見開くイリーナ。オレは、痛めた足をさすりながら、下を向く。
「英雄になればもてんぞ」
「誰によ!?」
「魔王?」
「どうして、あんたは魔王に持っていきたがるのよ!?」
「だって、お前、魔王に似てるじゃん」
「どこがよ!?」
ふうふうと、肩で息をしながら興奮気味にオレに食ってかかるイリーナにオレは、少し距離を取りつつ、むしろフィンを呼んで後ろに隠れつつ、
「お前、覇王じゃん」
ボソッって言ったら案の定拳が飛んできたが、フィンがガードしてくれた。殴らせろーと吠えるイリーナを何事かとこちらに寄ってきたルーカスに任せ、逃走するとオレを追ってきたフィンが真面目くさった顔で何か考えている。
「どうした」
「いえ、彼女……」
真剣な表情でオレを見るフィンにまさか一目ぼれかと紹介してくれと言うのかと思って若干期待に胸を躍らせていたと云うのに。真面目くさった表情を崩さず、
「就職先はどこでしょうか。今からスカウトして……いえ、その前にアレックス様に女性にも騎士の道があるのではという話をしなければ、」
………イリーナ、悪い。魔王はともかく、お前の女性初の騎士endの道が確実に開かれている気がする。
追記
「なあ、ルーカス。今日なんで棍棒で来たんだ?」
「シーザー様がお好きだって爺様が言っていたから。あ、ちゃんと普通のも有ります」
にっこりと成長したルーカス。オレは思わず、目が点になった。
「違うんだ。あの時はほら、嫌われてるってわかってたからコミュニケーションの手段として………」
「シーザー様、悪ふざけの代償です。甘んじてください」
フィンが冷たい。
「ねえねえ、」
「なんだ。イリーナ」
「あの大量の野菜の皮むきってもうやって良いの?」
「馬鹿。あれはメインだぞ。子供たちと料理教室って」
「いえ、メインは視察です」
フィンのツッコミが速い。
フィン
ゲーム設定
カインの護衛Aであり魔王の器にされる少年の兄。
カインの暗殺イベントでカインが暗殺されない理由。孤軍奮闘するフィンをヒロインが助けられないとカインは攻略出来なくなる。クラウドとの仲はいたのかこいつ程度。
黒髪黒目は貴族の間で差別対象。
本編
前線に行くか我が儘で冷徹なことで有名だったシーザー(前世思い出し)の様子がおかしいので見張りをするかと云う選択肢を上司に突き付けられ、弟のために前線に行きたくなかったのでシーザーのお守りという気分で護衛になる。シーザーのおかげで隠れた才能を習得した。クラウドは同志。