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BOXes 20@1  作者: 神取直樹
融解編
9/18

故にそれは結果である≪融解編≫

 茶菓子の甘い匂いと、紅茶の渋い香りが辺りに漂っている。風景は暗すぎてよくわからない。昼間だったはずだが、辺りは夜の様だった。

「何をしたのでしょうか」

 面倒なことになったぞと、ポーンは辺りを見回す。

 目の前にはまだ、あの男が佇んでいた。キングという男。その男は、ポーンの上司にいくらか似ている。その所為だろうか、攻撃をためらってしまったところもあった。腕だけを融合させてしまい、男は何か能力を使ったようだった。

「…………ここはワンダーランド。俺の術で作った半異次元です」

 半異次元という言葉に、ポーンは聞き覚えがあった。上司に聞いた話だ。

「なるほど、あぁ、そういうことか」

 腕が無い男を見て笑う。

「レックスの従兄でしたっけ? 貴方」

「さあどうでしょう。アイツが元気かどうかは聞きたくありません。なので赤の他人です」

 無表情を貫くキングは、ポーンを見下した。頂点から見下ろしている。彼は複雑に絡み合った赤や黒、白のブロックでできたタワーの頂上で、紅茶を啜っていた。タワーはそれほど高くないが、攻撃が出来るほど近くはない。

「さて、今後の貴方の扱いなのですが」

 王としての雰囲気か、モノクロの椅子に足を組んで座っている。そのまま発した声は若く柔らかいはずなのに、威厳と恐ろしさに満ちていた。内容への恐れもあるが、ポーンには拘束具も何もない。

 その場から離れようと、足を動かそうとした。

 甘い。すぐに逃げれる。

 足取りはいつも通りで、何かおかしいこともない。否、無さすぎる。気になって後ろを振り返っても、何も起こらない。後ろと目の前にあるのは暗い森だけ。皮膚に当たる草木が鋭い。ただただ走るポーンを迷わすように痛みを催した。どうしても目の前が開けない。

 レックスが言っていた半異次元は遠くに行けばどうにかなるということだった。どこかしらに漏れがある。その漏れを探せば出れる。そう聞いている。

 そのため彼はただ足を動かし続けた。


 


 一方で、キングは消えていく歩兵の後姿を見ているだけだった。

――――あぁ、嫌なことを思い出した。

 頭を掻きむしって久々に眉間に皺を寄せた気がする。殆どが久々の行為だった。ここまで広くワンダーランドを張るのも久々だったし、何よりここまで不快になったのが久々だ。もしかしたら、アイツが、レックスがどこかでこうなるのを予測して大笑いしてるかもしれない。それは最低最悪として嫌だ。キングの嫌悪の表情は晶かレックスに対して持っている。

 そんなことを考えているうちに、腕の痛みが悪化してきた。

 キングの能力は体を使うものだ。荒いが、融合させられた腕を使う他なかった。そうした方が、後で処理もしやすい。だが、必要以上に広くなってしまったのが欠点か。歩兵は奥へ奥へと進んでいるようで、まるでこの世界の端を目指しているようだ。おそらく、レックスから何か聞いていたのだろう。確かに普通の異空間なら漏れもあるからそこを突けば良い。それをレックスは歩兵に入れ知恵として与えたのかもしれない。そう思って森の方へと意識を集中させた。

 歩兵の足音はグルグルと周り、どんなに走っても同じ場所に戻っていた。当たり前ではあるが、キングはそれを感じては落胆する。あぁ、コイツもこんなものなのかと。

「さて、そろそろお昼の支度をしなくては」

 彼は独り言をつぶやくと、塔を下りて行った。荒い息と何かが外れた音が聞こえ、がさごそと葉の触れる音も耳に入った。

「…………何です。普通に戻ってきたんですか」

 目の前にいる、黒いコートの男、歩兵を見やる。兜は落としたのか、もうそこにはない。歩兵の顔はやはり中性的だが、それでいて憎むような表情を張り付けていた。

「何もなかったでしょう。基本、破ろうと思って破れるものではありませんから」

「……先に言ってほしかったのですが」

「俺は敵に塩を送る馬鹿ではありませんよ」

 眉を顰めるポーンにそう呟くと、キングは歩み出す。それに気が付いたポーンは、手を前に出した。唾を飲み込むと、一つ息をした。

「……あのですね、私とて、プロです」

「はあ」

「そんなに近づいて大丈夫ですか?」

「まあ」

 何を言っているんだコイツはと言うように、キングは気の抜けた声でポーンに答えている。ポーンと言えば、キングの態度に怒りを覚えている。どれだけこの王には自信があるのだろう。そう考えってしまって仕方が無い。

「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 何かが自分の中で切れるような気がした。腹部に熱い感触が走る。




 いくら構築しても、いくら歩んでもそこにたどり着けなかった。まるで兄は何も気が付いていない。弟がこんなにも足元を崩しているのに、兄は振り返りもしない。だから悲しかった。悲しくて悔しくて、まずは体を治すことにした。

 速く走りたかったから、弟は知ってる人で一番足の速い少年を見つけてきて、足を自分にくっ付けた。手先が器用になりたかったから、家庭科の成績が一番の人の腕を貰って来た。お腹が空くから、小食の人の胴体を貰い、声が気持ち悪かったから歌の先生の喉も貰ったのだ。そうして、少年は頭以外全ての素材を自分の体に入れた。体は、完璧だった。

 それでももっと完璧でありたかったから、汚い顔を交換した。大嫌いな兄と似たこの顔を消すために、顔をくれる人を探す。でもそんな奴いない。いないいないいない。探してもどこにもくれる人はいなかった。

 あるとき、彼の目の前に男が来た。

「とても美しい顔を持つ子たちがいるんだ。君と同じくらいのね」

 だから着いて来いと、そう言われ、彼は真っ先に飛びついた。

 男は国の役人らしい。連れて行かれているときにチラリと、血だらけになっている少女がいた。その少女の手には五寸釘のような針が握られていたが、そんなことも無視し、血の道を歩く。

「さあ、好きなのを選ぶと良い」

 彼の目の前には数人の鎖で繋がれた死に装束の少年たちが座っていた。七人の少年たちは暴れそうなのもいれば、まるで何もかも諦めているような眼をした者もいる。その中でも彼の目に留まったのは紫色の目をした少年である。

 少年の歳はおそらく十も行っていないだろう。幼さを抱えた少年を一目で気に入った。

「その子は君が好きなようだ」

 少年の頬が赤くなる。状況が掴めていないか、本気で少年は彼に恋をしているかのどちらかだか、彼にはそんなことどうでも良かった。白い肌に映える紫色の目。それだけでない。細い腕に柔らかい曲線。全てが彼にとって欲しい素材だった。

 よく己を見てみる。全ての素材が不安定でバランスが悪い。自分の理想であったって、それは機能性の話だ。今ここに、自分の見た目の最終体型がある。貪欲に欲したその体がある。どんどん引きこまれるその体を、何も言わずに抱きしめた。

「あぁ、コレは私の物だ」

 ミチミチと聞こえる自分と少年が繋がっていく音は、彼を更に興奮させた。色々な体を自分に植え付けた彼は実年齢よりも上の精神年齢と体を持っていた。そのためか少年が小さく見える。目の前の体が自分の中に満ちていくのを感じ、幸福感を貪った。




「面白い方ですね。その顔、貴方のじゃないんですか」

 キングが問うとポーンは顔を上げて笑う。

「いいやあ? 私のですよ。私の物だ」

 ポーンの記憶を見たキングは、その意味を何となく察したが、ただひたすら吐き気がする。ワンダーランドの植物をポーンに刺してみたが、その手ごたえもまた気持ち悪かった。

「……あのね歩兵さん。俺、貴方の記憶を見たんですよ」

「…………」

「そして、思ったんです。その七人について」

 また嫌なものを思い出す。もう思い出さないと決めたはずなのに。

「原罪ですよね。その子たち」

 ポーンが集めている、もしくは殺すと言った罪達だ。すぐに顔で解った。おそらくは色欲だったかの友人だったか。

 兜の外れて露わになった瞳は薄く濁った紫色をしている。取り込んだ少年とは全く似ていないほどに、その瞳は濁っている。

「罪ほど美しいものは無い」



ポーンがはっきりと発音したのはそれが最後だ。



 もう、キング以外は動かない。ポーンは譫言を呟くだけだ。何かが彼の中で外れたか、血を流し過ぎたか。しかし、口から垂れる血液の量から、舌を噛んだのかもしれない。

「ここじゃ、死ねませんよ?」

「ほれすら、あやつれるのでふか?」

「まあ。ここは俺なので」

「?」

「あぁ、わかりませんか。俺、腕が今ないでしょう? 貴方にくっ付けられたので面倒だから使ったんです。よく考えてください。貴方、今俺の体をこの世界の何かと融合できますか?」

 手元を掴むように、目の前にいるキングを融合させようとするも、手ごたえは無い。

「ほらね、だってここは俺の体。俺だけが操れる」

「貴方は……なんなん」

「俺は破壊以外の能力を全て大量に有する。そして、それを全て一気に操れる。だからこんな世界が作れるんです。まあ、どうしても媒体として体が必要ですけどね」

 ハハハ、とキングは笑った。だが、眼は全く笑っていない。それに気が付いた頃には、キングは目の前には居なくなって消えていた。彼は何処かへ行ったのか、帰ってしまったのか。帰ってしまったのなら、自分はここで死ぬこともなく痛みを持ったまま生きているのか。いや、ここに来た時点でもう死んでいるのかもしれない。

≪悪夢だこれは。いや、君といれるからそうでもないか? シン?≫



 無機質な路地裏のそこに、キングは座っていた。目を開け、戻ってきたことを確認する。しかし腕は元には戻っていない。まだ、あの世界は存在している。

 後ろのドアから音がして、血が滲んでいる腕を抱えて扉を開いた。足元の元は美大生だった肉塊を踏みつけて、店の中へと歩む。

「アリスさん、大丈夫でしたか?」

 顔面蒼白の青年は、キングに駆け寄った。

「いや! キングさんの方が大丈夫なんですか!?」

「俺は慣れていますから。柳沢さんとは、会いましたか?」

「あぁ……いえ、会いましたけど……」

「すぐに帰ってしまったでしょう? 今度また話せばいいですよ。あの人は敵ではありませんから。ほら、一応終わることには終わったんですから、一度屋敷に戻りましょう」

「え?」

 自分の知らないところで何かが終わっていたことに、青年は驚きを隠せない。その前に自分が完全に戦力外として扱われていることに、何か胸が痛くなるような感じがする。だが実際青年には戦闘する能力もないのだから、撒き餌として全うする他無いのかもしれない。

 ふらふらと歩き出したキングの後ろを着いて行くが、血液を一般人に見せないためか、彼はずっと裏路地を自らの足を使って歩き、元から白い顔を更に白くしている。彼にとってはいつものことなのだろうか。腕を切り落としても何一つとして表情は変わっていない。ただ、そろそろ足取りがおかしくなってきているので、青年は携帯を取り出す。すると後ろを振り向いたキングが口を開いた。

「その携帯どうしたのですか」

「柳沢さんから手渡されました」

「あぁ」

 元は柳沢が外で拾ったという携帯だが、何か鼻に付く臭いが染みついているし、外装がどこかで見たことのある色だ。電話帳には「柳沢さん」「KING」等、やはりどこかで見たこと聞いたことのある名前がそろっており、もしかして首と胴体が離れたあの人の物なのではないかと確実に正解だろう答えが脳の片隅にある。だがそうも文句をつけている時間もなさそうなので、「Pandoraリーダー」と書かれているページを開き、通話ボタンを押した。しばらくのコールの後、低い男の声が聞こえた。

「もしもし、了さんですか? 晶さんですか?」

 青年が尋ねると、その返事はすぐに帰ってきた。

「あぁ、了だ。どうした。何でパーシーじゃなくてお前がその携帯使ってるんだ」

「いや、色々と事情があるんです」

 その言葉に少し何かを躊躇したのか、迷うような息の音が耳元に繰り返された。

「まあ良い。後で聞く。で、用事は」

「えぇと、キングさんが結構な怪我を負ってらっしゃいまして! 片腕無いんですよ! 多量出血っぽいので迎えに来ていただけませんか?」

 了の方の後ろからそんなことかよと声が聞こえた気がしたが、青年にとってはそんなことですまないのだからこうする他思いつかなかった。了はしばらく携帯を置いたらしく、遠くから晶の声と重なって彼の怒号が聞こえる。そして待っていると、再度ハッキリと了の声が聞こえた。

「今から俺が車で行くから。場所はGPS使うから安心しろ。案内しろとは言わない」

 そこまで言ったと思えば、通話は勝手に切られてしまい、最後までこちらでは何をしたらいいのかも聞くことが出来なかった。思えば、この業界の人間は総じて彼らのように人の空気を読まないようなものが多いのかもしれない。そのためとりあえずは、しばらくの間車が来るまでキングの傷口からそれ以上血液が出ないように布で縛るくらいしかすることが無かった。




「待たせた」

 あれから数十分経ち、出続けていた血液も止まった頃に了は黒いワゴン車から顔を覗かせてきた。

「あぁ、相変わらず貴方は遅れてやってきますよね」

「それはなんかの小説か漫画で聞いたセリフだな」

「……本心です」

 他愛のない二人の小話に、青年は少しだけ胸をなでおろす。キングも命には別条がなさそうだ。

「さて、行くぞ」

 後部座席の扉を大きく開いたワゴン車に、三人はほぼ同時に入り、腰を下ろす。そこから屋敷まではそう遠くはなかったが、何かしらの報道があったのか、圧倒的な量の野次馬が道路を埋め尽くしており、行く先々で足止めを食らった。辛うじてキングの腕は見えなかったらしく誰も気にしてはいなかったけれど、ただ、一瞬だけ。ほんの一瞬だけ背筋が凍るような二つの視線があったのは確かだ。

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