歩兵の前進≪融解編≫
翌日の早朝。クリスマスを間近に控え、街は一層に騒がしい。殺人事件があったファーストフード店を探し、キングと青年は駅前で冷たいドリンクを飲んでいた。
「タピオカ美味しいですか」
「は、はい」
「それは良かったです。もうそろそろ柳沢さんから連絡が入ると思うので、もう少し待ちましょう。御菓子類は欲しいですか」
いや、十分だろう。次々とキングが甘味類を買い漁りベンチに広げる。チェロスにマカロン、エクレアシュークリーム、バナナオムレツ、クレープ各種と、とにかく種類も量も多い。これら全てを二人で食べてしまっては明日の胃は不調となる。しばらくは甘いものを食べたくないと思うのが必須だ。そんなこと知らないといったように、キングは更に小粒のチョコを追加した。
「…………」
それをドンドン口に運ぶキングを見れば、おそらくこれは彼だけが食うのだろう。心配をして損をしたと、キリキリ痛み始めた胃のあたりを青年は摩る。
「どうか致しましたか?」
手を止めてキングが問う。青年は上手い返しが思いが付かずに、悪あがきとも取れる質問を返した。
「いえ……一つ、お聞きしても良いですか?」
「はい」
「柳沢さんて、どんな人ですか?」
「あぁ。説明していませんでしたね。時間潰しがてらにお話致しましょうか」
クレープの一片を口に放り込む。手元にあった温かい珈琲を一口飲むと、甘ったるそうな口を開いた。
「フルネームは柳沢真樹。ヒヨさんや一輝さん……あぁ、一輝さんもまだ会ったことは無いのでしたね。となると大宮さん達も知らないか……では、ヒヨさんの古くからのご友人だということだけ頭に入れておいてください。柳沢さんは分断に特化した方で、ヒヨさん達と高校時代に事件に巻き込まれまして、クイーンのお母様と面識があるのです。で、現在は警察機関に所属しておりまして、検死などをしているそうです。うちの系列の警察機関とのパイプとでも言った方が早い気もしますね」
つまり、柳沢というのはクイーン達に情報を与える一つの要因らしい。
キングは説明し終わればまた菓子に手を出していた。彼には仕事をする気があるのか、それとも無いのかよくわからない。先程聞いた話では本人としては経費で菓子を食べれるならいくらでも食べるということらしい。真面目な印象があったが、それが嘘のようだ。
と、突然キングの携帯が鳴る。画面には『パーシーさん』と表示されていた。ロックを開くと、通話ではなくテレビ電話だった。
『もしもし?聞こえてますか』
画面に映ったのは黒髪の童顔。声とその顔から男性であることは解った。生粋の日本人というより、少しばかり西洋系の血が混じっているように見える。
「聞こえてますよ東さん」
『その名前で呼ぶなと言っているでしょうが』
「失礼。あぁ、アリスさん。この方は柳沢さんを手伝っている美大生のパーシーさんです。本名は面倒なので後で本人から聞いてください」
名前が面倒となると、おそらく外人ではあるのだろう。画面を二人で覗き込んでいるが、パーシーは顔が少々赤くなっている気がする。キングの言葉に反応もせず、ただ彼は口をパクパクと動かし続けていた。
「……伝えたいことがあるならば早く。合流したいのに出来ない俺たちの状況も考えてください」
『え、あの、その手にあるのってどう見てもクレープですよね? 口の周りにクリームとか付いてますけど』
「あ、すみません聞こえませんでしたもう一度お願いします」
『…………』
初めて見たキングの微笑みは、ただただ殺気を含む。それは画面越しでも解るようで、パーシーは黙って画面を操作し始める。カメラの方向が内側から外側へ変わり、映し出されたのは駅前のファーストフード店。確実に彼らが目指していた場所だ。
『柳沢さんは中です。現場は資料の通りお手洗い。お店自体は貴方方がいる近くですから、歩いてきてください』
同時に、携帯からポンと音がした。SNSで送られてきたのは地図。二人の周辺を映し出しているらしいそれには、手書きで星印と文字が書かれている。星印はおそらく目的地のファーストフード店だろう。書かれた文字は道の目印になるものだとか、そういうものが記述されていた。
二人はパーシーと連絡が終わったことを確認し、目の前の菓子をキングが全て平らげると、その場を後にした。
「遅れました」
キングが一礼してパーシーの方を見る。パーシーは小柄な青年といった感じで、幼げな顔とも合う。きっとモテるのだろうと、青年は確信した。
「大丈夫です。さ、裏口から中に」
あっさりとした受け答えから、三人はさっと野次馬を避けて店の後ろ側へと移った。
裏通りに行くだけで、誰もいなくなる。少々血生臭いが、それは店の惨状の所為なのか、それとも元々ここはそういう場所なのか。それは定かではないが、何か嫌な予感がした。
「ここから入れます」
パーシーが錆びついた鉄がむき出しの扉に手をかける。錆が手に付くこともお構いなしに、扉を勢いよく開けた。
中を確認しようとした、そのすぐ後に、急にパーシーは立ち止った。
「どうかしましたかパーシーさん」
「いえ、あの」
「何ですか言ってください」
キングの眉間には、あからさまに皺が寄っている。キングは青年の肩を己の身に寄せ、周りを警戒している。
「首に……違和感があったので……」
「そうですか……では、あの世でごゆっくりその感触の感想を練ってきてください」
パーシーの右肩に触れ、速度を付けてこちらに体を向かせる。体は向いたものの、顔だけは向かない。首から紅い液体が流れたと思えば、大きめのボールのようなものが足元に落ちてきた。
青年を背に隠し、キングは道の方を向く。
「…………アリスさん、店へ。狙いとかは相手にございません」
「え」
「ハナからクイーンの推理は信用なりません。とりあえず中にいれば大丈夫です。俺が片付けます」
開いている扉にアリスを押し込むと、キングはまた扉を閉めた。
不自然に静かになったその場で、溜息を吐く。彼の癖のようなものだ。リボンで結んだ髪を解く。そのリボンをフッと宙に漂わせる。すると、小さな玉のようになった。
「…………」
もちろん、キングが何かしたわけでもなく、一瞬でくっ付いて固まってしまったのだ。また、溜息を吐く。今度は警戒を解いて。
「おそらくですが、先程まで二人でいらっしゃったのでしょうが、今は御一人で?」
誰に問うのかは明確だ。目の前に、黒い影が現れる。それに少し驚き、扉にもたれかかった。
「……いえ、どちらにも一人付け足しておいてください。間違えだったようなので」
キングはそう呟くと、目の前の影を黙視する。黒いコートに意味の解らない西洋兜。背と肩幅からして男だろうか。
「いえいえ良いんですよ。人数は今は私一人ですし」
男ははっきりとした口調で話す。低いが化け物の様なものじゃない。きちんとした人間だ。予想は付いていたが、能力者である。
「私はポーンと申します。歩兵です。貴方は」
「俺はキングです」
「王ですか。王はねえ、うちにいるのですが傲慢で仕方が無い。あぁいえ、ナイトの話では貴方は傲慢でも強欲でもなく怠惰でしたっけ。悪食さんはと……あ、いらっしゃらないようで」
「……ワンダーランドに罪は一つと半分しかいないのですよ……一つと半分は箱の中です」
「そうなのですか? いやあ、見当違いだ」
その途端、キングの右腕に痛みが走る。
「一つでも壊さねばならないのですがねえ。原罪とやらは守られてて難しいですし」
キングの右腕は店の壁にくっ付いている。骨ごとやったのだろう。指ひとつ動かせない。
「私はポーン。構築し融合する者。以後お見知りおきを」
優々と語るその姿に吐き気さえ覚える。それほどに、キングは限界だった。
語り続ける己を見下すキングを見て、ポーンも色々と限界だった。問いかけたのはポーンだった。
「あぁ、ムカつくのでその眼止めてくださいません?」
「だったらさっさと終わらせていいですか」
「ええ。終わらせましょう」
その声を皮切りに、壁からキングが離れる。
「!?」
「面倒なので」
腕は完璧に融合させていたはずだ。破壊でもない限り解けないはずだ。
「The pawn is in the wonderland」
二人の世界が暗転する。