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BOXes 20@1  作者: 神取直樹
初編
3/18

途切れ≪初編3≫

 狐を模した仮面の陰陽師が、前へ出る。

「私は縁。エンという。国に仕える者だ」

 声と張り出した胸から女性であると確認できる。

 縁以外の陰陽師は白いだけの仮面に漢数字を書いただけのものを付けていた。微動だにしない約五十人が恐ろしくて仕方がない。それほどに強い連携なのだろうか。そして仮面に対して好奇心を出しかかっているイヴを引き留めるのに夜が苦労している。

 空気を読まない行動のイヴを夜に任せ、そのまま縁が続けるのを見守ることに徹した。

「お前たちのことは国から知っている。だから、どうするかも決まっている」

「へぇ?教えてくれよ。対応しよう」

 フードの下から晶が笑うと、縁も笑ったらしく、仮面が上下に少しだけ動く。

「殺すんだよ。用済みだからな」

 縁が手をかざした瞬間に、仮面をつけた全員が動き出した。

「全員構えろ。来るぞ」

 了のその声が合図となり、ようやく晶達も動き出した。が、遅すぎた。

「――っ」

 晶の左肩には黒い針が突き刺さり、動かなくなっている。ボールペン大のそれを抜くことなく、そのまま覆い被さるように迫ってきた大柄な仮面の男を避ける。

 そもそも十人ほどで五十人を相手しようということから間違えだっただろう。ましてやさっきまで酒を飲んでいた奴らだ。行動も遅ければ反応も遅い。

 辞書を抱えていた男、南が手袋を外している間に鳩尾を強打する。酸っぱいものが口の中に一杯になり、たまらず吐き出した。血液も含んだそれを避けるように、目の前にいる七名の仮面の人間たちを前に倒れた。意識は薄く、「い――」と言いかけた瞬間、再度下腹部を蹴られる。

「南!」

 了が叫ぶ。だが、その時、ジャケットが紅く染まった。

 突き刺さっているのは晶と同じく黒い針。右肘に刺さったそれをまじまじと見ると、ピアノ線のようなものが繋がっている。それの所為か引っ張られ、肉が抉れそうだ。しかもご丁寧に返しも付いているらしい。なかなか抜けもせず、傷が増えるばかりだった。

 だが、ピアノ線が続く先にいる縁は小刀を構え待ち構えている。近づけばどうなるかもわからないわけではない。

 特に針には何らかの術がかけられているらしい。縁が糸に触れる度に針が淡く光り、太くなっていくようだ。そして、また肉を抉っていく。更にはいつの間にか晶達全員にそれが刺さっている。

「ご察しの通り、これは術をかけた針だ。うちの秘伝のな」

 絶対的な戦勝者としての余裕が出てきたのだろうか。縁が優々に語り出す。

「太くなるし同時に肉を抉る。傷つけるための道具だ。お前らみたいな、な」

 仮面たちが十人を囲むように並び直し、札を構えた。

「さて、これで準備は出来た。最後に問おう。


――――お前らの人生はどうだった?」



 彼女の幼少は一つの視点から見れば普遍的であった。

 狐の面を着ける母を見て、憧れ、主君に絶対的忠誠を尽くす。術を覚えれば母が喜んでくれる。それが当たり前である。幼心にそれが染みついた。

 六つになったある日皇居に出向くと、子供がたくさん中庭で遊んでいた。母に聞けば、主君の為に国の為に生きている子だという。

 同じだと思った。彼らは自分と同じように生きていくのだと思った。

 次の年、母が死んだ。彼女にとってそれは悲しいことだった。自分の憧れがいなくなってしまったのだから。普通の女の子だったのだから。

 母は霊魂になっても傍にいてくれなかった。

「おいで。仕事だよ」

 泣いていたころ、ある男が彼女の手を引いて皇居まで連れていった。母の骨を抱えたままに、七歳の少女は歩く。感情も湧かず、何も抵抗も出来ない。

 着いた頃には涙も枯れていた。

 名を呼ばれ地下へと階段を下りて行けば、明るい大広間になっていた。一年前に見た子供たちは人数も減り二十人と少数ほどで、白い浴衣と気力のない表情で並んで座っていた。

「さぁ」

 男が差し出したのは大きな針。黒い黒い、母が使っていた針。

 骨壺を地面に置き、確かめると確信した。それは確実に母の針だ。

 男の誘導は続く。白い布で目隠しした少女が陣の真ん中に震えて突っ立っていた。そこに一緒に立たされる。針を持ったまま、少女の後ろに立つ。

 どうすればいいのかを察した時、一瞬躊躇した。

「どうしたの。さっさと済ませなさい」

 男がそう言うと止める術を無くした腕は真っ直ぐに進む。

 でも何故か、何故だか、紅い紅いそれと一緒に出てきた少女の涙と同じようなものが、自分からもまた枯れたのに、流れたような気がした。



「なあ」

 袖から出る糸は針に繋がったまま、紫に光る。

「どうなんだよ」

 晶達は黙ったままだ。

「……なら良いや」

 全員の札が光った。昼間より明るいその場の風景。

 輪になって囲んでいるため、空から見ればきっと円になって見えるのだろう。ただ、外からはそれは確認出来ない。

 縁達が発動する術には、発動さえしてしまえばほぼ欠点がない。自信というよりは、それは事実であった。発動に多大な力を使うが、それを補うだけの術はある。光で目も開けられないが、あとは縁が糸を引けば良いだけだ。

――一気に両手を引くと、ブチリ、と全てが切れる音がした。

 光が止み、夜らしい青い闇が背景となる。

 終わった。目の前に倒れる十の体を見下ろすと、フッと溜息を吐く。どうせあの時に死んでいた者たちが、今にまで長引いて死んだだけだ。そう思うことにした。

「全員帰って良いぞ。報告には私が行く」

 数字の仮面達にそう告げると、仮面達は散り散りに何処かへ消えた。

 それにしても、呆気無さすぎる。名の無いチームだから仕方が無いのだろうか。それでも「生贄」に選ばれるような奴らがここまで弱いのか。弱いから選ばれていたのかもしれない。

 そう思った縁は、仮面を外し、頭に被さる布を取った。

「…………」

 倒れたリーダー格の男の顔を見ようと、黒いファーの付いたフードを取る。

「……? 何故?」

 思わず口に出てしまった。その顔は隣に倒れている男と同じで整っている。双子だという話だから当たり前だろう。だが、決定的に双子としてはおかしい箇所があった。

 白銀の頭髪に、乳白色の肌。兄らしい片方の男は黒髪なのに、何故かフードの弟は色が違う。生物学的にはあまりに有り得ないだろう。近くで倒れていた白髪の少女とはまた違う、光るその髪。

 驚愕とその異様さに見とれていると、堂々とした足音が耳に届く。カツカツ、カツカツ、とすぐ近くにそれはいた。

 急いで仮面を着け直し、問う。

「誰だ」

 バーテンダーの服装をした、黒髪の男。日本人らしい黒髪黒目で、やはり顔は整っている。どちらかと言えば男の様な、中性的な声で縁に答えた。

「……アンタと同じだよ。ノーサイドだけどな」

 縁が仮面を再度外してその男を見ると、自分と同じ色の糸――縁――が見えた。目線はただ縁にだけ向いており、何も気にしていなそうな表情だ。

 成程、と納得したのもつかの間、男はまた口を開く。

「アンタ、結びの特化だろ? 俺も術者とまでは言えないが、能力自体は同じだ。見てみたら同じ色だったんで声かけてみたんだ。迷惑だったらスマン」

「あぁいや、それは構わない。お前がノーサイドというのは嘘じゃないらしいし、武器も何も持っていないのはよくわかる」

「そうか。なら、綺麗な顔の御嬢さんに良いこと教えてやる」

 甘く口元を開き、縁に近づくと、耳元で大きく息を吸った。



「あれくらいで晶達は死なねえよ」



 瞬時に紅くなる腹。意味が解らなくなり目線を痛みの先に向けると、白銀が見える。熱い。焼けるような痛みが、何かが刺さっていることを提示していた。

「よ」

 姿勢を低くした晶がおちゃらけている少年のような笑みを浮かべ、ナイフを抜いた。溢れ出た液体を避けるようにヒヨも身を引く。晶は立ち上がると、他のメンバーが自分たちでだけであることを確認する。

「イヴ」

 ナイフに付いた血液を振り払い、倒れている縁に背を向けた。

「い……あ……」

 力が入らない。縁は抵抗する術も無くなり、ただ痛みを体に受けたまま意識も遠くならずに、イヴが向かってくるのを待った。

「いやぁ、縁さんだっけ?アンタが最初に俺を刺したのが間違えだったんだ」

 隠そうとするような素振りも見せずに晶は碧い眼を輝かせる。

「俺の能力は”壊す”ことだ。アンタの術は膨大な力を使う。その力はおそらく普通の能力者四人分程度の量を使うんだろう。それを補うために死なない程度の針を刺してピアノ線を媒体に力を集める。殆どの能力者は破壊という能力を持ってないし、持っていたとしても他と併用してほんの少しだけ」

 縁を覗きこむ眼が恐ろしい。有り得ない。晶の話す話はそう縁を思わせることだった。

「破壊以外はどんな能力でもプラスの作用を及ぼす。アンタの術はやっぱりプラス。プラスはただ一つのマイナスである破壊の力をプラスの分流すことで打ち消せる。だが、普通はそれだけの量を流せる【破壊特化型】なんていない。そう確信したのが仇だ。良いかい? ――――俺は壊すのが得意なんだ。それしか出来ないから」

 長い長い話が終わると、白銀は縁の視界から消える。そして、次に写ったのは白い影。その瞬間に、グチュリと自分の近くで音がしたのを確認した。

 首元から生温かい物が流れる。

「はい、御終い」

 意識がブチリと途切れ、走馬灯も流れずに何かが全て終わった気がした。

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