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BOXes 20@1  作者: 神取直樹
初編
1/18

話を聞かないのはいつものこと≪初編1≫

 コンビニから神を讃える歌が聞こえた。

 もうそんな時期になったのかと、車の中で遠目に雪を見ながら缶コーヒーを啜る。多くの人間が浮かれて騒いで何かしら物騒なことも起きるのだ。そして一部の人間は他人を妬み、SNSにそういうことを投稿することで、楽しんだりする。

――まぁ、楽しいのなら良いのだが。

 コーヒーが苦く感じる。俺の味覚はそこまで子供じゃない筈だ。いつもは紅茶だからか。あぁ、自動販売機なんぞじゃなく、コンビニで買うかマイボトルをこさえて持ってくれば良かった。

 だが今更悔やんでも仕方なく、晶はハンドルに項垂れる。

 晶はその日黒いフード付きのダウンコートとタートルネック、黒いブーツにジーンズ、十字架のピアスを着けて、夜という男と待ち合わせていた。

 ふと、歩道を歩くカップルがこちらを見てひそひそと話し、どこか遠くに歩いていく。

 黒を基本に身に着け愛用している晶も、流石にこのワゴン車は無いと思う。髪型以上に目立つ上、安全運転でも何故か警察に止められるという呪いか何かがかかっているのだ。出来れば普通車が欲しかった。そう思っても、今から買う金は無し。自分の為にと購入してくれたヤンキー上がりの父親を下に見るような行為は嫌だ。そこが晶にとっては悩むところであり、悩んでも仕方がない所でもある。

 終わりの無い讃美歌のBGMが、携帯を弄る彼の指を加速させる。何度弄り倒そうが、連絡はない。何度SNSを確認しても、通知はない。

『明日午後九時にS谷の大型スクリーンのとこに皆で集合!そのあと飲みたい!というわけで晶と南は車持参で!』

 昨日、仕事終わりにかかってきたSNSのグループ内の会話で、そう言っていたのは仲間の一人である夜の筈。現在時刻は午後十時。一度、車から出て辺りを確認してみたが、見知る顔は何処にもない。

 あったのは、黒い大きな物。

「……仕事だったら言えよあのクソ野郎」

 車の鍵はもう確認済みで、ポケットにあるのは携帯と多少の飴玉。そして当たり前のように仕事を押し付けてくる夜に対する行き場の無い怒りと憎しみである。

 動き出した黒い物体。彼のような立場的に言えば【虫】が動き出す。

「……走らなきゃ死ぬな。これは」

 晶は走り慣れたS谷の街を駆け抜け、人混みを逆走していく。度々周りの人間がこちらを振り向いてくるが、気にすることは出来ない。走らなければならない。

――ふと携帯が鳴る。

 音からして双子の兄の了だ。あの男も本当に間が悪い。腹が立つ。そんなだから女の一人も連れて歩けないのだ。何が弟と違って紳士だ。ただのアホだろうあんな奴。

 脳内から次々に沸く文句を飲み込み、今も鳴り続ける着信音。三味線のさくらを無視し、いつも使っている路地に飛び込んだ。

 後ろを振り返れば黒。黒を象徴し、闇夜をも勝るそれは、晶に覆い被さろうとする。

「無駄だ。お前なんぞに潰せるような人間じゃあない」

 虫が晶の体に触れる度、消えていく。

 晶は虫の集合体の中に手を突っ込み、内側から壊すことに専念する。いくら集まっていたって、消していけばいつかバラバラになってどこかに消え失せるだろう。

 だが、指の一端に何か温かい物が触れた。すべすべとしていて、ぷにぷにと弾力がある。決して虫ではない。片方の腕を取り出して、自分の頬に触れて確信した。

「んなアホなことがあるのか?」

 中に人間がいる。この虫は、人間に群がっていたのだ。もしそうなら、中の人間は虫に集られ死にかけている筈だ。

 身長は晶より低い。抱きかかえて助けられるかもしれない。頭に左手を添え、右腕で胴をしっかりと抱え込んだ。中の人間は当然ながら意識は無いらしく、ズッシリと重みが伝わった。

 ゆっくりと相手に張り付いている虫を取り除き、自分の方へと手繰り寄せる。すると完全に力が抜けて身を預けてきた。朦朧としたままよくここまで立っていられたものだと感心してしまうが、相手の顔を確認した瞬間、晶は焦る。

「おいしっかりしろ。起きろ」

 頬は赤く火照り、目は半開きになっていた。ちらちらと見える瞳の瞳孔は開いている。確実に死にかけており、体力が削られている証拠である。

 急いで虫を全て剥ぎ取り、潰し、相手の全身が見えるまでにした。

 すると中にいた人間は青年で、その後ろに一人の少女が抱き着いていた。

「さっさと何処かに行きなさい。俺はこの人間さえ大丈夫ならそれで良い。神社でも何でもこの街には沢山ある」

 幼い少女は真っ黒く澄んだ瞳をパチクリさせ、青年から手を放す。晶を見つめ、ニッコリとほほ笑み、その場を後にした。

 あんな子が虫なんて出せるのだろうか。大量の虫を出すには長い間現世に留まらなければならない。だが、あの少女はまだ死んで間もないようだった。霊の種類的にも、浮遊霊という感じである。

 が、何度も切れては鳴るを繰り返す三味線のさくら。それに死にかけていたが今は割と持ち直している青年。この二つで晶の思考はぱたりと止まってしまう。仕方がない携帯に出よう。

 そう思って携帯の画面を見れば着信十七件。出たら出たで怒られるのは目に見えている。

「申す申す」

『武士かお前は』

 晶とそっくりな低い声は確実に了のものだ。了はおそらくいつもの地下バーにいるのだろう。晶の好きなカクテルを作る音がする。本来なら晶の近くにいるべきである夜の声も聞こえた。

 腹立たしさを抑え込みながら、叱り付けてくる了の声を右から左へ受け流す。そして、青年のポケットやらカバンの中やらを漁り始めた。

 青年の持ち物は全て新品で、黒い上着に白い清潔なシャツ、傷みの無いジーパン、黒い厚底ブーツを身にまとっている。カバンは赤い肩掛けカバンで、いかにも若者風を詰め込んだようだ。

 だがカバンも財布も新品で、中身はぬるいコーラのみ。財布は長財布。とても重い。どこのポケットには何も入っておらず、恐ろしいほど何もない。

全て新品であることに不自然さを感じるが、いかんせん青年の自身の身元が解る物がない。まるで解らないように隠しているようにも思える。

 だが、その辺の追及は青年が目を覚ましてからにした方が良さそうだ。

 青年も熱は下がり始め、呼吸も安定してはいるが、念には念を押しておきたい。

『聞いてんのかこの野郎!」

「聞いてない。あと、これからそっち行くから一つベットを整えておいてくれ。それと沙汰か誰かを用意してもらえると助かるんだ。目の前の病人を連れて行くから」

 そう言って何も聞かずに通話を切り、青年を背負った。

 青年の体重はそれほど軽くもなく、肉付きは良いようだ。手ぶらで路地に来たのが吉だった。カバンも体にかけて、速足でその場を後にする。

 青年が譫言で「ショウ」と呼んできたのは気のせいだろう。

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