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7話 墓参り



 俺が信条としている主義は、事なかれ主義だ。

 事なかれ! と、心から祈っている感じが非常にぐっとくる。


 という訳で――。

 取り敢えず自らに起こった変化は自らの主義にのっとって見なかった事にして、当初の予定通り父母の墓参りに出かけた。


 当然車など持っていないので、最寄りの駅までは電車で、そこからはバスで移動する。


 父と母が死んだのは、俺がまだ九歳の頃だった。

 病気や事故ではなかった。直接的な原因がどうであれ、何者かの意思が介在した事件だった。

 だが全貌はまだ明らかになっていない。


 その最初の切っ掛けは、俺と彩花の誘拐事件だ。

 自宅にいた俺たち二人は複数人の男達へ連れ去られ、監禁された。

 犯人グループの要求は不明。少なくとも現在に至るまでそれは公表されていない。

 だが、その後の事件の経過などから推測は立てられている。


 ――KMSコーポレーション嘉見崎研究所。


 父――如月修也と、母――如月美砂の勤務先だ。そして其処が次の舞台になった。

 父と母は恐らくそこに犯人グループを招き入れた。

 そして俺たち二人もそこへ移動させられた。

 本来人質である俺たちを脅迫相手である父と母に接触させる意味は無い。だが犯人達は俺たちを其処へ連れて行き、結果として――関係者一同が其処に閉じ込められた。


 研究所は地上三階、地下二階のかなり巨大な施設だった。

 だがその地上一階部分を中心に大規模な爆破が起こり、外部から完全に接触が絶たれる。

 政府の遅い対応や、周辺に残った爆破解体などに時間が掛かり、俺たちが救助されたのは結局三週間も経ってからだった。

 ようやく救助隊が内部へ到達すると、中にあったのは様々な死体だった。


 餓死して既に腐っていた死体。

 何者かに喰われていた死体。

 銃撃された死体。

 凄まじい勢いで引き裂かれていた死体。


 生きていた人間は数えるほどで、何が起こったのかきちんと説明できる者はいなかった。

 俺が覚えている記憶も、事件の解決に役立つようなものは殆ど無い。

 ただ死んで腐り落ちていく両親の姿が、まるでコマ落としの映像のように脳裏に焼き付いているだけだ。


 だが当然この事件は大きな注目を浴びた。

 KMSコーポレーションが今一つ実態の掴めない会社であったこと、事件に対する政府の対応がどこか不自然であったこと、そもそも誰が何を目的として動いたか判らない事なども、耳目を集める理由となった。


 そして当然、その事件の切っ掛けとなったと思われる俺の両親と生存者である俺たち二人は、この事件を調べる者たちにとって格好の標的となった。


「――お久し振りですね、お二方」


 墓参りを終えた後、帰ろうとした俺たち二人を待ち受け呼び止めたのも、そんな類の人間の一人だった。

 男の名前は三樹谷淳。

 無精ひげを生やし、太り気味の中年の男だ。

 髪は薄くコートを着込み、口調は丁寧だが声はひび割れ、何処かざらざらとした印象を与える。

 所作自体はのんびりとしており鈍そうだが、目線だけがやたらに鋭く底冷えするような光を放っている。

 元警官の現探偵だった筈だ。


「ああ、久し振りです」


 俺は彩花の一歩前へと進み、声を掛ける。

 自分でも声に険が籠もるのが判った。

 意図的にやっている部分もあるが、半分以上は素だ。向こうの事情も分からないではないが、どうもこの男の事は好きになれなかった。

 まあ、ひとの内情を無遠慮に探ってくる人間に好感を持てという方が厳しいのかも知れない。


「で、何の用です? わざわざこんなところまで」

「なに、貴方が退院したと聞きましてね、お祝いがてら話を聞こうと思いまして」

「……話す事なんて何もありませんが」

「へぇ」


 三樹谷は嫌らしげな笑みを見せた。


「本当にそうですかね、あんた今回も随分な事件に巻き込まれたみたいじゃないですか、しかもあのデスゲーム事件を最後まで生き残ったサヴァイヴァー。その中でも攻略に中心的な役割を果たしたって聞いてますよ?」

「へぇ……誰からそんな事を聞いたんですか?」

「そりゃ言えませんよ。守秘義務ってやつです」


 オラルド事件と呼称されたデスゲーム事件。

 その事件に巻き込まれた人間の個人情報はかなり厳密に管理されている。

 俺がデスゲームに最後まで巻き込まれていたという事は調べられても、ゲーム内でどのように行動していたかは普通には調べられない筈だ。


 ……どっから漏れた?


 視線を俺の後ろにいる彩花へと向けるが、彩花は首を左右に振って否定する。


「いやぁ、大したもんですなぁ……実際に命が掛かったゲーム内で自らのリソースをつぎ込み、女子供を外部へログアウトさせる。貴方が救ったプレイヤーの数はかなりの数に上るそうじゃないですか。全くヒーローというのに相応しい」

「おいっ!」

「おや、これは妹さんには秘密でしたか? 申し訳ない」


 わざとらしく三樹谷が肩を竦める。

 明らかな挑発だった。


「……てめぇ」

「なら妹さん……これはご存じですか? 終盤になってくるとゲーム内空間の治安は悪化の一途を辿った。その中にはプレイヤーキラーに依存するようになってしまった人間も多かった。人をいたずらに発狂させる事を愉しんだりね」

「黙れ」

「そんな状況から貴方のお兄さんは数多くのプレイヤーを逃がした。自らの貴重なりソースを削ってね。そして同時にそんなプレイヤーを守るため――」


 気が付けば、身体が動いていた。

 右腕一本で三樹谷の胸ぐらを掴み、そのまま吊り上げる。


「は、ははっ……いよいよ本性を現しましたか?」


 苦しそうな表情ながらも、三樹谷は此方を真っ直ぐに見詰め笑みを浮かべた。

 そこには嘲りの色があった。


「随分と殺したそうじゃないですか。単なる経験値の為ですか? 吸血鬼のスキルを使い、吸い尽くしましたか? 暴力で蹂躙するのは楽しかったですか?」

「…………」

「妹さんの前で、それらの殺人が全て正しかったと、自らには何一つ恥じる事など無いと――胸を張って言えますか?」

「おい」


 頭のどこか冷静な部分が警告していた。

 これは挑発だと。

 三樹谷淳は海千山千の油断ならない人物だ。

 だが理由もなく人を不快にさせるような真似をする人間ではない。

 もっと合理的な判断が出来る男だ。

 ならば……。


「少し黙れ」


 だが、止まらなかった。

 不思議な高揚感が身体を包んでいる。


 ……なにやってんだ、おれ?


「もういいから、このままお前は帰れ」


 そんな言葉を告げた途端、覚えのある感覚が走る。

 ドラゴンランドにおけるスキル発動の感覚だ。

 そして同時に僅かな虚脱感。


「やっぱ……あんた」


 掠れ声で三樹谷が呟く。

 背後で彩花が息を飲むのが判る。

 片手一本で男を吊り上げているのに、碌に力を入れている気すらしない。このまま全力で投げ飛ばせば、多分人間の肉体などあっさり四散するだろう。

 それだけの力が……今の俺にはある。


「……はぁ」


 息を大きく吐いて、胸の中にわだかまった感情を鎮める。

 ……ほんと、なにやってんだよ。

 自分では気付かないが、色々あって俺も少しナーバスになっているのかも知れない。

 気が付けば、三樹谷の瞳は意思の光を失っていた。

 解放すると、そのままふらふらと無言で帰っていく。


「……兄さん」


 もの問いたげな彩花の声。

 そこに僅かな怯えの色が混じっているのは、俺の錯覚か。


「ああ、済まんが用事を思い出した」


 ここで全部素直に告白すべきだったのかも知れない。

 だがそれは出来なかった。

 多分、理由は下らないものだった。

 それが判っていながら、俺は……。


「お前は先に帰っててくれ。夜までには戻る」

「兄さん!」


 引き留めようとする彩花の声を背に、俺は足早にその場を離れる。

 無為に終わるかも知れない。

 だが、せめて何が起こっているのか、その取っ掛かりくらいは知りたかった。


 それを調べる心当たりはそれほど無い。

 いや、可能性があると思えるのは実質一つだけだろう。


 ある程度離れた場所の歩道橋の上でメールを打つ。

 宛先は怪しげなメールを送ってきた、魔女と名乗っていた存在。



 To:魔女

 Subject:無題

 本文

  いったい何が起こってる?

  知っているのなら教えてくれ。



 メールを作成すると、半ば祈るような気持ちで送信する。


「……とどいた、のか?」


 意外な事に、特に問題は起こらなかった。送信エラーなどの表示は出てこないし、何か他の異常も見受けられない。

 俺はメールの返信を、携帯の画面をじっと見詰めながら待った。

 数分の時間が経った。

 返事はまだ無い。


 このままここで待っていても仕方ないか。

 他の手掛かりも並行して調べるべきかも知れない。


 そんな事を考え、歩き始めた時だった。

 携帯が陽気な曲を奏で始めた。

 一瞬、期待に身体が震える。だがすぐに気付いた。曲の種類が違う。

 メールではなく、電話だ。

 確認してみれば、見覚えのない番号。


 ……誰だ?


 疑問に思いながらも携帯に出ると、開口一番といった感じで声が聞こえてくる。


「貴方が助けを求めてくる事を、私はずっと以前から予測していた」


 朴訥とした、鈴の鳴るような透明感のある声。

 声の温度が低いのに、なぜかやたらに得意気な感情が伝わってくる。

 まだ年若い、少女の声だった。


「お前、誰だ?」


 確認を兼ねて、端的に尋ねる。

 返ってきた答えは短かった。


「魔女」



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