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5話 自宅(1)



 防火シャッターが意外に速いペースで降りていく。

 俺はそれを眺め遣り、大きく息を吐いた。

 隣では彩花もほっとしたような表情をしている。


「……はぁ、何とか無事に済みましたね」

「後はこれであいつが死んでくれればいいんだがな」

「もしこれで死ななかったらどうするんですか?」

「火傷は尾を引くだろ? 地道に削るか、そうでなかったら病院を探し回って爆弾でも作るくらいしかないんじゃないか? どっちにしろ、その時点で勝ち目は結構薄くなる」


 そうならない事を祈るのみだ。


「そういえば確認せずにやっちまったが、この辺って人は残ってないか確認したか?」

「ああ、それは一応しました。ついでに火災の探知機も目についた所は切っておきました」

「おお、ナイス判断」

「ふふんっ、もっと褒めても良いんですよ」


 胸を張ってのわざとらしいドヤ顔。

 突っ込むのもなんなので、スルーする。

 彩花が不服そうなジト目で睨んできたが、これもスルー。

 今の俺からその程度のボケでリアクションが得られるとは甘い。兄は厳しいのだ。


「しっかし、一体なんだろうな、これは? 俺が事件に巻き込まれている間に、現実ではパッチでも当てられて、あんなモンスターが病院を跋扈するようになったのか? それならそれでグッジョブと言わせて貰おう」

「言わないで下さい。そのパッチはきっとウィルスに汚染されています。ついでにそんな兄さんの頭はきっとバッドステータスに侵されています」

「惜しむらくは出てきたボスガエルらしき存在が、蛙だという事だな。あれがムチムチボインのエロお姉さんになるMODの発表が待たれる所だ」

「私たち、そのエロお姉さんを現在進行形で焼き殺そうとしている訳ですが……」


 彩花の言葉に俺は頷く。


「哀しいすれ違いだったな。きっとシャイで言葉で想いを伝えられなかったんだ。だからディープキスと熱烈なハグで、自らの燃えさかる恋心を表現しようとしたのだろう。思えば彼女も悲しい人だった」

「……色々言いたい事はありますが、一つだけ。あんなのに愛されて嬉しいですか?」

「愛される事は常に喜びだ」

「成る程、流石は兄さんです。その懐の深さ、とても私の及ぶところではありません」

「一体何の話をしてるんだ、君たちは」


 そんな風に防火シャッターを監視しながらだべっていると、階段の上から呆れたような声が響いた。


「畜生……私は高校卒業の時に、絶対にもう走ったりしないって決めてたのに」

「…………」

「……ダメだぞ、彩花。それって何年前の事ですか? とか尋ねちゃ」

「おい、聞こえているぞ。私はまだまだ若い」

「俺の知り合いの80才のおばあちゃんもそんな事を言ってましたよ」


 俺の言葉に上戸先生は答えず息を大きく吐くと、視線を防火シャッターの方へと向けた。


「それで、作戦はうまくいったのか?」

「今のところは……。後はあれで息の根を止められればいいんですがね」

「兄さんは成功率はどの程度と見積もってるんですか?」

「さあな。対峙してみた感じ、サイズこそ常軌を逸していたが、残りは普通の野生動物レベルだった。そして野生動物だったら、炎は有効なはずだ」

「さて……どうなるか」


 上戸先生が小さく呟く。

 それから暫く、三人は無言で防火シャッターを見詰めた。

 数分が経っただろうか、俺のポケットから聞き覚えのあるメロディーが聞こえてくる。

 メールの着信音だ。



 From:魔女

 Subject:クエスト『病院脱出』――クリア

 本文:

  おめでとう。



「……なんだかなぁ」


 今一つどのように反応して良いのか判らず、携帯のディスプレイを眺める。後で、ありがとうとでも返してやろうか。

 そんな事を思いつつ、携帯の画面を二人に見せる。

 気が付けば、階段の上からざわめきが聞こえてきていた。

 少なくとも先程までと何かが変わったのは確からしい。

 ゆっくりと俺たち三人は階段を上がっていった。





 結局のところ、魔女と呼ばれる人物から送られてきたメールは間違っていなかった。

 一階へ上がれば、見慣れた病院の光景があった。

 患者や医師などの姿も見える。


 彼らが今回の事態をどのように認識しているのかはよく判らなかった。何事かが起こった事は認識しているらしいが、超自然的な現象に巻き込まれたといった驚愕は感じられない。

 ただちょっとした事件に巻き込まれたといった感じだ。


 現場には警察も来ており、病院から出る人間の連絡先などを控えていた。

 上戸先生とはそこで別れた。彼女は自分の面倒を見ている患者達を確認しておきたいという事で、お互いの連絡先を交換して俺たち二人は先に自宅へと戻った。


 正直、その事に対して躊躇いが無かった訳ではない。

 だがどこに何を訴えればよいのかも判らなかった。説明しても面倒くさそうな事になる予感がひしひしとしたので、そこら辺はあっさりと無視した。

 そして一応警察にも確認したが、今日の所は帰ってよいそうなので、お言葉に甘えてそのまま退院手続きする事にした訳だ。


 病院から出て、歩いていく。

 病院の周りを散歩する程度はしていたが、このように完全に外へ出るのは随分と久し振りに思える。

 実際、デスゲームに捕らわれていた期間を含めれば二年半程度。それ以来という事になる。だからだろうか、どこか郷愁に似たものすら感じてしまう。

 純粋に嬉しい訳でも、嫌な訳でもない。不思議な気持ちだった。無感動ではいられないが、単純に喜ぶには何かが邪魔する。


 そんな風に辺りの風景を飽きずに眺めている俺を、彩花は静かに見守った。

 非常にゆったりとしたペースで、俺の隣を歩きながら。


 時刻は夕方になっていた。

 辺りが茜色に染まり、下校途中なのか小さな子供の声が遠くに聞こえる。

 ここら辺は閑静な住宅街だ。集合住宅もそれほど高いものは建てられない。だからだろう、開発も穏やかで割合街の雰囲気も落ち着いていた。


 尤も、ここら辺りもこの二年で随分と様変わりしたようだ。

 見覚えのない建物が随分と多い。古い家を取り壊し、新しく建て直したのだろう。

 だが、自宅についてはまるで変わっていなかった。


 二階建ての一軒家。

 それほど大きい訳ではないが、家族二人で暮らすには少し大きすぎる。ましてや俺が居なければ、彩花一人だ。今更ながらにその事実を思い出し、少し心が痛んだ。


 自宅へ近づくと、彩花は小走りで俺を追い越し家の扉を開ける。

 そして一人で中へ入ると、扉を手で開けたまま一言告げた。


「――おかえりなさい」

「……あ、ああ、ただいま」


 言葉少なにやりとりし、家の中へと入る。

 家の中も外と同じく変わっていなかった。内装も全くと云って良いほど同じだ。


「色々あって忘れてましたが、、兄さんは学園はどうするんです? 試験は通りそうなんですか? あと少ししたら延々と補習漬けの日々なんですよね」

「俺に現実を思い出させるな」


 補習を受けて最後に試験。

 通らなければ彩花の一学年下という屈辱に耐えなくてはならない。

 ……おのれ、杓子定規な役人どもめ。少しは融通をきかせてくれてもいいものを。

 まあ、向こうからすればこれでも十分に譲歩しているという事なのかも知れないが。


「まあ、落ちたら先輩として色々と教えてあげますよ?」


 彩花が何だからやたらと嬉しそうに笑う。


「人の不幸を想像して喜ぶのはどうよ? と兄は思うぞ」

「他人の幸福で不幸になるより、他人の不幸で幸福になる方が人間として優秀だと習いました。その教えを鋭意実践中です」

「誰だ、そんな傍迷惑な事を教えたのは」

「貴方です」


 そんな他愛のない話をしながら、リビングで過ごす。

 今日巻き込まれた異様な事態については、殆ど話題に出なかった。

 多分、俺も彩花も非日常にはうんざりしていたのだろう。

 俺は直接巻き込まれて、彩花は一人そんな俺を待ち続けて。


 暫くすると彩花が夕食を用意すると言って立ち上がった。

 飾り気のないシンプルなエプロンを慣れた様子でつけ、髪を纏め、調理を始める。その手際は随分と良く、やっている彩花は楽しそうに見える。


 俺が居た頃は、まだぎこちなさが残っていた筈だ。

 それが今ではこうか……。

 時間の流れを実感する。

 出てきた料理もうまかった。

 それを素直に伝えると、彩花は平静を装おうとしてたが、全く装いきれずに、はにかむような笑みを見せた。

 その表情を見て、俺もなんだかほっとしたのだ。

 ああ、帰ってきたのだ、と実感がわいたというべきか。



 その日の夜、彩花が俺の自室へと突然やって来た。

 用件を尋ねる俺に対し、彩花は言葉少なに答えた。


 ――上戸先生が今日の出来事の事を忘れている、と。



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