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2話 病院脱出(2)



 病院の廊下を小走りに駆ける。

 人もいる。それに何があるのか判らない。全速力で駆ける訳にもいかない。

 諦めたのか、あれから彩花がぽつぽつと吐いた情報によれば、どうやら不審者の集団のようなものが侵入してきたらしい。


 ただそれにしては随分と要領を得ない。

 彩花も他の何人かと一緒に逃げ隠れしているらしいが、現在位置も判らず、そもそも何から逃げているのか、そして相手が何を目的としているのかもよく判らないようだ。


 ……テロ?


 一瞬そんな言葉が頭を掠めるが、すぐにそれを否定する。

 病院を目標としたテロなど訳が分からない等という話ではなくて、これは彩花に対する信頼のようなものだった。

 テロや通り魔のような判りやすい犯罪ならば、それに応じた言葉を彩花は告げたはずだ。


 彩花の言葉は要領を得なかった。

 逆にそれが彩花の巻き込まれている事態をある程度は説明している。


 ……つまり、よく判らない事態って訳だ。


 内心でそんな言葉を転がしても、当然ながらさっぱり展望は開けない。

 仕方ないので、取り敢えず病院の出入り口辺りから見ていこうとして、ふと妙な事に気が付いた。


 ……ここ、こんなに広かったか?


 自慢ではないが、入院生活も長い。必然的にこの病院の中は見慣れていた。少なくともそのつもりだった。ましてや、出入り口と病室との間などという場所であれば尚更だ。

 だが、目の前の光景は明らかに見慣れたはずのものとは違う。

 具体的にいってしまえば、廊下がやたらに長いのだ。


 いつもは廊下の奥へと進んでから階段を下りるのだが、仕方ないので少し戻り近くの階段から一階へと下りていく。

 此処は三階だ。

 当然、二階分の階段を下りれば一階へと着く。

 内心、着かなかったららどうしようかと思ったが、幸いそんな事は無かった。


「……おい、おいっ」


 だが、一階の光景が明らかにおかしい。

 あったはずの人の気配が消えている。

 出入り口から覗く外の光景は、まるで乱暴に描いた子供の落書きか、アヴァンギャルドな油絵のようだ。


「ちっ」


 取り敢えず一歩一歩、慎重に歩を進める。

 部屋があれば取り敢えず開けて中を確認してみる。


 ……人はいるはずだ。どこかに、必ず。


 だが、少なくとも受付には誰もいない。

 薬を受け渡す会計場所などにも人の姿はない。いつもはやたらに混んでいる癖に、人っ子一人いないのだ。

 それはどこか不気味な光景だった。


 携帯へちらりと視線をやる。現在は電波が通じていないようだ。

 先程は通じた筈。そしてそれを通じて同じ音を聞いた。

 ならば、彼らはどこかへ逃げたのか?


 一体何処へ? そして何故?


「……っ!?」


 そんな事を考えていた時だった。

 会計の奥にある従業員用の部屋から、音もなく現れたものがあった。


 ――蛙だ。


 だがその大きさは並はずれている。

 小さな子供ほどはある高さ。横幅や重さは、並の大人以上あるだろう。

 それが数体、のたのたと、ゆっくり四足歩行で此方へ向かってきている。


「くそっ!」


 一体いつから病院はあんな化け物を飼育するようになった!

 厚生労働省に訴えてやる!


 悪態をつきながら、脱兎のごとく駆ける。残念ながら俺は爬虫類ジャンキーなどではない。未知の動物相手にコミュニケーションを試みるほど物好きでもない。

 だが、追い掛けてくる。

 しかも、ペースを上げた蛙はかなり速い。


「……畜生」


 悪態一つつき、カウンターを飛び越え、受付の中へと駆け込む。

 この手の部屋は来客を最初に迎える場所だ。奥に警備員などが常駐する場所があってもおかしくない。ならば何か役に立つものが無いかと思ったが……。

 警備員用の控え室らしきものはあった。

 だが中を開けても碌なものが見当たらない。


「はっ!」


 焦る気持ちを押し殺して、警備員室のロッカーを片っ端から蹴破る。


「よしっ!」


 お誂え向きに制服と一式になっていたスタンバトンが見つかった。

 当然ながら、拳銃などはない。まあ、あっても碌に使えんが。

 他のロッカーにあった予備のスタンバトンもズボンに適当に突っ込み、右手に構える。スイッチやセイフティーを調べ、動作を確認した時――背後で物音がした。


 どんっ、どんっ、と重量のある柔らかい物を扉に叩き付けているような、そんな音だ。

 弾かれたように視線を向ける。視界に映ってきたのは、カウンターを蛙が跳び越えようとして失敗している光景だった。

 その度にどこか粘着質な衝突音が響いていたのだ。


 だがそれほど余裕はなさそうだ。

 見た感じ、蛙の跳躍力はカウンターの高さぎりぎり。いつ跳び越えられるか判らない。

 なので、飛び掛かってくる蛙の巨大な目玉に向かってスタンバトンを突っ込む。

 肉が焼ける不快な匂いと、不気味な悲鳴。


 うん、君たちはもしかしたら敵意一つないのかも知れない。一族に伝わる友愛の合唱でも披露してくれるつもりなのかも知れない。機会があれば是非とも聞いてみたいと俺も思うよ。


 ――でも、死ね。


 此処は日本だ。取り敢えず日本語覚えてから出直してこい。テレパシーでも可。


 そんな事をやっていると、流石に諦めたらしい。というか、それどころでは無くなったというか。

 スタンバトンで目をやられた個体もまだ生きているが、痛みでパニック状態になっており、それが伝染しているようだ。


 ……なんだ、随分と普通だな。


 正直拍子抜けだが、まあいい。

 のたうち回る蛙たちを横目に、彩花を捜しに行こうとカウンターを乗り越える。

 その時、声がした。


「兄さんっ!」


 視線をさ迷わせれば、向こうの廊下の奥からやって来た妹の姿が見えた。

 ストレートの長髪に女性らしい肢体。顔つきは整っているが、まだ成長しきっていない幼さが見える顔立ちの所為だろう、怜悧な印象はない。

 兄としては自慢の妹だが、唯一俺より背が高いのは何とかならないものか、畜生め。

 中三になったばかりの頃にデスゲームなんてものに閉じ込められて、それから身長は全く伸びていない。成長期がまだだった事もあり、おかげで今では一歳年下、つまり妹と同年代の女の平均身長より僅かに上回っている程度しかない。平均より少し上の彩花よりほんの僅か、ちょびっとだけ下回っているのだ。


 そんな彩花は、傍には白衣を着た女性を一人連れている。軽くウェーブの掛かったショートの髪に、どこか険のある目付き。

 俺も何度か見て貰った事がある。

 名前は確か……上戸先生とか言ったか。


 蛙を大きく避けるようにして、そちらへ駆け寄る。幸いな事に蛙は此方に気付く事もなかった。


「よう、無事だったか」

「兄さんこそ。携帯が突然繋がらなくなってどうしようかと思いました」

「そういや、一階は待合室とかあるから携帯が使えるようになっている場所が多いのか」

「ええ」

「……お互い情報交換はしたいが、此処は危険だろう。取り敢えず離れよう」


 上戸先生の言葉に従って、小走りになって移動する。

 着いたのは警備管理室だった。

 いざという時に立てこもれるようにだろうか、扉も随分と頑丈そうだ。


「外の光景を見れば一目瞭然だが、なんだか病院も妙に変質していてな、まともに立てこもれる場所は此処くらいだった。システムは落ちているが、籠城するなら取り敢えず問題はない」


 扉をロックして三人とも椅子へと座ると、早速といった感じで上戸先生が口を開く。


「で、早速だが何が起こったのか判るか?」


 その問いは尤もだったが、あいにく此方も答えは持ち合わせていない。

 首を左右に振って否定する。


「いえ、全く」

「ま、そうだろうな」

「逆にこっちが聞きたいですね、何か判ってる事はあるんですか?」

「判っている事は殆ど無い。起きている現象は摩訶不思議の一言だ。正直何も見なかった事にして帰って寝たい。帰れなくても仮眠室で安眠したい」

「全く同感です」


 上戸先生の言葉に俺は深く頷く。

 それを彩花は呆れた顔で見ていた。


「ま、しかしそんな事を言っても始まらんな。不幸にも我々はよく判らん事態に巻き込まれた。まず状況を一個ずつ確認していこうじゃないか」

「じゃあまず最初に一ついいですか?」

「なんだ?」

「此処に元いた人たちはどうしたんですか? 待合室や病室にも患者や病院の人間が多数いた筈ですよね?」

「ああ、それか。――消えた」


 あっけらかんとした上戸先生の言葉。


「……はぁ。そうですか、消えましたか」


 俺の口から出てきたのは返答は、そんなものだった。

 何だか乗り遅れたというか、どんな反応を返せばよいのか判らなかったのだ。

 もうちょっと会話の段取りというか、ソフトなスタートを心掛けるべきだと思う。


「ああ、消えた」

「…………」


 暫く待ったが、続きの言葉は無かった。

 それを見た彩花が、少し焦ったように言葉を継いだ。


「本当に掻き消えるようにいなくなってしまったんです。私たちの目の前で」

「代わりに出てきたのが、あの蛙やらだ。ただ事態は一階が最も進んでいて、上の階ほど穏やからしいな。私が見回っていた時、少なくとも二階の患者は存在していた」

「……その患者は?」

「いなくなった」


 不機嫌そうに上戸先生が答える。


「この状況で見に行ったんですか?」

「この状況で妹を探しに来た君に言われたくないが……まあ、私も医者の端くれだ。患者に対しては責任がある」


 そう言って、上戸先生は微かに苦笑した。

 その時だった。


「~~♪」


 ズボンのポケットに入れてある携帯が、場違いに軽快な音を立てた。

 メールの着信音だ。

 こんな時に……。

 一瞬そんな事を思ったが、すぐに先程まで電波が完全に死んでいた事を思い出す。


 視線を二人の方へとやれば、事態に気付いたのだろう、険しい目付きをしていた。


「…………」


 唾を飲み込み、メールを見る。

 内容はこんな感じだった。



 From:魔女

 Subject:クエスト『病院脱出』

 本文:

  病院内にいるボスガエルを倒せば、そこから出られる。

  逆に言えば、倒さないと出られない。

  がんばれ。君にならきっと出来る。

  健闘を祈る。



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