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1話 病院脱出(1)

とりあえず区切りのよさそうなところまでは書けそうなので投稿してみます。

色々と練習も兼ねて。


 世はなべて事も無し。

 世間を騒がし、数多くの犠牲者を出したオラルド事件から既に三ヶ月が経過していた。

 日本を中心に、全世界で五十万人近くの人間が巻き込まれたデスゲーム事件。


 オラルド社の運営していたドラゴンランドオンラインというVRMMOのゲームが突如ログアウト不能になり、ゲームの死亡が現実の死亡とリンクするという、言葉にすればそれだけなのだが現実への影響は大きかった。


 誰が何のために?

 そしてどのように?

 そもそも、そんな事がなぜ可能だったのか?


 原因究明はまだ始まったばかりだ。

 それに巻き込まれた俺――如月克也としても、事態の究明に全く興味がないかといえば、無論そんな訳はない。

 だが、こっちに戻ってからはリハビリやら事情聴取やら検診やらでばたばたしていたし、正直目先の事で手一杯だったというのが実情だ。


 尤も三ヶ月経った現在、何とか俺の周囲も落ち着きを取り戻し始めていた。

 一時期は延々とやっていたニュースも、最近では普段のルーチンを取り戻している。


 まあ解決したのは三ヶ月前でも、事件が起こったのは二年以上前だ。

 飽きっぽい世間はとっくにこの話題に飽き飽きしていたのかも知れない。


 それに応じてメディアの取材なんかも随分と少なくなってきて、その事は大変よろこばしい。

 更に二年以上の期間にわたって寝たきりだったにしては何故か肉体の衰弱は非常に軽微で、もうある程度普通に動けるようになった。

 この事も同じく大変喜ばしい。


 医者が何やらいわく言い難い顔をしていたが、構わない。そっちで勝手に理屈をつけてくれ。


 それはいい。

 健康第一。

 健全な精神は健全な肉体に宿る。

 健全じゃない精神だって健全な肉体に宿る事に越したことはない。

 筋力やら何やらが落ちて、まともに生活も出来ない状態よりはずっとよい。


 だが世の中、問題の種は消えないものだ。

 差し迫った緊急の問題に何とか目途がつけば、次に顔を出すのは深刻ではないが切実な問題。即ち――。


 勉強がまるでわかんねぇんだよっ!


 ……泣きたい。

 自慢ではないが、成績は悪くはなかった。優等生という訳ではないが、劣等生という訳でもなかった。

 中の上か、上の下程度はキープしていたのだ。

 それが目を覚ましてみたら……。


「……はぁ」


 思わず溜め息が漏れる。

 この問題の対策部門の役人は、望めば延々と補習を受け、試験に合格する事で何とか出席日数は大目に見ると言っていた。もしくは二学年下へ移れと。

 これ以上肩身の狭い思いをしてたまるかと、まだましに思えた前者を選択した訳だが……。


「……ふぅ」


 もう一度溜め息を吐いて、視線を落とす。

 そこにはまるで意味不明に思える補習用の教材があった。


「……習慣って大事だなぁ」


 しみじみと呟く。

 二年以上勉強していなかった所為で、なんかこう身体と頭が勉学に対して拒絶反応を示すのだ。

 特に積分記号やシグマなんて見ると、もう嫌になる。


「あーあ……っと」


 背だけを起こしていた身体を再び横へと戻す。

 こまめに洗濯されている寝具は埃一つ立てない。

 室内には、窓から穏やかな陽光が注ぎ、外からは小鳥のちゅんちゅんと鳴く音が聞こえてくる。


 今日で退院の許可は出ている。

 後は簡単な手続きで家へ戻れる訳だが、どうも実感が湧かなかった。

 こんな静かな病室も穏やかな外の世界も、酷く遠く、どこか作り物めいて感じられる。


 だがそんな下らない感慨を玩んでも仕方がない。

 そろそろ迎えの来る時間の筈だ。

 時間を確認しようと病室の時計の方へ視線を向ける。

 ――その時だった。

 遠くから何かが聞こえてきたのは。


「……ん?」


 耳慣れない音だ。

 外からではない。病院内から聞こえてきたように感じられる。

 意識を集中して耳を澄ます。

 足音。扉を乱暴に開く音。ざわめき。そして……悲鳴?


「――っ!」


 気が付いたときには、跳ね起きていた。

 視線を辺りへ巡らせ、目的の物を引っ掴む。

 ――携帯だ。

 スリープモードからオンにすると、当然の事ながらメインの画面が映る。そこにある現在時刻を確認し、舌打ち一つ。


 やはり、妹である彩花が迎えに来る時間が近い。


 ……どうする?


 かけても問題ないのか。そもそも彩花は問題に巻き込まれているのか。

 杞憂という事も十分に考えられる。

 だが、どうしても不安は拭えない。


 意を決して、俺は登録されている彩花の携帯へとコールしようとした。が、かからない。何故? 一瞬焦るが、病室では自動的に携帯にロックがかかる事を思い出した。

 再び舌打ち。


 優秀で真面目なのはいいが、いざという時に融通が利かない。そんな所はいかにも日本企業で最先端だ。

 内心で悪態をつきながら、部屋の扉を開ける。

 外では、同じく騒ぎを聞きつけたのだろう、不安そうな顔をした人たちが散見された。


「何があったか判りますか?」


 辺りの人間を適当に掴まえて問い掛ける。だが碌な答えは返ってこない。

 見た感じ、看護婦など病院内の人間も似たような感じらしい。


 ……此処にいても仕方ないか。


 携帯が使えるようになっている休憩所へ行き、再びコール。

 合成音の呼び出しが耳に届く。聞き慣れたそれがやけに不吉に聞こえて、思わず唾をのんだ。

 1コール、2コール、……中々出ない。

 嫌な予感が胸の中を広がる。

 辺りの様子も段々と騒がしくなってきていた。明らかな異常事態だ。


「はい」


 どれだけ待っただろうか、恐らく大した時間ではなかった。だがやけに長く感じた待ち時間。その後、聞き慣れた声が携帯の向こうから聞こえてきた。


「……はぁ」


 大きく安堵の息を吐く。

 声に目立った異常は無い。取り敢えず無事のようだ。

 ……いや、待て。

 今の声、本当に普通だったか?

 そして携帯の向こうからも聞こえるざわめきと物音。


「今どこにいる? 俺の迎えに来るなら今は来ない方がいいぞ。なんだか騒ぎが起こってる」

「その警告は十五分ほど前に欲しかったですね。現在、絶賛巻き込まれ中です」

「いつも時間通りに行動してるからだな。間違いない。俺は詳しいんだ。……で、大丈夫なのか?」

「優等生ですから、規範に従って五分前行動。規律を破るのは、たまにだから背徳感が味わえて楽しいんです。……まあ、今のところは」

「と、いうか、一体お前何処にいて、何が起こってるんだ?」


 彩花は何とか冷静さを保っているようなので、肝心の問いを投げかける。


「…………」


 返ってきたのは沈黙だった。


「おい」

「いやぁー、世の中広いですね。神秘に満ちあふれています。私としてはもっと優しさに満ちあふれていてくれると嬉しいのですが……。人生ままならぬものです」

「お前の得た人生訓はどうでもいいんだ。5W1Hを明確に述べよ」

「妹の成長に興味ないとか、兄の風上にも置けません。もっと私に興味を持つべきだと思いませんか? というか、持て」

「いや、妹の成長に興味ありありとか、そっちの方がまずいだろ?」

「兄さんは世間の常識にとらわれない素晴らしい人格者だって、わたし信じてます」

「信じるな。兄は社会に決められたレールをひた走る草食系だ」


 というかコイツ、質問に答える気が無いのか?

 さっきから、はぐらかしてばかりだ。


「…………」

「…………」


 不自然な沈黙。

 それを破ったのは、悲鳴だった。携帯の向こうから、そして微かだが遠くから直接に聞こえてきた。


「おいっ!」


 ……なんだ? 何が起こってる?


「問題ありません」

「本当だろうな?」

「ええ、勿論。順風満帆理路整然、この世は通常通り運行しています」

「ええいっ、ためらいなく嘘をつくなっ! そんな子に育てた覚え、兄にはないぞっ!」

「……理不尽な」


 どちらかと言えば、そちらの方が理不尽だ。多分7対3か、6対4くらいで。

 だが兎も角、これではっきり判った。

 彩花の奴、質問に答える気がまるでねぇ。

 声の調子は特に変わらない。それほど差し迫ったナニカがある訳じゃないだろうが……。


「ったく、いいか? 今から俺は騒ぎの中心の方へ向かう。正直に情報吐いてそれを止めるなら今の内だぞ」

「……わたし如月彩花。実は今自宅にいるの」

「はい、ダウト。メリーさんっぽく言ってもダメです」

「可愛い妹のちょっとした嘘には騙されてあげるのが、兄の甲斐性だとは思いませんか?」

「思いません」


 病院で起こる非常事態など火事や地震しか思い浮かばない。

 だが煙は見えないし、人の動きもそういった風ではない。地面は当然の事ながら揺れていない。

 そして彩花の態度を考えると近づけば何らかの危険があるらしい。


「ここで、来ないでっ……とかしおらしく涙ながらに言って、その通り来ないでくれる素直な兄なら良かったんですが、逆効果になりそうなので言わないでおきます」

「言ってみたらどうだ? 警察が封鎖している場所を乗り越える程、俺も馬鹿じゃないぞ」

「嘘ですね。私の知る兄さんはそんな賢くありません」

「おいっ」

「まあ、いいです。兄さんに心配されるのは、正直まんざらでもありません。ここずっとこっちが心配し通しでしたからね。ここら辺で心配の賃貸対照表を少し健全化しておくべきでしょう」

「意味不明の理屈をこねるな。俺の鍛え抜かれたスルースキルが火を吹くぞ」

「じゃあそんな面倒くさがりの思考を持つ兄さんにも判りやすく、そして端的にお教えします」


 彩花はそこで言葉を切った。

 一瞬の沈黙。

 それがやけに長く感じる。

 意識を携帯に向けているからだろうか、周囲の混沌としたざわめきも何処か遠い。


「――気をつけてください」


 やがて告げられた彩花の言葉には、隠しきれない緊張が含まれていた。



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