カインズの話術
「人通りはまったくないな。」
初めて洞窟の外に出る。じめじめとしていた洞窟と違い、
空気がすんでいる。
太陽は既に西に大分傾いている。
スマホの充電は今日はできそうにない。
周辺の散策をかねて洞窟から続く獣道のような細い山道を歩く。
ところどころ生い茂る野草のせいで道がわかりづらい。
こんなところに洞窟があるなどとは現地の人しかわからないだろう。
遠くを見ると、車が通れそうな程度の太い道にはつながっているようだ。
細い山道をはずれると、すぐ近くに崖がある。
柵やガードレールなどはもちろんない。
水の流れる音が聞こえ、恐る恐る覗き込むと
下は川が流れていた。
落ちても死ぬ事はないだろう。
…多分。
それにしてもダンジョン運営者って外にでれるんだな…。
移動距離制限ってあるのか?
ないなら、別にダンジョン運営する必要ないよな。
「何をやってんだ?」
「みればわかるだろ?魚取ってんだよ。」
急ながらも下る道をみつけ、降りると
眼帯男カインドが川で何やら作業していた。
食料とってこいといっておいたからな。
今日の夕飯は魚か。
カインドは上半身裸だ。
そこそこ引き締まってはいる。
そんなサービスシーンうれしくも無いんだが…。
川に入ってるカインドをみるに水位はひざ位までの高さのようだ。
近寄ると水中には泳いでいる魚が見える。
恐ろしいまでに澄んでいる。
ゲームの世界だからか?
「釣竿とかないのか?」
「作れなくも無いが効率が悪い。」
カインドの手にもっているのは、網のようなもの。
「そんな便利なものあったのか。」
「服の下に着てる鎖帷子だ。」
「鎖帷子ってのは、そういう風に使うのか?」
「そうだ。知らなかったのか?」
「…どのくらいとれた?」
「数日分はとれた。そっちに簡易のいけすをつくっておいた。
好きなだけもっていくといい。」
川からはなれた場所に、大きい水のたまり場があった。
つくったというより、もとからあった天然の水たまり場を
石で囲ったような感じだ。
「うまいんだろうな?」
「もちろんだとも。どれも最高の味さ。」
いけすには、
金魚みたいのとニジマスみたいの、錦鯉みたいなのがいた。
あいにく、魚の種類は詳しくないが、錦鯉っぽいのはかなり色鮮やかだ、
おなか壊さないだろうか?鮮やかすぎて、毒が入ってそうなきがする。
そもそも全くおなかがすいていない。
食欲がないのは、
ダンジョン運営者であって既にこの身が人間ではないからか。
ダンジョンはゲームでカテゴライズするなら魔物らしいが、何を食べればいいのか?
ダンジョンは、人や人の感情を食べ、魔力に変換すると説明に書いてあった。
そのうち人が食べたくなるのだろうか
少し自分が怖い。
「これだけ取れれば十分だろう。次は薪を集めてくれ。」
「おいおい、それも俺にやらせる気か?」
「ほかにだれがいる?」
「いや、アンタとか、あるいはシャルとかでもいいんじゃないか?
生きてるんだろ?」
「シャル…?‥‥‥‥ああモブ女か」
「モブ?」
「なんでもないこっちの話だ。」
…あの女がオレの言葉に従う姿は想像できない。
そもそも、あまり話したくない。
顔はわるくない、というよりいいんだが、やかましいんだよな。
「あの女は今寝てるから薪はお前が集めろ。
かわりに、調理はフリルにさせておく。」
「わかったよ。人使いの荒い奴だ。」
つかれたつかれた、ともらしながら
俺の座っている岩の向かいに同じように座るカインド。
そのまま、オレの姿を無遠慮にじろじろ見る。
「…おい。何だ。」
「さすがに小休憩くらいはさせてくれてもいいだろう。」
「それは、かまわないが、なぜオレをみる。」
気持ち悪い。変な趣味でもあるのか?
「いや、オレにこれをつけたご主人様はどんな御方であらせられるのかな、とね。」
そういって首輪をさす。
男の首には複雑な文様がかかれた魔具、奴属の首輪がつけられている。
一つしかもっていない奴属の首輪。
俺が迷いに迷ったあげく、欲望より、保身をとり、男につけたものだ。
カインドは奴属の首輪を知っている口ぶりだ。
奴属の首輪の存在は、こっちでは常識なのだろうか。
「…別に。普通の人間さ。」
「こんな人里はなれた山奥の洞窟にこもっていて、普通か?
服装もこのあたりのものではないな。
俺に食料とってこさせる所や量を考えるに、あんた一人で住んでるんだろ?」
「そんなに俺が気になるか?」
「当然さ。俺とかシャルは、ガンダレフの偵察部隊だと思ってたんだがな。
が、どうにも、違うようだ。」
「答える義務は無いな。」
答えれば答えるだけぼろがでそうなので口をつぐむ。
「ふ~ん。」
男は興味深そうにまじまじとみている。
「…あまり見るな。」
「なぜ?」
気持ち悪い上に、居心地が悪い。
フリルやモブ女の場合、反抗的なら組みふせる楽しみがあるが、
男にそういう事をする趣味は全くない。
それにしても奴属の首輪、というのはどれくらいの効果があるのか。
「みるな。」というオレの言葉に対し、「なぜ?」と返された。
これは強制力が働いてないのではないか?
つけさせている本人に聞くのもどうかと思うが、
ここは一つ、確認とって見るか。
細かい性能をしっていないと、とっさのとき役立たないしな。
「お前はその首輪を知ってるんだな?」
「まぁな。知り合いに奴隷商もいるしな。」
話を聞くに、この男、奴隷商とつながりがあるようだ。
この男のいるレズ盗賊団は、山道を通る商隊から通行税をとって生計をたてているらしい。
その交渉役を請け負っていたのがカインドだという話だ。
この男、妙になれなれしさと、話しやすさを感じていたが、話術専門か。
国と国の境界ともなっているこの山脈、
迂回するにはまた相応のリスクがあるみたいで、
一定の商隊はここを通らざるをえない。
その中には奴隷商もいる。他の商隊よりはるかにはぶりがいいという。
「国家間の主要な貿易路なら、盗賊を野放しにはしないと思うけどな。」
「ところがどっこい国同士が非常に仲が悪くてな…。まず」
「いや、いい。話がそれた。それで?この首輪についてなんだが。
性能と効果を教えろ。」
男がわずかに目を見開き、何事か考えるそぶりをみせる。
む?
「妙な事は考えるなよ?性能と効果を教えればいい。」
「……わかった。この首輪は従順な奴隷を作るための調教用のものでだな…。」
カインドは掻い摘んで話した内容は。
特定の言葉で、首輪装備者を状態異常にさせる、ただ、それだけだった。
「…なんだと?」
「俺がひいきにさせてもらっている奴隷商は、電流が流せる仕組みだったな。
逆らうたびに、電流を流す。
すると、ほどなくして、電流に怯え従順な奴隷ができあがるというわけだ。」
ゲームだと装備者に強制的に従わせる魔具で、
自由に操作できるようになったんだが…。
…その従うようになるまでの過程は、はぶけないのか?
そもそも主人を攻撃できないとかいうあってあたりまえの最低限の機能がない。
本気で抵抗、反抗されたらどうするんだ?
しょせんはダンジョンカタログで売っている量産品ということか?
「意外と使えないな。」
「高いアイテムだぜ?
いくら奴隷商が鞭打つ手間が省けるからといって値段がな。
もってるのは変態貴族様、儲かってる奴隷商くらいのもんだと思うが。」
「そうか」
「そういや、あんたは何個もっているんだ?シャルやフリルにもつけたのか?
あんないい女を調教できるなんて男の夢だな。
楽しんでるかい?うらやましいぜ。」
にやりと笑みを浮かべるカインド。
話が真実ならば、
奴属の首輪は自動的に命令を強要させる魔法のアイテムではなかった。
首輪の効果も、カインドの様子をみるかぎり、本当のことなのだろう。
今のところカインドが逆らうそぶりはない。
が、これはオレの力がカインドにとって未知数であるからの可能性が高い。
オレの底が知られたらどうなるかわからない。
話しやすい奴だが、その節々からやはり感じる、感覚の違い。
強いものは何やっても許されるという力至上主義的なものが伺える。
この世界の住人の皆がそうなのか。
わからない。
まだ盗賊、犯罪者としか話していない、きめるのは早計だろう。
しかし、とオレは考える
ゲームとの差異があるならばもしかして…。
「ちなみに、その首輪は消耗品なのか?」
「消耗品、とは?」
「一人に一度つかったら、もう使えなくなるのか?」
「なにを馬鹿な。だったらいくらあっても足りなくなるだろう?」
ゲームでは使えなかったが、ひょっとして…。
「と、言う事は…。」
「奴隷が従順になったら次の反抗的な奴に使う、当然だろ?」
俺はそこまできいて、衝動的に男に近づき首輪をはずす。
「を?」
「一息ついたら薪をあつめとけよ?いいな!」
あのうるさく、生意気な女に使いたいと
ずっと思っていた。
様々なリスクを考えあきらめていたが、今、カインドに抵抗の意思はない。
カインドは有能だ。少なくとも、ここの山で生活する限り
カインドは必要だ。
だが、首輪は、オレの底の浅さが露呈する前にまたカインドに付け直せばいい。
今、この首輪を使うべきは、反抗的なあの女だ。
シャルを調教すべきだ。
またはちょっとくらいフリルに使ってみてもいいかもしれない。
フリルは素直だが、いじめてみたい衝動にかられる。
先のネコごっこは、魅力的なお尻に思わずオレの固い物を当ててしまったら悲鳴をあげられ、
終わってしまった。
まさか、いくら指示したとはいえ
ダブルベットの上でこちらに誘うようにお尻を振っておいて、無自覚だったとは。
ちょっと気まずい空気だったので一時撤退したが、
無自覚に男を惑わすその色気、しっかりおしおきして自覚させておくべきかもしれない。
いやさせておくべきだ!
おれは強い意思の元欲望のままに洞窟へとひた走る。
後に一人のこったカインドは、
ぬれた服をかわかしつつ、髪をかきつぶやく。
「人の言葉をあそこまで簡単に信じるとは。
平和な田舎にでもすんでたのか?
人馴れもしてない感じだが、どっかの篭りのソロ魔術師か?
首輪はとれたけど。……どうすっかな。飯くらいくってくかな。」
そして色鮮やかな魚に向かってけっこう重要な事をつげた。
「あ~言い忘れたけど、2度目からは、装備者に外せなくなる
呪いはなくなるからな~。」
to be continued
勢いではじめたやつだけどせっかくなので続ける。