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第二章「未確定な仮説」 1


 彼にとってそこは酷く最低でいつまでも居たくはない場所。仕方がないからソコに通い続けていると言える。あえて例えるなら、深い井戸の中に放り込まれた蛙だと少年は思う。思うと言うのは、昔に誰かに言われたから、今でもなんとなくそう思っているだけなのだが、少年にはどうでもよかったのかもしれないが、心の底のどこかで――道具の蛙でもいい、と思っていた。

「ほら、オメェの出番だ。さっさと行って勝ってこい! 今回はテメェの顔がばれるのに賭けてんだからぜってぇばらされてこい!」

「……無理、これはばらさない」

この物言いは酷くはないかと少年は何度思ったかが、そもそもそんな事を気にしていては闘技場の控室はヒドイものだった。舞台に行く門の近くには武器屋があるのだがどれも高額な値段で、多くの金を持っていないと買えやしない。無論、闘技場本部からの支給もない。この闘技場では初心者は拳で戦って途中から落ちている武器を拾うなりなんなりとしないといけない。そして、その武器屋の隣にある。《捨て場》と呼ばれる場所には折れた剣、壊れた盾、人の片手、胸に剣が刺さったままの死体などが文字通り捨てられていた。過に無敗と呼ばれた者もそこに無残に屍骸となって放り込まれていたこともあった。

「「うおぉ! 殺せ! 殺せ!」」

 門を通ると酷かった。自分は高みの見物と決め込む愚衆が歓声をあげている。品のない貴族の甲高い声や、香水の刺激臭に似た匂いなど、嫌になる。

「……うるさい」

『みなっさぁぁぁんッ、今回の闘技を待ちに待っていた皆さまぁッ』

拡声器から発せられるいつもの司会者の声。

『今から始まります闘技は。我が闘技場が誇る謎の最年少チャンプ。ヴァーサース、他の闘技場から引き抜いてまいりました。筋骨隆々の四肢には、隠れた持った獅子の心! カーヴァン・ゴートォォォ!』

「……」

 紹介の声と共に雄叫びが上がり、カーヴァンが姿を現す。これまで出てきた奴らと同じ臭いと雰囲気が出ていた。

 傲慢そうで、自己嫌悪など欠片も持たなさそうな、ある意味自分と同じ井戸の中の蛙の様な者。

「なんだぁ? 只のガキじゃねぇかよ。これがこの闘技場の王者とは、笑わせるねぇ」

 よほど人を殺してきたのだろうか、動きを重視した装備の体から出る優越の気配とカーヴァンのメイン武器である大斧の刃の部分には赤銅の錆びが派に沿って付いている。しかも、刃はボロボロでもはや剣で斬る様な切断と言うよりも鈍器で殴り、叩きつける武器に変化しているのがその事を語っていた。

「……生きる為に人を殺す」

「あぁ? なに言ってんだテメェ」

 カーヴァンに少し威嚇される。すると、少年の顔は少し笑みを浮かべ、雰囲気も変わった。何とも純粋無垢な殺気を出すのだろうとカーヴァンは思った。

『さぁ! お互いの紹介が終りましたので早速、戦いましょう! 争いましょう! 血生臭い戦争と行きましょう! 同族同士の殺し合いをしましょう! では、殺し合っちゃってくださーいぃぃ!』

 司会が言い終るとほぼ同時にカーヴァンが動く。体を少し捻り、大斧を振るう為の溜めをつくりながら少年との間合いを詰める。

「悪いが相手がガキだろうが俺は叩き割るぞ」

 少年は斧を振る寸前まで、動かなかった。

「さぁ、動けよ、小僧。それとも楽になるかぁ?」

 カーヴァンは斧が届く範囲に少年が入ると溜めを開放し、斧を横に振り回した。

「……無理。まだ、死ねない」

 横凪にくる斧を少年はしゃがんで回避する――斧が横凪に来る場合、回避はしゃがむか飛ぶか、それとも後ろに逃げるかだが、先を考えるならしゃがむ方が圧倒的に有利だった。

動かなくとも自分の攻撃範囲に入って来るからだ。

 ガラ空きの腹部に一太刀を浴びせようとした。

「おっと、やるねぇ小僧」

 余裕綽々と少年の放った一太刀を斧の柄の部分で受け流す。大きな斧を振り回すのには力がいる。そして、一度攻撃をすれば途中で止めるなど一体どれ程の力がいるか。それをカーヴァンは平然と攻撃を途中で止め、少年の鋭い一閃を受け流した。

――この人、強い。

 そう思ったのは少年だけではなく控室にいた闘士達も同じだった。

「おじさんこそ……」

「おじさんじゃねぇーよ。肉体年齢はお前より上だぞ」

「上なのは精神年齢の方なんじゃないの」

「お、言うねぇ。しかも、心が開けてきたじゃないか、そうだ、戦いはラフに行かないとな」

外連味(けれんみ)を含んだ斧と進退窮まった剣がぶつかり合う金属音は観衆を盛大に沸かせ、またそれに反応する様にぶつかり合う音が次第に大きくなる。

「なぁ、小僧。よくそんな剣で俺の斧を受け続けるなぁ」

 確かに、いくら剣が堅くとも所詮は人や獣などを斬る物。対して斧は切断を目的としている。人の骨や獣の骨より圧倒的な強度を誇る木をなぎ倒す。斧と剣をぶつけたとしたなら折れる、または壊れるのは剣の方である事は間違いなかった。

「ちょっとした方法。結構コツがいる」

「どんな事をしたら剣が折れなくなるか俺にはわかんねぇな」

 縦、横、斜めに斬るのを変化させ攻撃をするのも、悉く受け流し攻めに転じられる。

「剣じゃ、決着がつかねぇな、小僧。ちょっと奥の手を出してもいいか?」

 大きく退き、少年との間合いを取ったカーヴァンは斧を目の前に突き立て、何やら怪しげな言葉を唱え始める。

起動ブート――」

「ま、魔法!」

 唱えた呪文に反応し少年は一気に後退した。

「《strength》(ストレングス)」

 カーヴァンの体から黒い何かが滲み出した。見ると逃げ出したくなる圧倒的存在の差を見せつけられ、どこか逃げたくなる衝動。悪寒や危機感と言うべきモノだろう。それに耐えると額から出た冷汗は何倍の粘り気を持ったように纏わり付き、汗自体の重さで頬をなぞりに下に垂れていく。不快感極まりない。

 剣を握る手が小刻みに震え、少しの体の変化に敏感になって行き、次第に過敏なほどになっていった。体を流れる血の赤血球の一つ一つに意思が芽生えかの様に任意の場所へと運べてしまう。そんな錯覚に陥る。

「さ、小僧。これで俺はいいぜ」

「きつくなる……、けど、こんな戦いで負ける訳も死ぬ訳もいかない!」

 歯に力を入れ、敗北への焦燥と生存本能の出す指令に耐える。

「戦い? 違うな小僧、今からは一方的な――虐殺だぜ?」

 姿を捉えていられたのは言葉が言い終るまで、言い終るとカーヴァンは視界から消えた。

 ドン!!

「ガハッっ!」

 間合いを詰められた。カーヴァンの拳が少年の体をくの字に変え、アバラ骨を砕いたと言うべきか、少年の体内の骨が悲鳴をあげる間もなく折られた。

「知ってるか? 神様ってのは、実際に存在するんだぜ?」

「ウグッっ!」

 一方的な暴力に少年は成す術がなく、只ひたすらに重い拳を打たれ続けた。

「どうしてかって? それは魔法があるからさ」

「……」

「でもな、魔法とか言われているのはココら辺だけで、他の所ではプロトサイエンス《未確証な仮説》なんて呼ばれているんだぜ? 不思議だよな。魔法の反対を意味する科学と一緒の意味なんてな!」

「……」

 フードが激しく動くにつれて、意識を飛ばされそうになるがさらなる追撃が意識を覚醒させられる。

「っておいおい、まだこれからなんだぜ? もう少し踏ん張って見せろよ。チャンピオンさんよ」

「……い……われ……なく……と…モ……やって…やる!」

「そうかよ!」

(今だ!)

 男の行動は規則的だった。顔を攻撃した後の追撃は絶対に腹部を狙う。そしてまた顔に攻撃する攻撃パターン。単調の攻撃だが攻撃が早すぎたため防ぎ様が無かったが、けがの功名と言うべきか、目が慣れてきたのだ。最初は影が見え、次に肌の色と段々と分かるようになった。

「なっ!」

 つまり、腹部に拳がめり込んだ時にカーヴァンの腕をしっかりと掴み無理やり動きを止めて……。

「いけぇぇェェ!」

 放さなかった剣を腹部に刺したのだ。

 確かな手ごたえと同時に纏わりつく温かい液体が手に付いた。

 少年はたじろいだ。

「……やるじゃねぇか……、小僧……よくやった。これやるよ。誰もいない所で開けろよ」

 カーヴァンは懐から取り出した正方形の箱を少年に渡そうとしたが、傷のせいで少年の足元へと落ちた。

「ハァ、ハァ……」

 呼吸が辛く厳しいが少年は箱を拾う

「だが、これだけは覚えておけよ。世界に呑まれるな、神に平伏すな、明るくな……れ」

 カーヴァンの目から光が消えた――死んだ。もう、何回も見ている少年だが、なぜか、初めて人を殺した様な虚無感と罪悪感が襲った。

『決まった! いや~、長く、辛い戦いでしたが、歴戦と言うべき戦いだったでしょう! 未だに私、至る所から汗が止まりませんよ。はい』

「……」

 少年の目の前にはカーヴァンの死体。自分の手にはカーヴァンを刺した感触がまだ残っている。

――この場に居るのがより一層と嫌になった。だから、ここを急いで出て行く。無論お金をもらって、今日はいつもより大金が手に入った。どこかで、猪を丸ごと買って帰ろう。二人が待っているハズだと思うから


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