第7話 王子との交流
この人間を絶対に生かす、と決意を固めてからの私の日常は、とても忙しくなった。
なにせ一人と一匹分の食料確保と看病をしなければならないのだ。
ただでさえ乏しい最近の食糧事情だ、それはなかなかに大変な苦労を私に強いた。
(ほれほれ。これでもお食べー)
下手に声を出すとまた警戒されてしまうと思い、口に出さずにジェスチャーで全てを伝える。
今は「これ食べろよ」という感じに、右手と左手で掴んだブドウもどきを口に運ぶマネをしてみせ、最後にそのまま両手で王子にブドウもどきを捧げ持つように差し出している。
獣としてのプライドをガンガンに落としかねないそのポーズだが、肉球で掴んで片手で「ホイ」と渡すにはブドウもどきは柔らかすぎるのだ。
ブドウもどきを潰さないようにソッと持つにはこの「捧げ持ち」ポーズしかないのだから仕方ないのだが、立派な体格を持つ虎(?)としてはいかがなものか。や、別に大したプライドは無いんだけどさ。
そんな獣らしからぬ愉快な姿に、王子はプッと噴き出して私からニコヤカにブドウもどきを受け取った。
「ありがとう。……いつもすまぬな」
王子はそう御礼を言ってから、ブドウもどきをひとつ摘んで口に含む。
味が口に合ったのか「これは旨いな」と次々に食べていく様子を見ながら、私はここに王子を連れてきた当初のことを思い出していた。
(王子も随分慣れたなぁ…。あんなに警戒してたのが嘘みたいだねぇ)
王子が目覚めてからしばらくは、彼は私への警戒を解くことは無かった。
見た目に肉食獣な私の巣に連れ込まれていたのだ、命を失う覚悟まで決めていたみたいだし、そりゃ警戒するのも無理はない。
見るからに具合の悪そうな王子に、私は採ってきたばかりの野苺を食べるようにしきりに勧めたものだが、訝しげな顔で私と野苺を見比べるばかりで結局食べなかったっけ。
それが、こうして私の手から食べ物を受け取って食べるまでに至るには、それはそれは情けなくも恥ずかしい道のりがあってですね。
王子は一通りブドウもどきを食べ終わると、満足のため息を小さく漏らし、それから私を眺めた。
(そのただひたすら黙って人…あ、獣か…獣を見る目線、止めてほしいんですけど)
なんだかモゾモゾとした気持ちになりつつ、私も何となくジッと王子を見つめてしまう。うーんサラサラ金髪が今日も綺麗だ。
王子とそのまま見つめあっていたが、しばらくしてから私はハッとする。
(あ。王子寝かさなきゃ!)
具合の悪い人には、栄養あるもの食べさせて、ひたすら寝かせる。
他に看病らしい看病ができない獣の身としてはそれくらいしかできることがないので、キッチリ寝かさなければと私は気合を入れた。
とりあえず「そろそろ寝なよー」と伝えるために、最近ではお馴染みとなった「おやすみなさいのポーズ」を取る。
両手の肉球と肉球を合わせた状態で、その手を左頬の下に当てて小首を傾げる、獣らしからぬポーズだ。
初めてこのポーズを王子の前でしてみせたときはポカーーーンと口を開けて驚かれたものだが、このポーズのおかげで王子の警戒が一気に霧散し、私から食べ物を受け取るようになったのだと思えば、何度でもしてやろうという気になった。
例え心中では「うぉぉ~~~こんなこっ恥ずかしい乙女ポーズ!前世でだってしたことないよ…!」と羞恥に悶え狂っていようとも。
王子は私のポーズを見て、
「ふ。分かったぞ、寝ろと言うのだろう?」
と笑い、素直に私お手製の葉っぱベッドへと体を横たえた。
よしよし。しっかり眠って回復しなさい。
王子が横になったのを見て、私も自分のベッドへと向かう。もう夕方だからね。
巣穴の中は昼でもそれなりに暗いが、陽が落ちると完全な暗闇となる。私は夜目も多少は利くが、それでも行動するのは昼間のほうが断然に楽だ。
私が自分の葉っぱベッドに転がって尻尾で葉っぱを寄せ集めているのを王子はボンヤリと眺めながら、不思議そうに呟いた。
「しかしお前は……変わった獣だな。そのような姿も珍しいが、何より私の言葉を理解できるだけの知性を持っているのが不思議だ。獣にもそのような意志があるとは」
(だって前世は人間だもんね。まぁ、いかにも外国人!な王子の言葉が理解できるのは自分でも謎だけど)
王子には私の存在が不思議らしいが、私にとってはこの世界の何もかもが不思議だ。
最近こそ不作だが、常にたわわに果実のなる木。
ジャバジャバとドロだらけの体を洗っても汚れない泉。
私の知っているようで知らないような植物や果物、そして動物。
…………いかにも異国の王子といった風貌の、この目の前の人間が山に落ちていた理由も。
(まぁいっか)
考えても仕方あるまい、と私はアッサリと思考を止めると、大きな欠伸をした。
今日も朝からよく働いた。少し疲れも溜まっているようだ。
私は尻尾をゆるく動かしながら、段々と眠気に誘われていくままに目を閉じた。