第6話 生きる
私が巣穴へと戻ると、王子はすでに起きていた。
(あー……相当辛そうね)
顔色は真っ青で明らかに具合が悪そうだ。
しかし彼は、全身に力を入れて身を起こし、全力で私を警戒していた。
どうでもいいけど、葉っぱベッドに埋もれて警戒されても迫力ゼロですぜ、ダンナ!
私は王子を無視してトコトコと巣穴の奥へ向かうと、「貯蔵庫」と定めた場所に野苺入り籠を置いた。
貯蔵庫といっても箱があるわけじゃなくて、ただの地面なんだけどね。前の住民(追い出したキツネ一家)時代からそこは食べ物置き場になっている場所だから、私もなんとなく「貯蔵庫」と呼んで使っているわけです。ハイ。
王子は相変わらず息を潜めてこちらを注視している。
おそらくここから逃げ出したいとは思っているが、体が言うことを聞かないのだろう。こちらのほうを向いて体を強張らせるだけで精いっぱいに見えた。
人間が獣を警戒する気持ちも分かるのであまり気にはしないが、こうも警戒されると少し哀しいものもある。
せっかく久しぶりに見た人間だから、できれば仲良くしたいけど……………この分じゃ、無理っぽいかな。
私が動きもせずにしばらく王子をジーッと見ていると、何やら覚悟が付いたのか、王子は少しためらいながらも静かに声を発した。
「お前は……私を食うつもりか」
意外にも落ち着いていたその声は、静まり返った巣穴に大きく響いた。
さもありなん。
いかにも肉食獣な獣の巣穴に寝かされてちゃ、そう思うよねー。
でも食わないよ。ていうか私にはカニバリズムの趣味はないからね!
「グゥガァァウ(そんなつもりないよ)」
と答えてみたが。
うーん、私の野太い声に王子の警戒心がさらに上昇中!
しかし「食うつもりか」と聞かれたって、獣の私にゃ「そうだよー」とも「そんなことないよー」とも答えられないのだから仕方ないじゃないの。
そうこうしているうちに、王子の体力が限界を迎えたのだろう。
葉っぱベッドにボスッと埋まると、小さな声で「……どちらにせよ、私は動けぬ。好きに食うがいい」と呟いた。
その様子は、少し投げやりで。
(……なによ、それ。生を諦めたってわけ?)
スッと心が冷えるのを感じた。
私は生まれ変わってから、ずっとヒトリボッチだった。
父も母もなく、同族もいない。
要らない人間の記憶があるせいで獣になりきることもできず、私は酷く中途半端な生き物で。
翼があるのに飛べないし、木に登ることだってできない。獣の体のせいで四肢を思うように使えず、野苺を摘んでくるのだって、蔦ごと引き千切らなきゃ摘めない。
それでも私が生きるのを諦めたことは、ない。
生肉や生魚は食べられなかったけど、果物を探し歩いて食べて。
人間のときみたいな便利生活は送れないけど、少しは快適に暮らそうと葉っぱでベッドを作ってみたり。籠を作ってみたり。
だから―――――――――王子には、生きることを諦めてほしくなかった。
どんなにみじめだっていい、最後の瞬間まで生き足掻いてほしいのだ。
今。王子は目を瞑って、「その時」を待っている。命が終わる、その時を。
でも、死なせてあげない。
意地でも私が生かしてあげる。
このままじゃ、結局は衰弱して死んじゃうかもしれないけど。どうにかして、生かしてみせる。
――――このときが。
気まぐれで拾ったこの人間を絶対に生かして返すのだ、と私が強い決意を固めた瞬間だった。