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白き御遣いと神子  作者: 木谷 亮
白き御遣いと人間の事情
24/26

第24話 いなくなった御遣い様

王子視点です。

御遣い様がいなくなった。

その知らせが会議場に届いたのは、帰城後の懸案事項を協議している最中のことだった。

突然開いた扉から現れた兵士が顔面を蒼白にして伝えたその知らせに、会議場内は一瞬静まり返る。そして驚きに固まった皆が我を取り戻すと同時に、場内は騒然とした雰囲気に包まれた。


「詳しく話せ」


次第に大きくなるざわめきを聞きながらフィヨルド王国の第一王子ラシャールは、入ってきたばかりの兵士を促す。


「は…はい!扉を守っていた護衛兵の話に依りますと、不審な人間を目撃したとのことにございます!」

「不審な人間?」

「どうも話が曖昧で、よく掴めないのですが……兵は一旦はその人間を追ったものの結局見失い、御遣い様の御部屋に戻った時には最早蛻の空と」

「……その兵はどこにいる」

「現在も御遣い様の御部屋の前におります!」

「分かった。とにかく、カノーイの部屋へ向かう」


ラシャールは思いもよらなかった知らせに強張ってしまった体を無理矢理に動かすと、「全員、待機せよ。グラウ、ロイズ、ニコルだけ付いてこい」という指示だけ残して、御遣い様であるカノーイがいるはずの部屋へと足を急がせた。


そもそもラシャールがカノーイを部屋に閉じ込めたのは、カノーイを子供扱いしたわけでも脱走を危惧したわけでもない。

純粋に、聞かせたくなかったのだ。

己の身に纏わる汚らわしい策謀の話など……あの単純で、お人よしで、寂しがり屋の白い獣の耳に入れたくなかった。

会議場で主に議題に上っていたのは、ラシャールをあの山へ転送した犯人の今後の処遇について。

単純に考えればフィヨルド王国でも最も厳しいとされる処罰、四肢を拘束し生きたまま肉食獣に食らわせるという生餌刑に処するのが妥当だろうが、しかし実行犯である男はともかく首謀者の女はそう簡単に刑に処せる立場の人間ではなかったので、帰国前ではあったものの取り急ぎ処罰や今後の対応に検討が必要だったのだ。

それに、首謀者として捕縛された人物は―――……。



「殿下、こちらです!」


先導する兵士の後をついて足早に部屋に向かうと、そこは確かに先ほどカノーイを閉じ込めた部屋があった。

扉の前にいる兵士はラシャールの姿をその目に認めると、動揺を隠せない様子で駆け寄ってくる。


「申し訳ございません!!私が、この場を離れたために」

「それは後で聞く。不審な人物がカノーイを攫ったということか」

「いえ、確かに…怪しい人物を見かけ、一時ここを無人にしてしまいましたが………攫ったかどうかは」


その物言いに疑問を感じながらも、兵が部屋に視線を向けるのに合わせて、ラシャールもつられるようにそちらを見る。

そして、兵が誘拐の可能性を肯定しなかった理由を理解した。


「扉の鍵が…そのまま掛かっている」


外側から付けた重々しい鍵は、現在も扉をしっかりと守っていた。

しかしそれよりも目を引くのは、上から垂れ下がっているロープだ。

扉の上の通風孔を通る形でダラリと垂れ下げられたそれは、扉の足元付近まで続いている。


「それにロープ、か。内側から垂れ下げられているようだな……」


ラシャールは壁に垂れ下がったロープを手に取った。

そのなめらかな手触りに、そのロープの元となったものは寝台のシーツではないかとすぐに思い当る。

外部から中に侵入したというよりも、中にいた人間が外に出た痕跡としか思えない状況に、思わずラシャールの口から低い声が漏れた。


「あ奴め…」

「ひとまず、誘拐という可能性は低そうですな」


どこかホッとしたような顔をしているグラウに、ラシャールは小さく頷きつつも苦々しい思いを隠せなかった。

なぜ、カノーイは部屋から脱走したのか。

部屋に不満でもあったのか。山へ帰りたくなったのか。それとも数日間を人間として過ごしているうちに、ラシャールとともに居ることに………飽きてしまったのか。黙って部屋を抜け出すほどに嫌になったのか。

山で共に暮らした日々の中で、カノーイとラシャールの間には種族を超えた絆が生まれた、と。そう思い込んでいたのはラシャールだけだったのか。

それを考えるだけで、ラシャールの胸は焦げ付くような苦しみを覚えた。


ラシャールはシーツのなれの果てを強く握りしめ、仄暗い光を浮かべた目で乳白色の廊下の先に視線を送る。

カノーイは知らないのだ。

幼いころから陰謀渦巻く中で心を閉ざし孤独に生きてきた男がようやく見つけた幸せの光が、どれほど眩しかったか。

カノーイと得た新しい絆が、どれほど己を救ってくれたのかということを。

あの山でラシャールは初めて心から笑うことのできたのだ。初めて、自分が自分らしく在れる充足感を感じた。そしてカノーイに対して抱いた感謝の想いはそのまま……ラシャールの中で最早何物にも代えがたい想いに育っていっているのだ。


(カノーイは私が見つけた聖獣だ。……どこに行こうとも、私のものだ。決して逃がさぬ)


カノーイは真っ白な髪に珍しい黒眼をしている。カノーイがどこまで逃げようとも、あの容姿ならば目立つだろう。ならば自分はそれを手がかりに、どこまでも追っていくだけだ。

何もかもを諦める癖のついた自分が、唯一本心から欲しいと思えたもの。

それが、あの白い獣なのだから。



「は……?!こ、これは一体…」


すぐ脇で部屋の外鍵を外していたグラウの驚愕の声に、ラシャールは思考の海から意識を浮上させた。

扉のほうを見やれば、グラウや周囲にいた神官たちが目も口も大きく開き唖然とした顔をしている。


「どうした」

「で、殿下……やはり、御遣い様は誘拐されたのでは……」

「…何だと?」


グラウから部屋の中を見るように促されて、ラシャールは扉から顔を覗かせる。

そして、彼らと同様に、ラシャールも目を限界まで開かせた。


「……!」


荒れている、なんてものではない。

部屋中の物が、まるで重力を無視したかのように軽々と壁際に積み上げられているのだ。

飾箪笥、テーブル、チェスト、飾棚…。驚いたことに寝台の天蓋すらも取り外され、家具の山の一角となっていた。


「これは……御遣い様には無理です。あのような幼いお姿では、椅子一つ持ち上げるのが精一杯かと」


今、彼らの目の前に広がっている状況は、確かにあのカノーイの小さな手ではとても作り出せそうにないものだ。

そうなると、可能性はただひとつ。


「……ロイズ!」

「はっ」


名を呼ばれて背筋を伸ばす兵に、ラシャールは視線は家具の山に向けたまま指示を飛ばす。


「カノーイの消息捜査に当たれ。…神殿前の警備兵なら何か見ているやもしれぬ」

「かしこまりました」

「それから、ニコル。お前は神官に助力を願え。彼らとて白き御遣いの一大事ともなれば助力を惜しむことはないだろう。探し人に人出は多いほうがいい」

「了解しました」


素早く踵を返し退室する部下たちの後ろ姿に、グラウは「やれやれ…とんでもない事態になりましたな」と溜息を付き、しかしすぐにその表情を兵のものへと変えて引き締めた。


「それでは私も会議場に一旦戻り、指示を与えてまいります」

「ああ。グラウはそのまま会議場で連絡役を果たせ。駐屯兵にも伝令を回してほしいからな」

「急ぎ連絡を取ります。……殿下はいかがなさるおつもりですか」

「私は…、カノーイを探す。まだ、神殿内にいるような気がするのだ」

「…………。……さようですな。御遣い様もきっと殿下をお待ちのことでしょう」


ラシャールに一礼をし、グラウは足早に会議場へと向かっていく。

それを見送ってから、ラシャールは自らもカノーイの捜索のために部屋を出た。



当てのなく神殿内を探し歩きながら、ラシャールはふと考える。

どうやってあの部屋からカノーイを連れ出したのかは分からないが、もしもこれが誘拐だったならば。

捕まえた犯人は、ラシャール自身の手によって拷問にかけてから生餌刑に処してやろう。

ラシャールの元からカノーイを奪い、フィヨルド王国が見出した聖獣を奪い、アムル神の御遣いを奪った犯人など、何度殺しても足りることなどない。

しかし目を縫うことも耳を削ぐことも、ラシャールはしないだろう。何も見えず、何も聞こえない状況で与えた拷問などに意味はない。恐怖と苦痛を存分に与えてから、その罪を贖わせてやるのだ。


だが。

もしも誘拐などではなく、カノーイ自身が逃げ出したのであれば。

その可能性をも思い浮かべて、ラシャールの表情が陰った。

カノーイは大事だ。哀しませたくない。その想いは嘘ではないが――――。


「逃がさぬ……」


ラシャールの目に、再び暗い光が灯る。

カノーイが忽然と姿を消したことで、ラシャールは気付いてしまった。

寂しい生を送り続けてきた自分の心に入ってきたカノーイ。彼女を手放すことは、もはや自分の命も立場も何もかもを手放すよりも難しいのだということを。


(……今はそんな心配よりも、カノーイを探すことが先だな……)


小さく溜息をつくと、軽く頭を振って気持ちを切り替える。

まずは無事であってほしい。

そう願いながら、ラシャールは神殿内を再び探し歩き始めた。


ようやく王子の名前とヤンデレ気味な性格を、少し出せました。


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