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白き御遣いと神子  作者: 木谷 亮
白き御遣いと人間の事情
20/26

第20話 目指すはアニマルセラピー

私たちが神殿に着くとほぼ同時に、神殿の中から長いローブを着た人間たちが続々と出てきた。

次から次へとワラワラと……って本当に多いな!

全部で何人くらいだろうか。

ひぃふぅみぃ…と目で数え始めたが、しかしすぐに私は数えるのを放棄した。

ざっと見積もって200人は軽く超えているくらい?数えてられっか!


面白いのは、彼らのローブの色は揃って乳白色をしていることだ。

神殿の石の色といいローブの色といい、「この色は神聖な色なのかもしれないな」と私は予想を立てた。

同じローブでも王子の後ろに控えているアラヴィのローブは薄い緑色をしているので、彼はたぶんこの神殿の所属ではないのだろう。




しばらくぼんやりと眺めていると、ローブ軍団の中から一番偉そうなオッサンが私たちの前へと歩を進めた。

オッサンは王子の前にやってきて跪くと「まずはご無事で何よりでございます、王子殿下」と述べて頭を垂れた。

それに対して王子は軽く、本当に小さーーーく頷くとオッサンに私を指し示す。


「神に仕えるそなたたちからすれば、不可抗力とは言え聖地に足を踏み入れた私に思うところもあろう。しかし、今回は良い方向に物事が動いたようだぞ…………紹介する、彼女はカノーイ=チュカ様。白き御遣い様であらせられる」


(あ、カノーイ=チュカはやっぱり決定なわけね…)


王子が(怪しい名前に改名されてしまった)私を紹介すると、その場にいたローブ軍団が一斉にどよめき出した。

彼らの驚きは尤もだ。

突然王子が幼女を連れてきたと思ったら、その幼女こそが彼らの信仰している神の御遣いだというのだから。

アラヴィ君が「今まで御遣いが人間になった話は聞いたことが無い」と言っていたくらいだ、彼らが驚くのも無理はないだろう。


しかしここで私が白き御遣いであることを彼らにも認めてもらわなければ、私の優雅な食っちゃ寝生活が保証されない危険がある。

今更山へ戻れと言われてもこんな牙も爪も、そして毛皮さえない姿で生きていける自信は1ミクロン足りともないし、それに私はもう、一人ぼっち生活に戻ることだってできそうにない。

最早私はガッチリ飼い慣らされたペットのように終生養ってもらう気満々です。


私はグラウの腕をポンポンと叩いて下に降ろすよう要求すると、裸足のまま地面に足を付け「こんにちゃ。かのーいちゅかでしゅ」と挨拶をした。

人間関係は挨拶から。これ基本です。

しかしきちんと「こんにちは。叶五香です」と挨拶をしているつもりだが、いまいち発音が決まらないのだけがちょっと切ない。


挨拶を済ませた私に、四方八方から大量の視線が突き刺さった。

私を怪しんでのことだろう、それは好意的なものばかりとは言えず、私は居心地の悪い思いで王子のそばへと寄って行った。

あー王子のそばがやっぱり一番安心する。一種の刷り込みでしょうか。


「み、御遣い様ですと?!この、子供が……」

「あぁ。私は御遣い様に命を救われ、しばし共に聖地で暮らしていたのだ」

「なんと……驚きましたが…………、……しかしながら…王子殿下。白き御遣い様といえば、大きな翼を持った白いワルガーの姿をされておられるはず。確かにこの子供は珍しい…白髪ではあるようですが、さすがに御遣い様とは」


偉そうなオッサンは驚きつつも疑わしそうな目で私を見下ろしている。

ハッキリ言って「こんな子供が御遣い様だと?!アホ抜かせこのバカ王子」とその目は語っていたが、王子という立場の手前表立っては言えないのだろう。オッサンは言葉を選びながら慎重に王子の様子を窺っている。


王子はそんなオッサンに「ふん」と小さく鼻を鳴らすと、


「元々は獣の姿をしておられた。聖地から下りる時に人間の姿へと変身をなされたのだ」


と言って、同意を促すようにグラウへと視線を向けた。

グラウがそれに深々と頷くと、オッサンは急に慌てたように「まさか」と目を見開く。


「た、確かに……この子供からは妙に安定した神気を感じますが……」

「本物だからな」

「ですがどのような奇跡が起これば――――っそうか!経典第二節………白き御遣いの意志は神へと通ずる……!」


天啓が下りたかのようにオッサンは固まり、次いでローブの裾を翻して私の視線の高さまでしゃがみこんだ。

オッサンの茶色い目が、私を射抜くように凝視する。


(うひぃぃ…怖いよーー!キモチワルイよーー!)


私は少し怖くなって王子の足にガシッとしがみ付くと王子の後ろへ隠れた。

オッサンの目が、微妙に血走っている。

……そこまで見るな!瞬きもちゃんとして!怖いから!


「ということは待て、……の伝…はもしや……れない……」


オッサンに慄いていると、オッサンは何やらブツブツと独り言を呟いて神殿へと戻っていく。

その去っていく後ろ姿を見ながら、私は「去ってくれて良かったけど、あの人の頭は大丈夫だろうか……」とにわかに滲んだ冷や汗を拭った。

それに、この神殿で一番偉そうな人に見えたけど、王子を放って勝手に帰っちゃってもいいのだろうか。いや、普通に考えてマズイだろう…。取り残されたローブ軍団も「どうしたらいいの」と言いたげな顔をして王子とオッサンの後ろ姿を見比べてるし。


オッサンの一部始終を見ていた王子は、もう一度フンと鼻を鳴らすと「御遣い様はお疲れだ。神殿に部屋を用意を」と言いながら私の脇の下に手を差し入れて抱っこした。

その王子の言葉に慌ててローブ軍団の一部が神殿へと走って行く。きっと部屋の用意をしてくれるのだろう。


(いやー悪いですねぇ。とりあえず、食べるものと寝るところさえあれば山の中よりパラダイスだと思うので!)


走っていくローブ軍団の背中に心の中でお礼を述べると、私は自分を抱きかかえる王子を見上げた。

王子にこうして抱っこされるのは初めてだ。

獣の姿で抱っこなんてしたら王子が間違いなく潰れるし、この幼女姿に変わってからはグラウじーちゃまが私を手放さなかったからね。


王子の抱き方は慣れていなくてちょっと安定感が悪いので、私はヨジヨジと手の力でよじ登って王子の首に腕を回すと体勢を安定させる。

途中、王子の「こら…動くな」という声が聞こえてきたが無視無視。

しっかりとした安定感を得ると、私は目の前で戸惑った表情をしている王子を、ここぞとばかりにジックリと観察した。


山で暮らしていても尚、輝きの落ちることのなかったキラキラの金髪。

スッと筋の通った鼻梁。

私の行動に戸惑うように揺れる青色の瞳。

しかし少し薄めの唇は今はキュッと結ばれ、山にいた頃に比べると表情もやや固い。


(山にいた時は、あんなに楽しそうに笑ってたのに)


人間の世界に降りてきてからの王子は、まるで何枚もの壁で周りから自分を覆い隠しているみたいだ。

この中で一番親しそうに見えるグラウにさえ、ろくに笑いかけることもないのだから。

「王子殿下」というものは、獣の私には分からない難しいものがあるのかもしれない。


私は王子のそんな表情を崩したくなって、その頬に手を添えてみる。

獣の時はできなかった仕草だが人間の姿ならこうも簡単にできるものなんだな、と改めて実感しながら、王子の頬を優しく撫でた。

最初にサワサワと顎のあたりをくすぐり、目元まで一気に撫で上げる。


「っ!」


途端に、カァァッと熱くなる王子の頬。

すぐにパッと顔を逸らされてしまったが、隠しきれないその横顔は耳まで真っ赤になっている。


「おーじぃ、かお、まっか」


私がからかう様にニンマリしていると、王子は仕返しのように突然「…馬鹿者!こうしてやる…っ」と振り返ると、私の手をパクッと口の中へ咥え込んだ。


(?!)


私の紅葉のような小さな手が――――王子の口の中にスッポリ収まってしまっている。

あまりの驚きに為すがままにされていると、王子は口の中でモゴモゴと舌を動かし、私の指の一本一本を舐め上げていく。

指の腹から指の股までそれはそれは丁寧に。

時々口から出して、手の側面を咥えるように優しく食んで、再び口の中で入れてしゃぶる。

唾液がこぼれないように最後にチュッと吸ってから王子が私の手を解放したころには、すっかり私の顔も王子と同じように真っ赤に染まっていた。


「……ふ。お前も、これで真っ赤だ」


赤い顔のままでそう言い放った王子に、私は口元をワナワナと震わせながら王子の唾液が残る手を見つめていた。


……そうだ、この人間はそういうヤツだったのだ!

私の体が人間化した後は照れていたのか大人しかったけれども、山で暮らしていたときは散々こういう揶揄いをされていたのに、ウッカリ忘れていたなんて私のバカバカバカ!


「うーー!」


人間の姿の私が唸っても迫力がないのは承知で、唸りながら唾液でキラキラ光る手を見つめた。

王子の唾液がたっぷりとついている私の手はプクプクとしていて、さぞかし舐め心地も良――――じゃない、いたいけな幼女になんてことしてくれるんですか!これ、相手が私じゃなきゃ変態ですよ!いやいやいや中身が38歳でもアウトかもしれない。


唸りついでに軽く噛みついてやろうかと思い、王子へと視線を移す。

しかしそこにあった表情を見て、私はパカッと歯を剥き出しに開けた口のまま固まった。

王子は、…………山では毎日のように見ていた笑顔を浮かべていたのだ。

表情が乏しくロボットみたいだった先ほどまでと比べると、その笑顔は生き生きと輝いていて。

私は噛みつこうとしていた口をゆっくりと閉じると、意識しないままに王子の体に頭を擦り寄せていた。


私は「王子殿下」が好きなわけじゃない。

ちょっと変態くさくても、意地が悪くても、いつもの王子が好きなんだ。

そんな気持ちが伝わると良いなと思って、髪がグシャグシャになるのも構わずに、王子の肩口にこれでもかと頭を擦りつける。


スリスリスリスリスリスリスリスリ。


しつこいくらい擦りよると、王子は声を立てて笑いながら「分かった分かった」と頭を撫でてくれた。

その手はまったくいつもと変わらない仕草で、私はホッと息を吐いた。

グラウとの会話から察するに王子にもいろいろと事情がありそうだけど、ペット(?)の身としてはせめて一緒にいて安らげる存在でありたい。

王城に行っても「ちょっと手を伸ばせばアニマルセラピー」をキャッチコピーに、王子を癒せる存在を目指していきたいところだ。



思う存分王子に擦りよって甘えていると、周りにいたグラウやアラヴィたち、その場に残っていたローブ軍団の皆さまからのざわめきが聞こえてきて、私はハッと我に返った。

慌てて周りを見回すと、何とも微妙な顔をして囁き合っている人間たちがこちらを見ている。


(これは…見てはいけないものを見てしまった顔だ…)


彼らにしてみれば、自国の王子が突然幼女とイチャつきだしたように見えたのだろうから、戸惑うのも無理はないのだが。

本人たち(私たち)はどちらかというとアニマルセラピー感覚でいるんだけどなぁ…と私は小さな溜息を吐いた。

いつか「熱愛発覚!王子殿下と白き御遣い、種族と年齢を超えた彼らの恋愛事情に迫る!」とかいう特集でも組まれてしまうのではないかと、私の頭の中を阿呆らしい想像が駆け抜けていくが、周囲の人間たちの様子を見る限り………現実になりそうでちょっと怖い。

そんな私の心を読んだのか、王子はやけにイイ笑顔でニッコリと笑う。


(あ、なんか嫌な予感のする笑顔)


ここのところの共同生活ですっかり覚えたその笑顔に背筋を寒くしていると、王子はいとも軽々と言い放ったのだった。


「いっそ私の情人として城に行くか?」


……うん。

それでこそ、いつもの王子です。


この後、私が王子に猫パンチをかましたことは言うまでもない。

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