第17話 シャランラシャランラ、メタモルフォーゼ
ああ、神様。
あなたに会ったことなんか一度もないけれど、私って本当にあなたの御遣いなんだね。
王子と話せるようになりたいって願った私の想い、あなたが聞き届けてくれたんでしょう?
でも―――一つだけ、あなたに聞いてもいいですか。
なんで私、幼女になってるのォォォォォ?!!!?!
「王子と話せるようになりたい」という願い。
私がそれを強く願ったとき、驚くべきことが私の身に起こった。
獣の四肢が、見る見るうちに人間のそれへと変わっていったのだ。
それぞれ脚が手や足の形を作り始めると同時に、骨格そのものが痛みも無くその形を変えていく。
フサフサとした白毛が消え失せて、その下に埋もれるように存在していた肌がその姿を現すと、ポヨンとした感触が私の表皮を覆った。
前世ぶりに柔らかくポニポニする肌に驚いている間もなく、体中の毛が無くなっていくのとは正反対に私の頭部から白い毛がググーーーンと伸びていく。
思わず「シャランラ~☆」とでも言ってやりたくなるほどの変身である。
まさか我が身に魔女っ子のお着替えシーンのような事態が起ころうとは!
はー、長く生きてみるもんだ。
獣生としては7ヶ月くらいだけれど。
気付けばすっかり人間の体となった私は、いつの間にかしゃがみ込んでいた体をヨッコラセと起こした。
裸なのは仕様です。葉っぱ王子を馬鹿にできなくなりました。
しかし立ちあがっても尚「獣の時と目線が変わらないなー、むしろ低いなー」と思って自らを見下ろすと、私は驚愕の事実に気付くこととなった。
(は、生えてない!)
どこが、とは言ってはいけない。
言ってはいけないが、あるはずの草原が……38歳の大人のシンボルが……ない。
慌てて体中ペタペタすると、さらなる事実に気付き、私は思わず頭を抱えた。
(…あ…ああぁ…よ、幼女になっちまったぁぁぁ………)
立ちあがった体が、再びヘナヘナと地面に膝を付ける。
正直私は、自分が獣として生まれ変わった時よりもショックを受けていた。
だって幼女ですよ幼女!
いくら生まれ変わったと言ったって、たかだか7ヶ月分の記憶よりも前世の38年分の記憶のほうが重いんです!
この微妙な乙女心、察してください!
* * *
思い込みってあると思う。
人間に変われたんだから、きっと前世の自分の姿になっているんだろうな、とか。
きっと日本人の姿なんだろうな、とかさ。
しかし私が変化した姿は、顔こそ自分ではわからないが少なくとも日本人ではないようだった。
というか黒髪ではなくなっていた。
胸のあたりまで伸びている軽くウェーブの付いた髪の毛は、お見事なほどに真っ白。
白い獣だったときにちょっと自慢だった、白くてフワフワした毛がそのまま伸びましたよーという状態。
肌は黄色人種らしく黄色いかと思いきや、象牙色の肌に薔薇色が乗っかたような色。
あえて例えるなら、猫の地肌の色をホンノリさせたような感じかな。
ホラ、動物の地肌って薄ピンク色してるじゃない。それをもっと薄くして、膝小僧とか肘のあたりだけピンク色が濃く―――――――ってどんな萌え系幼女だ、私は!
自らの変貌にやや動揺しつつ、それでも私は自分が人間になろうとしたキッカケを思い出して、傍らで呆然としている王子へと向きなおった。
王子のみならず人間たちもみな一様に口をアングリと開けて固まっていたが、それは……まぁ……うん。そりゃビックリしますね。獣が人間になったんだもの。
(まさかこの中にロリコン属性いないでしょうねぇ?私、いま素っ裸なのよ。ロリコンがいたら、まーさーにーデンジャラス!)
などと疑いの目で人間たちを見つつ、私はいつものように王子の腰回りにへばりついた。
何と言ってもここが一番安心する気がする。
王子にくっつくことができるの、これが最後になっちゃうんだけど。さ……。
私にしがみつかれて、王子はようやく我に返ったようだった。
ハッとした顔をすると、マジマジと私の姿を見つめる。
思いのほか強いその視線が恥ずかしくて、私はいつものように王子の腰に頭をスリスリとこすりつけた。
その仕草で確信が持てたのだろう。王子は私を自分の体から一旦離すと、目線を合わせるようにしてしゃがみ込んだ。
「お前は……白き御遣い、なのか?」
その問いに、私はウンウンと頷く。
御遣いという自覚は未だにないけれど、先ほどまでの獣なのかと言われればそれは正解だから。
私の「是」という答えに、王子は「まさか、このような…」と驚愕に満ちた顔をしていたが、驚いているのは私も同じだ。
でも神様が私のお願いを叶えてくれたのだろうということは間違いない。
(さぁ、お別れを言おう。王子に「ありがとう」って。「楽しかった」って)
私はお別れの悲しみに少し潤んでしまった瞳で、そっと王子を見上げる。
サラサラ金髪に青い目の王子様。
一緒にご飯食べたり。泉で水浴びしたり。
獣の私が人間みたいな動きをするのを笑ってくれて。
「お前は変わった獣だ」と言いながら、でもとても優しい顔で私を撫でてくれるんだ。
私の背に乗りたがって、私が「ガァッ!(やだっ!)」ていうと不貞腐れた表情で拗ねてみたり。
私の毛付き葉っぱベッドを占領して、無言で「怒ってるぞ」とアピールして。
仕方ないなぁって背中に乗せてあげると、いたずらの成功した少年みたいな顔で指を鳴らして笑っていた。
(ありがとう。ありがとう。私はこの思い出を大事にして、生きていくよ)
万感の思いを込めて、私はゆっくりと口を開いた。
王子に、気持ちを伝えるために。
何かを語ろうとする私に、周囲の人間たちもゴクリと喉を鳴らして注目していた。
目の前の王子も、神妙な顔で私の言葉を待っている。
私は王子に、「今までありがとう王子、大好きだよ」と言おうとしたのだが。
「いまーであぃあとーおーじぃ、だぃしゅきだお」
口から出たのは―――――――まさかの幼児語であった。
………神様!
確かに話せるようにはなったけど、これじゃ私の言葉は伝わらないと思います!