第16話 サヨナラの時
彼らの話を聞いていたところ、どうやら王子は誰かに「謀られて」この山に来たらしい。
来たっていうか、連れてこられたんだね。
一番派手に泣いていたおじいさんが言うには、この山には「神気」とかいうものがたくさんあるらしくて。
王子があの川べりで弱っていたのは、その神気に当てられたからじゃないかという話だった。
でも、それはおかしな話だとも思う。
私はここで半年以上も過ごしているけれど具合が悪くなったことなんか(腹ペコを除いて)1回もなかったし、それに王子だって私が拾ってからは毎日生き生きと過ごしていたものだ。変化らしい変化と言えば、王子が若干野生的になったことくらいだ。
その「神気」とかいうものがどういうものかは分からないが、「神気」のせいで倒れた人間がこんなにも元気でいられるものなんだろうか。
私の疑問に対する答えは、ハッスルして王子の無事を喜んでいるおじいさんからもたらされた。
「しかし驚きました!殿下が御遣い様と一緒にいらしたとは……私どもは半ば覚悟を決めてこの山に参りましたが、まさかこのような僥倖に巡り合えるとは思いませんでしたぞ!殿下は御遣い様に守られておいでだったのですな」
(私、何かから守ってたっけ?)
あまり守った自覚はないのだが、どうやら王子が「神気」とやらのせいで倒れずにいられたのは私が一緒にいたおかげ、ということらしい。
そういえばうっかり忘れがちだが、私はいちおう「白き御遣い」である。
もしかしたら神様パワーでもくっついてるのかもしれないなぁ、と私は自分の体をクンクンと嗅いでみた。……私の体からは昨夜胸毛にこぼした果汁の匂いくらいしかしないが、ゴキブリ駆除薬のように「一度駆除した神気は再び侵入させません!」みたいな何かが、実は付いているのかもしれない。
王子は感涙にむせぶおじいさんに軽く頷くと、表情を変えないままに報告を促した。
「それで、城は今どうなっている」
「継承式は一時取り止めに。あの方は……捕縛されましたが、今回の事件に関与した貴族の一部を取り逃してしまいました。殿下の捜索と合わせて現在そちらにも部隊が派遣されております」
「そう、か……」
王子の表情が何だか固い。
まるで出会ったばかりのころの王子に戻ってしまったみたいだ。あの、何もかもを諦めたような……生きている感覚のない、あの表情。
「グォ」
私は王子にそんな顔をして欲しくなくて、王子の腰に頭をスリスリと擦りつけた。
今は葉っぱ王子じゃないから安心してできます。ウフ。
「……ふ」
そんな私の気持ちが通じたのか、王子は腰に擦りつく私に目を向けると、ようやくいつもの柔らかな表情に戻って笑ってくれた。
良かったー、あの死んだ魚みたいな目じゃなくなって。
最後のお別れだっていうのに、あんな暗ーい雰囲気で別れたくないよ。
私と王子があまりにも仲睦まじく見えたのだろう、おじいさんが「御遣い様とお心を随分通い合わせたのですなぁ」と微笑ましげに見ている。
皆は白き御遣い――――私が王子に懐いていることに少なからず驚きを覚えているようだけれども、私からすれば「よくぞここまでデレてくれた!」と王子に言ってやりたいところだ。
最初のころはあんなに警戒心豊かだった王子が、こんなにも優しい表情で私の頭を撫でてくれるとか!
これが世間でいうところのツンデレ?いやいやクーデレ?とか思っちゃったくらいだよ、38歳のお姉さんとしては。
「殿下。お楽しみのところをお邪魔して申し訳ないのですが、国民が待っておりますればお早く王城へ御帰還なさいませ。いくらあの方が捕縛されたと言えども、殿下のお行方が知れなくなってから数週間。イルファンド第二王子殿下を擁立しようという動きも再び出始めております」
「あぁ。………分かっている」
おじいさんの言葉に頷く王子。
いよいよ、王子ともお別れの時がきた…………ということだろう。
私は鼻にツンとしたものを感じて、慌てて下を向いた。
獣のこの目は、人間だった時と同じように涙を流すのだろうか。
大好きな王子とのお別れだっていうのに、涙でいっぱいの顔なんか、見せたくない。
精いっぱいの笑顔で……………………笑顔……分かんないだろうなぁ、獣の顔じゃ……ああっこんなときまで獣の自分が憎い~~~!
最後くらい、ちゃんと笑顔を見せたいんだ。
王子に「王子と一緒で楽しかったよ」って伝えたいんだ。
きっと人間と暮らすのは王子が最初で最後だと思う。
だから、私。
私、ちゃんと伝えたい。
このまま何も言わずにお別れなんかしたくない!!
(お願い神様、王子に伝えたい。私、王子と話せるようになりたい!!)
私の心からの強い願いは―――――――。
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白き御遣いは、神に遣わされた神聖なる獣。
悠久なる空を飛ぶ大いなる翼をもち、あらゆる災いを浄化する業火を吐く。
その姿は何者よりも大きく、何者よりも白く輝く。
御使いの真なる絆を持つ者よ。
清くあれ。誠であれ。強くあれ。
さすれば福音は訪れるだろう。
御使いによって訪れるだろう。
白き御遣いは、神に遣わされた神聖なる獣。
御使いの意志は神へと通じるのだ。
(ラマクダリ経典第二節「白き御遣い」より抜粋)