第14話 異変
朝。
いつも通りの時間に目を覚ました私は、しかしすぐに
(空気が、おかしい)
と感じた。
葉っぱベッドから飛び起きるようにして出ると、急いで巣穴の入り口まで駆けていく。
私の全身の毛を撫でるように吹き抜けていく風は、まったくいつも通りだ。
でも、分かる。
何かの異変がこの山で起こっている。
「どうした。何かあったのか」
遅ればせながら王子も私の後を追ってきて、私と並んで外を眺めた。
いつもであればこの時間はのんびりと毛繕いに勤しんでいる私が、これだけ慌てているのだ。一見何ら変化があるように見えない景色ではあったが、王子も「何かあるのか」と察して、周囲への警戒を強めた。
私は王子の問いには答えずに、鼻や耳をピクピクと細かに動かしながら気配を探る。
何か……そう、何かが起こっているはずだ。
そうでなければ、こんなにも気になるはずがない。
緊張からか私の毛はボワッと膨らみ、私はその毛の一本一本に触れる風からも細かな情報を拾っていくように全身の間隔を研ぎ澄ました。
(何が起きているの)
どんなに遠くの音でも、きっと私なら聞こえるだろうという確信があった。
私はほんの僅かの変化さえも見逃さないように、慎重に精神を集中させていく。
――――…――…――
――……――…―――
(?)
―…ぃ……だ…!…―
(!!)
「ゥガァァ!!(声!!)」
「何か分かったのか」
私は王子のほうを振り向くと、首をブンブンと上下に振った。
どういうわけか分からないが、今この山には人間が、しかも複数人入ってきているようなのだ。
「ガァグルルゥゥ!グガッオゥ(人間がいるよ!しかも何人も)」
ああ、所詮は獣。
私の口からの言葉では、王子は首をかしげることしかできないのが切ない。
だが何か異変があったことだけは、理解してくれたようだ。
「私にはお前の言葉は分からぬ。だが、何かあったのだろう?私が様子を見てくる。そこへ連れて行け」
王子はそう言い放つと、毛を逆立てていた私の背中を撫で、それからおもむろに跨った。
逆立っていた毛の上に急に跨られて「グォヒィン!」と悲鳴をあげてしまったが、王子にヨシヨシと頭を撫でられて思わずこんな状況だと言うのにマッタリしてしまう。
王子に頭を撫でられるの、気持ちいいんだよね。
私は王子を背に乗せ、ゆっくりと翼を大きく開いていく。
バッサバッサと羽ばたかせる動きは、飛べなかった頃と違って落ち着きすら感じられた。空を飛ぶには、やたらと羽ばたくよりも上手く翼を動かしたりバランスを取るほうが重要なのだ。
そう。
最近は練習の甲斐あってか、王子を乗せて空を飛べるまでに私の飛行能力は上達しているのです!
最高高度50cm?ハハン、いつの話ですか!
今の私は、そう…まるで大空を駆けるペガサスのごとく…!
……。
ちょっと言い過ぎたかな……。
3階建てビルの屋上程度の高さまでは飛べるようになりました。エヘン。
もちろん鞍や綱なんかないので(どちらにしても苦しいから装着はさせないけど)、王子は落ちないように自分でバランスを取るしかない。
掴まれそうなところといったら私のフワフワの白毛くらいだけど、そこを掴まれたことは不思議なことに一回もなかった。
「掴まれたら痛いだろう」という配慮のためか、あるいは王子のバランス感覚がとても良いためか。
それは分からなかったけど、初めて人を乗せて飛ぶ私の騎乗者として、王子はとても優秀な人材であることは間違いないだろう。
王子を乗せて、さきほど微かに声が聞こえてきた方向へ向かう。
あそこから声が聞こえたときには「まさか……」とは思ったが、どうやら私の予想は当たってしまったようだ。
声の主の人間たちがいる場所は、川沿いの野苺ポイント付近。
奇しくも、倒れていた王子を私が拾った―――――思い出の場所だった。