第13話 臆病な獣
王子と暮らし始めて3週間が経った。
四六時中行動を共にしているのだ、余程気が合わない限りそろそろストレスが溜まりそうなものだが、私たちは意外なほど良好な関係を築いている。
やっぱり、種族が違うっていうのが大きいのかもね。
王子の場合、私のことをペット感覚に思っている、っていうのもあるかもしれない。ほら、私って白くてフワフワで愛嬌があるから!ほんのちょっとばかり獰猛そうに見えるだけで。
私が「白き御遣い」と呼ばれる存在だと判明してから、私たちの何かが変わったかと言えば―――――大した変化はなかった。
「白き御遣い」だなんて大層な呼び名だけど、王子は私を特段敬うような仕草をするわけでもないし、それに私自身、「神聖な獣だ」と言われてもピンとこない。
今まで通り、この山で生きていくだけだ。
あ、食生活に関してはかなり変わったね!
私が火を吐けるようになったことで食材の中に「魚」という選択肢が増えたのが大きかった。
ひしひしと感じていた食糧危機に、魚という救世主の到来である!
私たちは果物と魚をバランス良く食べることにより、舌に優しく栄養素にも優しく、ついでに山にも優しい食事を得ることができた。……さすがに気になっていたんだよねぇ、私たちが山中の果物を採ることで、他の動物たちが食べる分まで食べちゃってる気がして。
あとは、食べれる物を探して山を彷徨う手間がなくなったおかげで、自由に動ける時間が増えたかな。
今までは食い繋いでいくだけでいっぱいいっぱいだったけど、今はゆっくりできる時間がそこそこにある。
この時間を使って、私は空を飛ぶ練習や、火を吐く練習をしていた。
教師は、葉っぱの似合うこの色男。本名は知らないので、仮称・王子!
ハハハ、こんなこと心の中で思っているなんて王子に知られたら半殺しですよ。でもどうせ聞こえないから言いたい放題言うのであります!
教師といっても王子がすることは実際ほとんどない。
私が飛ぶことに集中して目を閉じているときに
「今は私の背丈ほどの高さまで飛んでいるぞ!」
と教えてくれたり、あるいは火を吐く練習をしているときに
「もっと力を抜け!私の股間に向かって火を吐いた時の感覚を思い出すといい」
と若干背筋が冷たくなるアドバイスしてくれたりするくらいだ。………あの時のこと、まだ怒ってるのか……しつこい男め。
それでも一人で練習するよりは王子がいてくれたほうが断然にいいので、私は練習をしたくなると必ず王子に「ガーーゥゥウグゥ(ねー手伝ってー)」と背中に頭を擦り付けておねだりをする。
そうすると、王子は目を細めるようにして笑い、「練習したいんだな?」と一緒に外へ出てくれるのだ。
気がつけば、私の行動はすっかり人慣れしたペット状態。獣としてのプライドは、最早ミジンコほどもない。
これだけ一緒に暮らしていると「二人のルール」らしきものもだいぶ出来あがってきていて、最近では私が何かを伝えたいときには決まったポーズをとるようになっていた。
例えば、両手を口にやってモグモグすると「食料を取りに行こう」の合図。
四足を同時にジャンプさせると「水浴びに行こう」の合図。
背中にスリスリすると「練習したいから広いところへ行こう」の合図。
そして―――――両掌を合わせて左頬の下にあて、小首をかしげると「おやすみなさい」の合図。
いろんな合図の中でも「おやすみなさい」だけは特別だ。
私がこのポーズをすると、王子は必ず優しく微笑んで頭を撫でてくれるのだ。
私たちが打ち解けるキッカケとなった「おやすみなさい」のポーズは、私だけでなく王子の胸の中でも特別な想いを持っているようで、私はそれがとても嬉しかった。
でも、ちゃんと分かってる。
私は獣で、王子は人間だ。
いつまでも一緒にはいられないと、毎日を過ごしながらも頭のどこかでは理解している。
それでも。
出来る限り長く、私は王子と一緒にいたい。
もう、一人ぼっちの生活になんて………戻れない。
私は王子が大好きだ。
言葉が通じなくたって、種族が違ったって、大好きだ。
王子と出会って私はとても幸せな獣になったと同時に、とても―――――――臆病な獣になった。