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白き御遣いと神子  作者: 木谷 亮
白き御遣いと聖なるお山
12/26

第12話 聖地

※外部からの視点となります。

――――豊饒なる地、アムネス山。

そこは神気の恩恵を多く受けた山であり、また神の遣いが降り立つと伝えられる聖地である。


アムネス山はどこの国にも属さない。

多くの資源を有するその大地は近隣諸国のみならず遠方の国すら欲しがるほどであったが、各国で強く信仰される全知全能の神・アムル神の聖地ともなれば、迂闊に手だしを出来る場所ではなかった。

よしんば神を恐れぬ心で以って侵略しようと考えたにしても、神殿がそれを許すことはなく、また強引にアムネス山を手にすることはアムル神を信仰する自国民の心をも離れさせる結果となる。

だからこそアムネス山はその豊かさにも関わらず、誰の手にも堕ちることがないままに、遙か昔より変わらぬ姿を保ち続けているのだった。



そのアムネス山から最も近くにある町・リザンシェは、聖地の麓という土地柄から、神殿の息が強くかかった町である。

この町はアムネス山の北方に位置するフィヨルド国の領内ではあったが、この町に限って言えば王国兵よりも神官のほうが断然に立場が強い。それは、神気を多く含む土地に於いて神官の果たす役目があまりにも大きいためであった。


神気には、あらゆる生物の持つ能力を促進させる力がある。

例えば、腕力。咄嗟の攻撃を避ける反射能力。或いは、怪我をした際の自然治癒能力。神気に触れた人間はあらゆる能力を増大することができた。


しかし、神気というものは人間にとって毒ともなる。

微弱なものであれば身体能力を強化するだけにとどまるが、強すぎる神気は逆に人体を衰弱させ、最悪の場合死に至ることさえあるのだ。


そんな神気に干渉しその力を弱めることができるのが、神官であった。

アムル神に一生を捧げ祈りに満ちた日々を過ごす彼らは、病に苦しむ人間へは治癒能力を高めるために神気を受けやすくしたり、あるいは強すぎる神気への抵抗力を与えたりする業を持っていた。

そのため神官と言うものはどこの町でも重用される存在であったが、とりわけ神気を多く内包するアムネス山麓の町ともなれば、その立場が強くなるのは自明の理とも言えた。




「今日もアムネス山は、美しいですね」


そう独り呟いて山を仰ぎみる青年。

リザンシェの神殿で暮らすこの青年もまた、そんな神官のひとりであった。


青年は日課である朝の祈りを神殿で済ませると、いつものように町外れの森へと歩いて行く。

アムネス山へと続くこの「神気の森」は、このあたりでも最も神気の濃い場所である。そのため、毎日現地に赴いてのキュール(神気中和)が必要となるのだ。


「ワーグ神官!今日もお勤めですかい?」


彼が町を歩くと、たいてい誰かがこうして声をかけてくる。

それは「神官」という立場もさることながら、穏やかな性格を持つワーグ自身に対して町の住人たちが好意を抱いているから、というのが一番大きな理由だろう。

事実、神官という立場を笠にきて横柄な態度に出る人間も、一部ではあるがこの町にもいる。

そういった神官は町の住民からすれば「敬わなければならないがなるべく関わりあいたくない相手」であり、その点ワーグのような神官はとても親しみやすく頼りになる神官であった。


「キュールをしておかないと、神様のお力は私たちには強すぎますからねぇ」


ワーグはにっこりと笑って答えると、「それじゃあまた」と手を振って先へと進む。

本来であれば、森への「キュール」は神殿の神官たちが日替わりで行うものである。

しかし、神官でさえ辛く感じるほどの神気を放つ森へ赴くことを皆が厭っているうちに、いつの間にか「神気の森はワーグの担当」ということになっていたのだ。



ワーグは森へ着くと、さっそくキュールを施すための準備を整える。

神気を中和するには、対象に触れ、神への祈りを捧げなくてはならない。

しかし対象が人間であればそれだけでキュールは事足りるが、「神気の森」自体にキュールをかけるともなると少しばかり方法が異なる。

対象に触れて祈りを捧げるという行為は同じだが、森という広範囲にキュールするには森の一部――――つまり森の木の枝、又は川の水などに一度キュールをかけ、そしてキュールをかけた「それ」を森へと返した後、今度は森全体へとキュールをかける必要があるのだ。


木の枝を無闇に折ることを善しとしないワーグが森の一部としてキュールに使っているのは、いつも決まって「神気の森」の中を流れる川の水であった。

もちろんこの日も、ワーグはいつもと同じように川の水を汲みに森の中へと足を踏み入れたのだが。


「……おや?」


見慣れないものが川を流れているのを目に留め、ワーグは首をかしげた。

この川の上流にあるのは、聖地・アムネス山である。

その聖地から物が流れてくるということ自体、おかしな話だ。


ワーグは上流から流れてきた物体を不思議に思いながらも、とりあえず引き上げてみることにした。

水を含んで重くなった物体を引き上げることは普段力仕事をしないワーグにとって大変なものであったが、それでも「よいせ!」と掛け声をかけつつ、なんとか引き上げる。


引き上げたその物体を見てみると、それは布であった。

それも――――。


「ローブ、ですか。なんでまた、ローブが聖地から……」


広げてみれば、それはなかなかに上質な素材でできたローブであった。

素人目に見ても、この町でも余程のお金持ちか、あるいはそれ以上の立場を持つ人間でないと持ち得ないような上等な逸品である。


聖地はどのような人間であれ、決して侵してはならない神聖なる場所。

そんな場所から、明らかに人間にいる痕跡が流れてきたのだ。しかもこの品を見る限り、とても「誤って迷い込んだ一般人」とも思えない。

これは神殿のみならず、各国を揺るがす重大な問題であるように思われた。




ワーグは自らの拾い上げたローブを握りしめたまま、アムネス山を仰ぐ。


「………」


ここからアムネス山の変化を読み取ることは出来ない。

しかしアムネス山を見上げる彼の表情には、これから起こるであろう事への不安、そして焦燥が浮かんでいたのだった。


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