第11話 火を吐く
王子曰く、私はどうやら「白き御遣い」と呼ばれる神聖な獣らしい。
やたらめったらいる獣ではないので王子も初めて見たそうだが、100年に一度、見るか見ないか…といったくらいに希少度が高いそうだ。
その大きな特徴は、白い体躯をしていること。大きな翼をもっていること。そして火を吐くこと。
王子は目を覚ましたばかりの時のことを「あまりにも汚かったから白毛だとは分からなかったな……。あれでは白き御遣いには見えまい」と語って私の乙女心をグッサリと刺してくれたが、その言葉に傷ついてションボリしている私に慌てたのか、「あ、安心しろ。今はそれらしく見えるぞ?」と微妙なフォローを入れてくれた。そのフォロー、あんまり嬉しくない。
リラの実を取ろうとしたときに大きく翼を広げた私の姿を見て、王子はようやく私が「白き御遣いである」と気がついたんだそうだ。
だから王子は私が魚を捕まえた後、当然に「口から火を吐いて魚を焼くだろう」と考えて、待っていたんだね。
「………知らなかったのか?」
不思議そうな顔をしている王子に、私は驚きのあまり目を見開いた顔のまま、頭を上下に思いっきり振った。
(何もかも今初めて知ったんですけど!)
まさか、自分がそんな絶滅危惧種並みに珍しい生き物だったなんて!
しかもそれを第三者である王子から教えられるとは、我ながら情けない……。
しかしそれが本当であれば、私は火を吐ける生き物なのだ。
そんなこと今まで思いもしなかったから試したことすらなかったが、火があれば魚も焼けるし、リンゴそっくりのリラの実だって「焼きリラの実」にできる。其れすなわち、食生活の向上!
翼はあっても最高記録50cmしか飛べない「みそっかす御遣い」なので、いまいち不安が残るが、何事も挑戦が大切である。
私は王子に「下がってー」と後ろへ下がるように手を振った。
さっそく焼き魚を作ってみるのだ。
さすがに土の上で焼くのは汚いので、ちょっと水で流してから綺麗な岩の上に魚を乗せた。
ちなみに軽くチョップを入れて魚は絶命済み。魚が暴れて岩から落っこちることが無いので、安心して火を吐くことに集中できる。
いやー悪いね、魚さん。世の中、弱肉強食ですからカンベンカンベン。その代わり、この逞しい顎と歯で、ちゃんと骨までバッキバキに食べて差し上げますとも。
私は喉の奥をグルグルグル……と鳴らし、炎を吐くっぽい気合を入れた。
実際に炎を吐いたことなどないので「どんな気合だ、それは」とか思わないでもないが、そこはまぁ、ノリです。ノリ。
途中で呼吸が尽きないように、息を思いっきり吸い込み。
そして、魚に向かって腹の底から溜めこんだ息を吐き出した!
「ウグルゥオオオオオオオオオオオ!!!」
すると、物凄い絶叫とともに私の口からは渦巻くような業火が―――――。
……。
……あれ?……出ないね。
何となく王子を振り返ってみる。
王子も「あれ?」と思ったらしい。首をかしげて不思議そうな顔をしているが、とりあえず「頑張れ」と親指を立てられたので、私はもう一回お魚さんに向きあった。
そして再びの挑戦で。
「ウグルゥオオオオオオオオオオオ!!!」
……。
……。
どうやら「みそっかす御遣い」説がいよいよ濃厚になってきたようだ。
考えてみれば、私は空も「それって空と言えるのか?」と聞きたくなるほど低い、50cmくらいの超低空飛行しかできないのだ。火だって、マッチ一本程度の火が出れば上出来なくらいなのかもしれない。
何はともあれ、火が無いので今晩の夕飯に焼き魚は諦めるしかない。
私はションボリ顔で王子のほうを向いて、「駄目だったよ…」とため息をついた。
すると王子から「うわっ」と小さな悲鳴が上がったので「え?」と視線を上げるとそこには―――――――炎で腰の葉っぱを燃やされつつある王子の姿があった。
どうやら、今のため息で私の口から火が生まれたらしい。
……。
……。
やったね!!!
その日の夕ご飯は、生まれ変わってからは初めての「焼き魚」ご飯となった。
身がほどよく引き締まった魚は、久々に食べたせいか前世で食べたものよりも美味しく感じられて思わずたくさん食べてしまいそうになったが、私は食欲をググッと堪えると、横で黙々と食事を進める王子に自分の焼き魚の一部を謹んで進呈させていただいた。
……も、もう王子に向かって火を吐きません、ごめんなさい!
ちなみに王子はその晩、葉っぱ王子からただの王子へと戻った。
私の熾した焚火で、昼間洗った衣服を乾かしたのだ。
それに。
…………………葉っぱは、燃えちゃったしね。王子の魔王様が無事でいらして良かったです、ハイ。