第10話 魚獲りは得意なほうなんです
しかし、アレだね。
王子の着替えが無いって、マズイですね。
今、王子は葉っぱ王子です。
泉へ行って水浴びをした後、王子は臭くなった衣服も水でジャブジャブと洗ってしまったのだ。
さすがに私が近くに居れば止めていたかもしれないが、王子の生まれたままの姿に興奮…いやいや、焦っていた私は少し離れたところで遠巻きに見ていたため、どうしても止めるのが間に合わなかった。
結果、着替えの無い王子は、素っ裸で山を歩き回ることに。
そ、それでも努力はしたんだよ?!
私も、股間の凶器を晒したまま目の前をチラチラされたくなかったから必死だったし。
無駄に器用な獣だからね?この山で一番大きな葉っぱを持ってきて、爪で葉っぱに小さな穴を開けて。その穴に舌を駆使して蔦を通し。簡易紐パン?もどきを作って王子に献上させていただきましたとも…!
紐パンといっても、ただお尻と股間を覆い隠すだけの代物なので風が吹けば「イヤーン」な事態が起こるが、その時は視線を逸らすことにする。とりあえず常に目に入る状況だけは防ぎたい。
私に葉っぱパンツを渡された王子は物凄く驚いて「本当に器用なんだな…」と言っていたけれども、そこまでして「股間を隠せ」とアピールする私がおかしかったのだろう。
わざわざ装着した後に「どうだ?」と言って見せつけてくるあたり、この男も大概意地が悪い。
その後、洗濯物を私の翼に引っ掛けて干している(本当に失礼な男だ)葉っぱ王子を連れて、私は今日の食料を探しに出ることにした。
思いがけず泉に行ってしまったけれども、まだ今日の食料確保は終わっていないのだ。陽が落ちるまでしばらく時間はあるが、食べ物は早めに確保しておきたい。ただでさえ、最近は採れる食料も減ってしまったのだから。
本日の採集ポイントは、せっかく近くまで来たのだから、と王子と初めて出会った場所まで行くことにした。夕飯はもちろん、野苺だ。
「…………」
この辺りの景色には見覚えでもあるのか、王子の顔が少し険しい。あ、今は葉っぱ王子だったか。―――葉っぱ王子の顔は、険しい。
(この場所、覚えてるのかな)
やがて王子を拾った現場に着くと、私は王子の顔を見上げた。
王子の目は何か遠いものを見るように眇められているが、その表情から何かを読み取ることはできそうにない。
「…グォ?(…王子?)」
遠慮がちに声をかけると、王子はハッとした顔をして私に笑顔を向けた。
「なんだ?」
大丈夫?と声に出そうとして……、やっぱり止めた。だって、とても大丈夫そうには見えなかったから。…もっとも、私が何を話したところで王子には分からないんだけど、さ。
私は言葉を発する代わりにペロリと王子の手を舐めた。
心配してるんだよ、って気持ちだけ伝わるといいなと思って。
そんな私の気持ちは彼にしっかりと伝わったのか、王子は私の頭にそっと手をやると頭を優しく撫でてくれた。
(は、初撫で!!)
一緒に暮らしてはいるが、王子に撫でてもらったのは実はこれが初めてだ。
私は少しの間感動に打ち震えていた。
それは想像していたより遥かに気持ちいい感覚で、私は無意識に「もっと、もっと」と頭を王子の腰に擦りつけていた。
そして、そんな自分の行動に気がついたのは王子の最後の一葉が地面に落ちた瞬間で、我に返った私は全力で木陰に逃げざるを得なかった。その股間の魔王、早く隠してください。
そのまま私たちは野苺ポイントへ行き、新しくなっていた実を摘んで食べた。
今回はあまり実がなっておらず一食分にも満たなかったが、私たちの舌は十分に満足させてくれた。やっぱり苺っていいよね!あー高級フルーツパーラーの苺パフェが懐かしい。
「摘んで帰るほど、たくさんはなかったな」
「ガォウゥ(そうだねぇ)」
まだ空いている胃袋を抑え、私と王子は川べりでボンヤリしていた。
今は何とか食い繋いでいるが、いずれは食べるものが全く無くなる日がくるのかもしれない。
そんな日がきたら、私はどうしたらいいんだろう。
少し眉を顰めて、私は項垂れた。
王子もお腹が減っているようだが、私も相当に減っている。体の大きさが違うのだ、食べる量にも違いがある。もう少し何か食べるものを見つけて帰りたいところだが、そろそろ日暮れが迫って来ていた。
そんなとき、王子がふと気がついたように私に問いかけてきた。
「そういえば、お前は魚は獲れないのか?」
(へ?)
私はキョトンとした顔で王子を見る。
魚を獲るくらいは、私にもできる。本能が助けてくれているのだろうか。間合いの詰め方、一瞬の腕の出し方、魚の弾き飛ばし方、その全てが感覚的に分かるのだ。
ただ、生魚のままでは食べられないだけで。
ジェスチャーでそのことを伝えようとしてみたが、うまく伝えられそうにない。
だから、私は実際に獲って見せることにした。
捕えた魚を王子に渡して、「どうやって食べるんだ?」と言われたら「分からない」とばかりに首を振ってやれば理解してくれるかもしれない。
魚を捕まえること自体は大した苦では無いので、私はさっそく川へと這入って行った。
この辺りの川はとても水が透き通っているのですぐに獲物を見つけることは出来た。
ソロリソロリと水の中を進み、川の中心付近でジッと体を岩のようにして固める。
(…………………………今だっ!)
一瞬のうちに腕を水中へ突っこみ、まるで鮭を獲る熊のごとく川べりへペイッと魚を放り投げた。
宙を舞う魚が、キラキラとした放物線を描く。
私の読み通りに魚がキッチリ王子の目の前へと着地を果たすと、拍手の音が聞こえてきた。
「ハハ!さすがだな」
私の雄姿に王子が歓声を上げてくれたのに気を良くし、私はそのままパシッベシッと魚を次々に川べりへ向かって吹っ飛ばす。
気がつけば、ほんの5分ほどで捕まえた魚は20匹になっていた。
「…………で?」
(で?と言われても…)
私は、たくさんの魚を前にションボリとしている。
調子に乗って獲ったはいいものの、ちょっと獲りすぎたかもしれない。おまけに、生のままでは食べることもできないので、私は無駄な殺生をしてしまったことになる。
(ああぅ魚さん、ゴメンナサイ!私だって食べたいけど食べられないのよ~)
困った表情(たぶん分からないだろうが)を作って、私は無言で王子を見上げる。
見上げられた王子は、どうやら私がなぜ困っているのかが分からないらしい。しきりに続きを促してくる。
続きといったら魚を焼くことだろうが、いかんせん、肝心の火が無い。
それをどうやって王子に伝えたらいいかなぁと悩んでいると、王子は私に衝撃的発言をしてのけた。
「お前は火が吐けるだろう?…焼かないのか?」
は?