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白き御遣いと神子  作者: 木谷 亮
白き御遣いと聖なるお山
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第1話 白い獣

――――大地を蹴る。走る。跳ぶ。


全速力で地を駆ける私の早さは、この山でも文句なしに断トツ。

風を切る感覚が実に心地いい。私はこの感覚が大好きなのだ。


それから、近くの水場へ行き、大量に水をガブガブ。

うん、全力で走った後の水はウマイ!

この水場は山から湧きだしたばかりの水が窪地に溜まってできた、小さな泉みたいなところだ。

湧きたてホヤホヤの綺麗な水は、全力で走った後だからということを差し置いても、とても美味しい。

この泉の端からは山裾へ向けて水が流れ出しており、小さな川を作っている。もう少し川下へ行くとキラキラした魚も住んでいて、さらに下っていくと人間が作った町がある。

ま、私は行かないけどね。


私は思う存分喉を潤すと、のっそりと立ち上がって今日の食料確保に動き出した。

泉から離れる直前、チラリと水面に目をやれば、そこに見えるのは一匹の獣。

模様のない虎のような真っ白な毛で全身を覆われ、背中に翼を生やした四足の獣。

それが、今の私の姿だ。






私は人間だったころの記憶を持っている。

輪廻転生の観点で言うところの、いわゆる前世だ。


前世を覚えてるなんてあまり無いことだと思っていたが、案外他人に話せないだけで良くあることなのかもしれない。

だって、ほら。私だって前世覚えていたって、獣姿じゃ誰にも話しようがないでしょ。

この世に生きるモノは人間だけじゃない。無数にいる動植物、そして虫だって、そのひとつひとつが命なわけで。

その中には、私みたいに前世を覚えて生きている生き物が他にも居たっておかしくない。


でも前世の記憶なんてものは、憶えていたって大した役に立たない。

むしろ今の私にとって前世の記憶はどちらかと言えば邪魔なくらいだ。




「グゥアァァ!!」

ドシン、と地響きを立てて私の体が地面に叩きつけられる。

(あいたたたた……)

背中に痛みが走り、ついつい吼え声が上がってしまった。いやはや、お恥ずかしい。

虎なら猫科だから受け身くらい取れそうなものなんだけどなぁ。やっぱり、人間の記憶が邪魔しているんだろうな。背中の翼だって、かろうじて翼を小さくしたり大きくしたりはできるようになったけど、使い方いまいち分かんないし。


本能だけで生きてればこんな情けない状態になんかならなかっただろうに、と思うとますます前世の記憶が邪魔ものに思えてくる。


おなかを空に向けた屈辱的ポーズのまま、私は恨みがましげに自分の頭上に見える木の実を見つめた。

真っ赤に色づいたリンゴっぽい木の実。

私はそれを取ろうと思って、木に前足の爪を立てて登ろうとしたはいいものの、落下してしまったのだ。


「ウ…ガルゥゥ……(おなか、すいたな……)」


傍目にはまったく分からないだろうが、私は情けなく眉をヘニョッとさせる。

ここ数日食べれそうな果実をなかなか見つけられず、ろくに食事もできていなかったところに、このリンゴもどきだ。高い高い木の枝に生るリンゴもどきは獲るのが難しそうだが、ちょっと諦めきれない。


仮にも肉食動物なんだから、狩りでもして肉を食べるんじゃないのか?……なぁんて全く知らない人が見れば、そう思うだろう。

確かに、私もそう思った。

だから草むらに身を潜め、油断していたウサギ(にしては耳がやたら長すぎるが)もどきに一気に飛びかかり、捕まえたりもしてみた。


だが。

あぁそうよ、私にはアイツらは食べられない!

生まれ変わってからこっち、いつだって人間の記憶が私の生きる道を塞いでいくのだ。


だって食べられる?!

プルプルと小刻みに震える、小さな可愛い生き物を!!

無理!私には無理だ!あんなに可愛い生き物を爪で引き裂き、その柔らかな毛皮に牙を立て、生肉を…………ゥボォェェェェ無理無理無理無理!想像しただけで吐くわ!泣くわ!


そんなわけで私が食べられそうなものといったら、この山には果物か木の実くらいしかない。

ちなみに川にいる魚も無理だ。

生魚は刺身になって醤油が付いていないと食べられません。贅沢言って悪いか!


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