顔のない遺体
雨の新宿。街灯の光がアスファルトに溶け、まるで行き先のない川のように流れている。
刑事、山崎は高架下の路地裏で足を止めた。目の前には、不自然なほど静かに横たわる男の遺体。しかし、そこにはあるべき「風景」が欠けていた。
「またか……」
山崎が低く呟く。遺体には、顔がない。刃物で削ぎ落とされたのではない。まるで、最初からそこに目も鼻も口も存在しなかったかのように、滑らかな皮膚が頭部を覆っているのだ。
この「顔のない死体」は、今月で三人目だった。
翌日、山崎は練馬の古びたアパートを訪ねた。そこに住むのは、かつて超心理学を研究していたという風変わりな女性、志乃だ。彼女は狭い部屋で古いラジオのノイズを聞きながら、山崎を迎え入れた。
「山崎さん。人はね、誰かに見られることで自分を形作っているのよ」
志乃は湯呑みを置き、窓の外を見つめた。
「でも、今の世の中はどう? 画面越しに、名前も知らない誰かの悪意を浴び続ける。自分という器が耐えきれなくなったとき、中身は空っぽになり、器……つまり『顔』さえも維持できなくなるの」
山崎の脳裏に、現場に残されていた奇妙なマークが浮かぶ。円の中に描かれた、目だけが黒く塗りつぶされた少年の落書き。それは、数十年前に未解決のまま葬られた連続失踪事件のシンボルと酷似していた。
「あいつは、子供たちの記憶を喰らって生きている」
志乃の言葉が、雨音に混じって山崎の鼓膜を打つ。
その夜、山崎は自宅の鏡の前に立った。ふと、自分の顔がひどく曖昧に見えた。慌てて蛇口をひねり、冷たい水で顔を洗う。顔を上げると、鏡の中に一人の「少年」が立っていた。
少年は、山崎の顔を指差し、声のない口でこう囁いた。
「次は、君が僕になる番だ」
山崎が絶叫するより早く、鏡の中の自分の顔が、音もなく溶け始めた。




