第20話 貸し借り
「……恥だわ」
「何も見てないよ」
一通り泣き終えた蛍は、言い訳するかのように話しかけてくる。
「嘘だと思われるだろうけど、私は本当に少しも気にしてなかったのよ。でも、あなたの顔を見たら勝手に」
「……俺は玉ねぎか何かか?」
「ふふっ、なにそれ」
初めて見る蛍の笑顔に安心する。……が、すぐに何かに気付いたようにハッとした表情に変わり、再び仏頂面へ戻ってしまった。
「どうしたんだ?」
「……別に、なんでもない」
根拠はない……が、あえて笑顔を隠しているような気がするのは気のせいだろうか。
「笑った顔の方がかわい――」
そこまで声に出して、これでは戒田と同じだと慌てて口を噤む。
「もしかして口説こうとしてる?」
「あ、いや、そういうわけじゃ!」
「冗談よ」
慌てる俺に、今度は悪戯な笑みを浮かべてくる。
……もしかして揶揄われているのだろうか。そう思っていると、急に蛍があっと声を上げた。
「ん、どうした?」
「そういえばあなた船で……いえ、それだけじゃない、式典の時にもいたわよね?」
「ああ、やっぱり覚えられてたか」
「……まさか、つけてきたわけじゃないわよね」
一難去ってまた一難。確かにそう思われてもおかしくないが、蛍を見つけたのは完全に偶然。誤解だ。しかし馬鹿正直に偶然だと言っても、疑われている時点で信じてもらえるとは思えない。……どう誤解を解いたものか。
「――ま、そんなわけないか。助けてもらっておいて疑うようなことを言ってごめんなさい」
「え?」
「だって、あなたはそんなことをするような人じゃないでしょ?」
「……自分で言うのもなんだが、会ったばかりの人間をそう簡単に信じない方がいいと思うぞ」
そう口にすると、蛍はほらねと得意げな表情になる。
「ね? 悪意のある人はそんなこと言わないでしょ?」
「それは……敢えてそう言う人もいるかもしれないだろ?」
「そういう相手はちゃんと見極められるから大丈夫。それに、あなたは隠し事とか下手そうだし」
なるほど。もし蛍と口論でもしようものなら、すぐに降伏した方が身のためだろう。勝てるビジョンが思い浮かばない。
「それで、助けてもらったお礼をしたいんだけど」
「お礼なんていいよ。さっきも言おうと思ったけど、俺が助けたというより、どちらかといえば蛍に助けられたようなもんだからな」
「そんなことないわよ。あいつの隙を突くことができたのは、あなたが注意を引いてくれたお陰だもの」
「……それはそうかもしれないけど、血を拭いてくれただろ? それで充分だよ」
「駄目。あなたがどう思うかじゃなくて私が納得できないの。なんだか借りを作ったみたいで嫌なのよ」
……口論だけでなく、我の張り合いでも折れた方が賢明か。
「でも借りって、そんなこと言われてもな……」
「別に深く考えなくても思いついたことを言ってくれればそれでいいわ。もちろん、今回の件に見合うだけのものにしてね」
と、急に言われても何を言えばいいのか。あれが欲しいとか、これをしてほしい、なんてことを言えばいいのだろうか?
「あっ、そうだ。外まで来ちゃったけど連れはいるのか?」
「いないわ。私一人」
「そうか」
……ということは、またあの男に狙われる可能性もあるということか。
少しの間頭を悩ませ、ようやく一つの案が思い浮かんだ。
「ん? 何か思いついた?」
そんな俺の表情を察してか、蛍が聞いてくる。
「……いや、でも流石にこれは……」
「ま、まさか、いやらしいことじゃないでしょうね⁉」
「ち、違うっ!」
「分かってるわよ。はぁ、もういいからとりあえず言ってみなさいよ」
「いや、一日だけ一緒に行動できないかな……と」
まさか明日までAIが機能不全に陥っているということもないだろうが、それでも念の為に一日蛍と行動を共にする約束をしていれば安心できる。この広いPLOWで戒田とばったり鉢合わせる、なんてことは無いだろうが、もしものこともある。
それならばと思っての提案だったが、いざ言葉にした途端に恥ずかしくなる。俺は一体何を言っているのだろうか。これでは冗談ではなく、本当に戒田と同じただのナンパ男だ。
訂正しようとするも、これといっていい代案が思い浮かばず、そうこうしている間に蛍は小さく溜め息をついた。
「……分かった。それで借りがチャラになるなら構わないわ」
「俺は別に気にしてないんだが……。というより、本当にいいのか?」
「いいわよ別に。あなたなら変なこともしてこないと思うし」
……信頼されているのだろうが、なにか男として見られていないようで釈然としない。
そんな俺の内心を見透かしたかのようにクールな表情を続ける蛍。そんな余裕の態度を取る彼女に、少し悪戯心が沸いてきた。
「――ふっ、本当にそうかな? 案外、あの戒田とかいう男と同類かもしれないぞ?」
口角を上げ、我ながら下手くそだと思う悪人像を演じてみる。
そんな俺の言葉に蛍は一瞬キョトンとした顔をして、それから微かに笑った。
「そうね。確かにその可能性はあるわね」
「だろ?」
「でも、可能性は低いと思うけどね」
「どうしてだ?」
「あの人と同じ性格をしてたなら、わざわざ危険を冒してまで私を助けようとしないんじゃない? むしろ向こうに加勢しようとしてたんじゃないかしら」
「む……」
「それに、同類なら〝お礼〟の内容をもっと品の無いものにしてたはず。違う?」
……何ひとつとして反論できない。思ったより冷静に状況を見ているのか。どちらにせよ、やはり蛍相手にこちらから仕掛けるのはやめた方が良さそうだ。
「……悪かった、俺の負けだ。困った顔が見れるかと思ってつい魔が差したんだ。許してくれ」
「へぇ? 人の困った顔が見たいだなんて、いい性格してるみたいね」
「ぐ……」
不敵な笑みを浮かべる蛍。先ほどまで涙を流していた女性と同一人物とは思えなかったが、泣き顔よりはこちらの方が全然良い。
「でも、あまり私と関わらない方がいいわよ」
「へえ? それはどうして?」
「……死ぬことになるから」




