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いまは緑色の芝生  作者: 三号


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トラックと雀

 当駅止りの山陰本線を降りて、後続の列車に乗り換えるために私は乗り場に佇んでいた。蕭索とした風景が私の周りを覆っていた。はたして現実味の無い、それでいて確固とした現実であることを私の脳髄に訴えかける気力とてありようもない風景が私を苛立たせていた。

 空には雨を降らしたがっている雲が満ちている。恐らく、一二時間したら滴を落としてくるのだろう、と思った。雲は遠くに見える山稜を隠そうともしている。私の気分を代弁しているかのように、鬱寥とした重さを伴って垂れ込めていた。山の裾野までは畑と、ところどころに山林が垣間見えるだけだった。駅舎の周りには申し訳程度の人家が立ち並んでいる。細い一車線の道路にはときおりトラックが荷台に砂利を載せて鈍い音を轟かせる。

 早朝の斬るような空気が私の頬に触れる。私は逆らうことなく、空気に頬を斬らせたまま、乗り場の屋根を支える柱に背中を凭れさせた。柱には路線の駅名が書かれている板が掲げられていたが、ちょうど板の半分が私の背中に隠れてしまった。四つある乗り場のうち、階段を上っていかなくてはならない別の路線へ列車が滑り込んできた。疎らにいた人たちが列車へ乗り込んでいく。背広を着た社会人や学生服を着た学生が主だっていた。やがて列車は乗り場から離れていった。急かされるようにして。

 列車が発車する音に紛れるようにして、鈍色の空から降りてくるものがあった。それは私がいる乗り場を目掛けてくるようであった。不安定な軌跡を冷たい空気へ残している其れは、焦げ茶色を薄くしたようなもので、私の足元に降り立つまでは横に伸びていたが、いざ降り立つと丸まった饅頭に棒っ切れが刺さっているように見えた。雀だった。

 雀は降り立ってから暫くの間は、じいとしたまま動かなかった。それから棒を折り曲げた二本の足を小刻みに動かして左右を窺うようにして歩いた。子供が遊ぶ発条仕掛けのおもちゃが、十分に発条を巻かれなかったために、動きはじめから鈍く、終いには止ってしまうのが目に見えているだけの振動でしかないように、雀は私の足元で動いていた。雀は私が予感したとおりに動きを止めた。そしてくちばしを私に向けて、例の小気味良い啼き声を発したのだった。

 私に向けた顔と啼き声を、私は知っていた。恐らくこの雀は、私が以前に見たことがある雀に間違いがなかった。我々人間が雀だ雀だと十把一絡げに分類してしまっているが、人間からして其々の個性というものがあり、やい人間よと呼び指されたとしても、それが自分の事とは露も考えられないだろう、なんとなれば雀とて同じことなはずである。私はこの雀をかつて知っていたし、雀の中でこの雀を見紛う事は無いはずだった。私が住んでいた部屋の縁側に、毎朝毎に降り立っては、私の朝を告げていた雀だった。私が部屋を離れるに至り雀とはまみえる事が無くなったが、毎朝の雀の啼き声も小首をかしげるような顔も、私が起床し扉を開けて雀を見て取るやいなや我が意を得たりとして飛び去っていく雀を忘れることなど出来ようものか。

 私は、雀に触れようとして、ゆるり、しかし決然と手を伸ばした。すると雀は、不図、身体を縮めたかと思いきや、瞬きをする程度の一瞬にして私の視界から飛び去ってしまった。私の目は雀の姿を追うことすら出来なかった。私の視界には雀の代わりに定刻から二分遅れた綾部行きの列車が入ってきた。私は雀に名前を付けてやらなかったことを酷く後悔していた。

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