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いまは緑色の芝生  作者: 三号


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索漠

 俊仁は母親に見送られて送迎バスに乗り、幾つかの停留を数えながら幼稚園に着くと、まっさきに自分のクラスの部屋へ入って特撮ヒーローのパズルをするのが好きな子供だった。そういった自分に子供ながら満足をしていた。パズルをすることが自分と他の園児達の、世の中における明確な違いなのだと思っていたのだ。そのとき他の園児達が園庭で遊具を使いながら遊んでいるところを窓から少し眺めることはあるが、基本的には目もくれずピースをはめていく作業に没頭していた。

 この一つ一つのパーツが、自分の大好きなヒーローになるのだと思いながら胸をときめかせてはめていく。まわりの園児達と交わることは、彼にとって薄ら寒いことのように思えた。はたして、俊仁は園児達のなかで孤立していたといっても良い。ただ、孤立していることはどうでもよいことだった。

 俊仁は他の園児達にくらべて少しだけ駆け足がはやかった。パズルをすることも、駆け足を他の園児達よりも早く走ることも、それを認めてもらうことで先生や大人たちに認めてもらうのが目的だった。パズルを完成させて先生にほめられたときには有頂天になる。他の園児が自分をどう見ているかは関係がなかった。しかし関係がないと自分のなかで自分が主張しながらも、本当の心の中では嫌われたくない、いじめられたくないという気持ちがある。他人と関わりあいたくない、しかし寂しいのは厭だ。皆で僕をほめて、持ち上げて、誉めそやして欲しい。都合の良い自我、始末に終えない虚栄心といえるかもしれない。

「あら、今日もできたのね、えらいわ」

 と先生にいってもらえれば、自分がそこにいると実感できた。別の見方をすれば、他人からそういってもらわなければ、俊仁は自分がいまここに居ることが分からなかった。非常にいやらしい、自分をほめてくれる人間にはおもねることを恥とも思わない、子供だった。

 僕は凄いんだ、僕は偉いんだ、僕は、僕は。

 他人と比較してしか、自分を確立していないことに気付かない俊仁は、今後どのように成長していくだろうか。

 自分が本当は優れていないことに気がつくころになると、今度は逆に自分を卑屈にしか考えられなくなるだろう。そして相手の機嫌を伺いながら、相手の気持ちに合わせるような言動をして、結果として相手の機嫌を損ねるような大人に成長していくに違いない。


 俊仁の担任である「ひまわり組」の先生、不由美はそう思う。自分がそうだからだ、自分の子供時代を見ているような気がしてならなかったのだ。だから毎朝、俊仁が得意げな顔をして完成したパズルを不由美の前に持ってきても、毎日彼をほめていた。偉いねえ、上手だねといいながら、不由美は俊仁の誇らしげな、得意満面といった顔に言いようのない嫌悪感を感じてしまう。そのときには決まって足元から蟻が這い上がってきて身体をおおい、首のところで数十匹の蟻が屯している感覚を覚える。

 同属嫌悪なのだろうか、と不由美は考えている。しかし子供に対して自分を同じものを見出すことは、不由美の本質の部分がそうである証拠なのではなかろうかと思うと、悄然とする。わたしは子供のころから何も変わっていないのじゃないかしら、身体、わたしの器である身体は大人になっているのに、子供の機嫌を伺って、先生ということを認めてもらいたいだけなのではないかしら。

 そのとき遊技場から園児達の声が聞こえてきて、ああそういえばお遊戯会が近かったわと、不由美は浮ついた心で思い出す。

 幼稚園の先生が詰める事務室には、いま不由美しか居なかった。ふと入り口にある鏡を見ると、唇を歪ませて、眼を見開き暗い瞳を浮かばせた気色の悪い不由美がうつりこんでいた。そこにうつっているのは、子供のころの不由美だった。お下げをして、赤いギンガムチェックのブラウスを着た襟元から白いシャツの襟が見えている。

   ――オネガイダカラ、ワタシヲミテ

 鏡の中にいる不由美は言った。子供の不由美の言葉を聴いた今の不由美は、音を立てて席を立ち、そのまま自分が受け持つ「ひまわり組」の教室まで行くと、俊仁が毎朝遊んでいるパズルを探し出してピースを教室の中にばら撒いた。そして、その中からひとつだけ取り上げて、自分のポケットの中に入れて事務室に帰る。ピースは喫煙スペースにある灰皿の中にたまった水の中へ浮かべさせた。もうこれで明日から俊仁はあのパズルを完成させることはできない。わたしはあの馬鹿な、憎らしい子供をほめなくても、いいんだ。

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