エンド・アンド・エンド
砂漠じみた黒と、どこまでも続く苦々しさと、縺れて前に進まない足が青年の日常だった。青年は自らがこうでありたいという、青年一般が所有を欲するような希望を持たなかった。自が希望する何ものもを指向する場合に必要な心の振動という物理原則に擬した現象の事を青年は想起した。振動とは一定方向からの力に対する反力の連続する反復運動である。そういった振幅を繰り返す状態を青年は忌み嫌う事で彼が青年たりえる存在証明としているかのように見えた。この場合の振動とは、感情と呼ばれるもの、或いは情緒と呼ばれるべき不定なものである。人間の裡に人類が誕生してから連綿と受け継がれ、遺伝子の中に存在する梱包物のように親から子へ、そしてまだ親から子へと、遍く全ての人間の裡に存在するものこそが青年にとって恥部なのであった。青年は自らの意味を問うことをやめて久しかった。それがいつからなのか、本人でさえも明確ではなかったのである。
「すぐに無くなってしまうわ」
「無くなる前に、無くなる事を予感するべきだったのだ」
あどけない少女は空想する。自分が生きてきた人生そのものが奈辺にあるかすら理解し得ない彼女にとっての、いままで生きてきた証というのは何なのだろうと。雲を眺める事が好きな少女だった。彼女が雲を眺め遣るのは常に下から見上げる事なのだと気が付いたのは昨日である。それは少女にとってみれば世界の変革を意味するものであった。いつか自分が雲の中へ入り、雲そのものになり、やがて雲を上から見る事が出来るのではないかといった希望を少女は確信していた。雲の上にまで上れば、その上にまた何らかの世界が広がっているのではないかといった想像を少女はする事がなかった。
「寿司で握り難いものってえのは何か知ってるかい」
「わからないわ」
「当ててごらんよ、例えば」
「例えば」
「鮪なんてもんは、簡単なものさ」
「そうなの、わたしよく食べる」
「あんなもんは誰だって握れるさ、旨いのとはまた別」
「じゃあ、何よ」
「烏賊、蛸、それと卵だ」
「水を吸わないからね、卵なんて曲がらないからだわ、きっと」
「そうさ、これを握れれば一人前さ」
「じゃあ握れなかったら」
「海苔で鉢巻巻いてるようじゃあ、半人前さあな」
老人は白い煙の只中で訝った。目の前で遊んでいる幼い子供は、自分の孫なのだろうかという証左を、自らの裡に求められなかったのである。子供は不器用な手つきで長方形の形をした赤い玩具のブロックを持ち上げては、振り下ろす。嬉々とした表情は老人にとっての恐怖であった。老人には子供の手にしているブロックが、硬質の、世界と触れ合う為に自ら以外の助けを必要としなければならない、重量を自讃して地面に沈むべき時には如何なる逡巡もせずに埋没してしまう、あの煉瓦かと眩暈の泡沫に見出してしまったのである。老人はやがて夢を見ることが無くなるだろう。老人は希望を持ちえず、自らの存在すらも危ぶむべきものとなるだろう。煉瓦が子供の手によって老人の頭上に落とされるとき、老人は笑っているだろう。
「ねえ、あなたは考えないと言ったわ。自分を物だとか昆虫みたいに考えない、骨と筋肉と神経だけの人形になりたいと言ったわ」




