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いまは緑色の芝生  作者: 三号


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花瓶の傷

「ほら、お母さん、百合が咲きそうだよ」

 わたしは学校から帰って、玄関の靴棚の上に置いてある花瓶に挿された百合の花を見て、さっそくお母さんに伝えました。お母さんは台所で夕飯の支度をしていたのですが、包丁を動かしている手を止めて、玄関まで見に来てくれたのでした。

「あら本当だね、もうそんな季節かい。良く気が付いたね」

 わたしはお母さんにそう言われてから、少しだけ得意な気持ちになりました。お母さんに褒められるのは、とても嬉しい。

「そうよ、わたしは毎日見ていましたからね」

 今にもこの世に向けて自らの美しさを誇ろうかとしている百合が挿されているのは、お気に入りの花瓶です。お気に入りというよりも、わたしはこの花瓶と、そしてそこに活けられてきた花々と一緒に年齢を重ねてきた気がするのです。

 少しの妥協も許さない、そんな気持ちが現れているような真っ白な陶磁の花瓶。わたしが生まれたときに、母方のお婆さんが記念に呉れたそうなのです。それから、わたしが高校生の今現在に至るまで、いつも、どんな季節も欠かさずに花を活けてきました。わたしが世話を出来るようになってからは、わたしが毎朝に花瓶を磨いて、お花に水を遣って大切に、大切にお世話をしてきたのです。

 季節ごとに活ける花々は、毎日少しづつ大きくなって、時期が来ると綺麗な花を咲かせるのです。それは、わたしが日々成長していく事にあわせているみたいでした。なんて、そんなことは思っているだけで、誰にも言ったことは無いのですが。

 花がわたしの内面だとしたら、花瓶はわたしの身体なのです。だから、わたしは毎朝、自分が身支度をするように花瓶も綺麗にしてあげるのです。

 綺麗に、綺麗に。いつか、わたしも花瓶みたいな綺麗な身体になって、素敵な花、素敵なわたしをその身体に咲かせてみたいのです。


「どうしたの」

 お母さんが花瓶に顔を近づけて、眉間に皺をよせて、じいいっと見つめていました。

「ほら、ここ」

 お母さんが指を向けた先には、小さな、少し顔を離すと見えないくらいに僅かなひびが花瓶に入っていたのです。わたしは玄関に置いてあった靴を散らかしながら花瓶に近づいて、よおく見てみました。

 あったのです、花瓶の淵から、小指の長さくらいに亀裂が入っていました。白い陶磁の花瓶はそこから今にも血を流してしまいそうでした。

「厭だ、絶対に厭だ」


 わたしは、その日に風邪をひきました。


 それから二、三日の間、ひびは大きくなることも無く、そこから水が漏れるようなことも無く、いつも通りの花瓶でした。でも、わたしは花瓶のひびを見つけて以来、なんとなく体調が優れずにいたのです。花瓶のひびが、そのままわたしの身体に傷をつけてしまったように思えました。

 だからでしょうか。

 ある日、いつものように花瓶を拭いていると、少しだけそのひびが大きくなったように見えたのです、わたしは眩暈がしました。そして手元を誤って、花瓶を落としてしまったのです。ゆっくりと花瓶はわたしの足元におちて、そして咲いたばかりの百合の花を放り出し、悲鳴をあげて割れてしまいました。花瓶は大きな声をだしたので、家の中に居たお母さんが飛んできたのですが、その時にはもう、わたしはショックで気を失い、床に倒れてしまっていたのです。


 わたしは、その日に死にました。

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