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いまは緑色の芝生  作者: 三号


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メリ・ゴオ・ラウンド

「おはよう……」

 テレビから聞こえてくる笑い声で良太郎は目を覚ました。カーテンには既に朝日が透けていて、夜が明けていることを彼に知らせている。いまは何時だろうか、と良太郎が時計を見ると、元旦の七時を回ってしまっていた。昨夜のアルコールのせいか、身体がだるく感じて頭も錐で刺されているように痛む。

「おっはよう、寝すぎだ」

「あけおめ、って寝すぎだよう」

 フローリングに直接坐ってテーブルを囲みながら、秀明と歌織は揃って良太郎を振り返った。見慣れた秀明の部屋の中で、テーブルの上は昨夜の乱雑に散らかった面影が見えないほどに片付けられている。代わりに烏龍茶と、なぜか焼肉が皿に盛られていて、秀明が食欲旺盛な子供のように頬張りながら食べていた。

「ちょ……その油の匂い、きつい」

「やあ、昨日買った肉がさ、余っちゃってさ」

 秀明は肉を口に入れながら言う。それを歌織は母親気取りの行儀悪さを窘める眼差しでいるのを、良太郎は見ていた。

「でもねえ、朝から焼肉って信じられないわ、子供みたい」

「そういえば、買ってたな、肉」

「お前も食う」

「無理」

 良太郎は口元を押さえながら身体を起こすと、フローリングに直接身体を横たえて寝ていたせいか、身体の節々に痛みが走った。

「良太郎くん、カウントダウン前に寝ちゃうんだもん」

「え、本当に」

 確かに、思い返してみても、年が明ける瞬間の記憶というものが無いな、と良太郎は寝ぼけた頭で考えた。

「そんなに呑んでたかなあ……」

「呑んでた、呑んでた」

 秀明は箸で良太郎を指し示しながら言う。

「何か、やけになって呑んでたもん」

「あ、そう……厭なことでもあったんじゃん、俺」

 半ば自嘲気味に言うと、その厭な事が何なのかは決して自分からは言うまいと改めて心に決めて、良太郎は立ち上がった。

「寒っ」

「あ、ちょっと待って、温かい珈琲煎れてくるから」

 と言い残して、歌織は部屋を出て行った。扉が閉まってから、良太郎は肩を竦めつつ秀明の前に坐る。テレビからは正月恒例の年配の芸人による漫才が、観客の笑いを誘っていた。どこかで見たことがある芸人だろうか、と横目で見ながら良太郎は思う。

「ま、とりあえず」と良太郎はそのまま秀明を見ることも無く言う。「おめでとう」

「どっちが、めでたい」

 秀明は少し声を落として言った。

「どっちって」

「年が明けたことと、俺と歌織が結婚すること」

 昨夜、良太郎が秀明の部屋へ来て酒宴が始まって少ししてから、秀明と歌織が結婚すると報告されたのだった。そんな気はしていたし、そうなることは確実だろうと良太郎は思っていた。そして周りの友人達も「あの二人はもう秒読みよね」と噂していたものだ。

「人の幸せを二つも願うほど、俺は人間できちゃいないよ」

 そう良太郎が言うと、二人の間に気まずい空気が流れ始める。そのとき丁度、「お待たせ」と歌織が部屋へ入ってきた。

「なになに、男同士でなに話してるのよ」

「男同士の話だから、歌織ちゃんには言えないね」と良太郎が言うと、「そゆこと」と秀明が続いた。

「なによー、感じわるーい」

 歌織はテーブルに珈琲を置いてから自分も坐る。当然、歌織は茶化して言ったのだが、それとは別の理由でその部屋は静かになり、テレビから聞こえてくる笑い声だけが六畳の部屋の中に響いていた。


「じゃあ……俺は帰るわ」

 珈琲を飲み終わり、テレビ番組も一段落したところで良太郎は言った。それほど多くない手荷物をまとめていると、「来てくれてありがと」と言いながら歌織はコートを良太郎に手渡す。部屋を出て行く良太郎に秀明は片手を上げて挨拶するだけで、どうやら玄関まで見送りにくる気は無いらしかった。

 部屋の中よりも気温がかなり低い玄関の框に坐りながら靴を履いていると、後ろに立っている歌織が「ねえ」と声をかけてきた。

「……本当は、どっちがおめでたかったの」

 聞こえていたのか、通りで会話の終わりでタイミングよく部屋に入ってきたわけだ、と良太郎は思った。

「両方に決まってる」

「嘘はいやかな……本当のことを教えて」

 ――今でも君のことが好きだから、君のことが忘れられないから、結婚なんてして欲しくないんだ。

 出掛かった言葉を口の中に留めて良太郎は立ち上がると、歌織と向かい合う。歌織は視線を逸らさずに良太郎を見詰め続けていたようだ。その表情から、何かを期待するにはもう遅すぎるし、自分は期待してはいけない、と良太郎は思う。

「明けましておめでとう」

「……そう」

「でも、今年もよろしく」と言った良太郎に返してきた歌織の哀しい微笑みは、多分一生忘れることがないだろうな、と良太郎は思う。

 外は良太郎の気持ちと同じくらいに寒かった、そして、通いなれた秀明の家から駅までの道がいつもよりも遠く感じたのは、まだ夢の続きを見ていたかったからだろうか。人が疎らなホームで新宿行きの電車を待ちながら、良太郎は淋しく笑った。

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