二匹の猫
五年ぶりに訪れた懐かしい公園は、佇まいだけは昔のままだった。
住宅地の中にある然程の規模も無い、寂れた公園だ。
中央には子供が三人でも囲めるかどうかの大きな楓の木。その張り巡らされた枝たちと葉で公園を照らす夏の夜の月を隠してしまいそうだ。
赤と黄色、そして青色に塗られたパイプで造られた遊具は、遊ぶ子供のいない夜になると闇に佇立する巨大なオブジェに見えなくもない。
四隅には、木製の丸い一人がけのベンチが二つづつ、時間が止まったように据えられている。もしかしたら昼間に人間を座らせた疲労を夜のうちに癒そうとしているのかもしれない。
公園を覆う楓の木と比べると、大人と子供以上の差がある小さな木が公園の周囲を外部から守っている。
ここだけは変わらない。
実家に帰省して、久しぶりにクーラの無い部屋の熱気に堪り兼ねた僕は、せめて少しでも涼しい夜風にあたろうと外に出ると、足は自然とこの公園に向かっていた。
何か特別な思い出があるわけではない、ただ昔も何気なくこの公園に来ていただけだ。
これといった思い出があるわけではない、だけど知っている人がここにいる。
公園の片隅、ダンボールを寝床にして、もう何年使っているか分からない毛布を暑さから下に追いやり、ビニール袋に入れたゴミとAM放送しか入らないラジオを枕元において猫又さんは昔と変わらずにそこに寝ころがり、月を見ていた。
「マチとキチは」
少し遠目から、僕は猫又さんに問いかける。猫又さんは月から目を離さなかった。
「マチは最近、見ねえなあ。他の街に行ったかしれん。キチは去年死んじまったよ」
猫又さんはいつも猫を連れていた。マチとキチは彼がどこかに出かけようとすれば、後ろから付いてきて、猫又さんが「ほれ」と声をかけると両肩に駆け上がり、「さあ」と言うと猫又さんが背中に背負った何も入っていないバッグに窮屈そうに二匹で入る。バッグから顔だけを出した猫二匹と、猫又さんが歩いている風景はこの界隈の名物だった。
「そう、それは残念だね」
「久しぶりだな、お前さんは、どれくらいになる」
「煙草」
二十歳になりしばくすると、僕はいつの間にか猫又さんと同じ銘柄の煙草を吸っていた。
「三年ぶりかな、東京の大学に通うから向こうで一人暮らしをしていて」
猫又さんは僕から煙草を受け取ると、目を細めて煙を吐き出す。目を細めたのは、煙で月が見えにくくなったからだろうか。
「よく覚えててくれたね」
僕が言うと、猫又さんは文字通り猫のような表情で笑って月から僕へ視線を移した。煙草をあげたから月よりも見る価値があるようになったのかもしれない。ただ、僕を見て笑ったっきり暫くの間、猫又さんは喋らなくなった。
「二人とも居なくなってからな、他の猫は懐きやしねえ……それに」
「こっちもお断り、だろ」
「だ、あの二人以外は猫じゃあねえ」
大切な友人は、そうそう入れ替えの利くものではないらしい。
「じゃあ、僕は帰るよ」
「ああ、またな」
「いつになるかな。その時まで猫又さんは居てくれる」
そう問いかけると、猫又さんは既に目を閉じていた。寝てしまったわけではないだろうが、もう話しかけても無駄だろうと思い僕は公園を後にした。夜風は身体に心地よく、火照っていた僕の身体は気がつけば、氷に触れたように冷え込んでいた。
公園が見えなくなる手前の角を曲がる前で、新聞紙が風に舞って地面に擦れる音の中に猫の鳴き声が聞こえた気がして、僕は振り返る。
そこには猫又さんは居なくて、猫が二匹、ダンボールの上にいた。二匹とも揃ったように後ろ足を投げ出し、前足の真ん中に乗せた顔の瞳は僕を見ていた。それは、マチとキチだった。
僕は翌日、東京への帰り際にその公園を訪れようとしたのは何かの予感があったのかもしれない。
昨晩に僕が猫又さんと会ったときは公園だったはずの場所は、コンクリートの敷き詰められた時間貸しの駐車場だった。楓の木が無いからだろう、夏の日差しが地面に照りかえっていた。




